旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

国鉄の置き土産 酷寒の大地を走るためだけに生まれた特急気動車・キハ183系500・1500番台【8】

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《前回からのつづき》

 

 N183系では走行に必要な機器類も見直されました。0番台は走行用エンジンにDML30HSI形(440PS)をキハ182形とキロ182形に、発電セットを装備するキハ183形とキハ184形にはDMF15HSA形(220PS)をそれぞれ搭載していました。NN183系ではその改良型として、DML30HSJ形(550PS)をキハ182形とキロ182形に搭載し、キハ183形にはDMF15系ではなく、これよりもさらに小型軽量で高い出力を発揮できるDMF13HS(250PS)を搭載しました。DML30HSJ形は国鉄自身が開発した高出力エンジンの発展型でしたが、DMF13HS形は新潟鐵工所が私鉄や三セク向け車両用とした開発したエンジンであり、もともとは船舶用高速エンジンだったものを鉄道用に改良したものでした。国鉄制式エンジンと比べてエンジン自体の重量は軽く、そして出力も大きく向上するなどといったメリットがありました。従来は国鉄が製造する車両には、国鉄自身が開発した制式エンジンを搭載することになっていましたが、すでにこの頃にはディーゼルエンジンの改良と発展によって性能の差は著しく、ここに来て継承する新会社に運用コスト面でも有利になるよう、制式エンジンという技術陣のプライドを捨て去り、民間会社が会派視した高性能なものへと替えられたのでした。

 台車も0番台ではオーソドックスなボルスタアンカー付きで、枕ばねには空気ばねを使ったインダイレクトマウント式のDT47A形(キハ183形とキハ184形)、DT48A形(キハ182形とキロ182形)、付随台車にはTR223A形を装着していたのを、N183系ではボルスタアンカーを廃して軽量化した、ボルスタレス台車のDT53形(キハ183形500番台とキハ182形500番台、キロ182形500番台)、DT54形(キハ183形1500番台)、そして付随台車はTR239形を装着しました。

 この台車は、国鉄205系で初めて採用したDT50系台車を基本に設計されたものでした。軸箱支持は円錐積層ゴムで、ほぼ同じ形状でした。ただし、台車枠は弓形となったため、DT50系に近いものの僅かに異なるものでした。この台車を装着したことにより、軽量化と高速化を実現させることが可能になり、同時に乗り心地の改善につながったと考えられます。

 こうした製造コストの軽減を実現するために、従来の車両とは異なる構造とするとともに、新機軸を導入して運用コストも軽減することを視野に入れて設計されたN183系でしたが、一部では0番台よりも後退するものもありました。

 下記に客室を快適に冷やす冷房装置は、0番台と同様にAU79形集中式冷房装置を1基、屋根上に搭載していました。0番台ではそれとともに、従来の国鉄気動車に装備されていたベンチレーターは省略され、代わりに新線空気取り入れ装置と呼ばれる空調装置が装備されました。この装置は、117系185系で新たに採用されたもので、屋根に設置することが当たり前になっていたベンチレーターの設置をなくすことができました。ベンチレーターは車内の空気と排出させ、車外の新鮮な空気を取り入れる役割をしますが、これを設置することは、屋根に穴を開けることになるので、雨水がここから侵入して車体の腐食を招くことにつながり、経年とともに保守の手間と費用を増やすことにつながっていました。

 このベンチレーターの代わりとなる新線空気取り入れ装置は、キハ183系0番台にも搭載されました。しかし、この新たな装備は高価であったにもかかわらず、実際にはほとんど使われていないという実態が浮かび上がっていました。N183系は可能な限り製造コストを抑えることを大前提としていたので、製造コストを押し上げる割には活用されていなかったこの装置を装備することはせず、安価なベンチレーターを再び設置することにしたのです。

 

キハN183系の大きな特徴の一つは、先頭車となるキハ183系の形状だった。従来の特急形気動車は曲線を多くした優雅な形状だったが、キハN183系は製造時の工作数を減らすために、角張った印象を与えるデザインになった。その一方で、運転士や車掌の視界を確保するために、窓ガラスが側面に回り込むパノラミックウィンドウは堅持され、国鉄形らしい面ももっていた。塗装も従来の赤2号とクリーム色4号の伝統的な特急色ではなく、ホワイト地に橙色と赤色の帯を入れた新しいものになったことで、新鮮な印象を与えたといえる。そして、もう一つの大きな特徴はキロ182形がハイデッカー構造としたことで、客室の側窓は従来の車両よりも500mm高くなり、同時に窓の天地方向の高さは1000mmと拡大されたことで、客席からの眺望は大きく広がることになる。これは、乗客に北海道の雄大な景色を楽しんでもらうというサービス向上の一つで、これまでの国鉄形車両にはなかった斬新なものだったといえる。(出典:写真AC)

 

 こうして、キハ183系を名乗りながらも多くの部分で設計が改められたN183系は、発電セットをもたず高出力のDML30HSJ形を搭載した先頭車のキハ183形500番台と、発電セットを搭載してDMF13HS形を搭載したキハ183形1500番台、そして中間車となるキハ182形500番台とキロ182形500番台(いずれもDML30HSJ形を搭載)の4形式が新たに製造され、0番台で発電セットを搭載した中間車となるキハ184形を組み込んで、北海道の都市間輸送を担う特急列車に充てられました。

 この中で、特筆すべきはキロ182形500番台でしょう。0番台ではごく普通の中間車でしたが、500番台はグリーン車の客席を500mm=50cmも嵩上げしたハイデッカー構造としました。N183系が登場した1986年は、バブル経済真っ只中といった経済情勢だったので、こうしたハイデッカー構造など当時の観光需要を満たす車両が続々と作られていた時期でした。キロ182形500番台もそうした需要に応えるために、ハイデッカー構造となったといえます。そして、床面を500mm嵩上げしたことで、車体構造は車両限界に近い屋根の高さとなり、側窓の設置位置も従来社よりも高い位置になったほか、窓も天地方向に広げられて、屋根肩部分にまで回り込んだ局面ガラスとして、座席からの眺望に配慮したものになりました。

 その一方で、客室部分の屋根は車両限界に近くなったため、この部分に冷房装置を設置することができませんでした。そのため、14系客車などと同じように、車端部にAU76形集約分散式冷房装置を2基搭載して対応したのでした。また、今では見ることはなくなりました、テレホンカード式の公衆電話も設置され、充実した接客設備をもっていました。

 このように、0番台とは一線を画しながらも、製造コストを削減したN183系は、1986年の単年だけの製造にととどまり、全部で36両が落成して札幌運転所に配置されて、北海道内の都市間輸送の一翼を担うようになります。その後の増備は分割民営化後に、さらに改良を加えた550・1550番台、いわゆるNN183系に移行したのでした。

 

《次回へつづく》

 

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