旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

九州415系の終焉と世代交代 在りし日の415系Fm110編成から【6】

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《前回からのつづき》

 もっとも、415系は主に関門トンネル区間を注したとした運用が多かったので、かつてのような中距離を走る列車に充てられることも少なくなっていました。そうした運用は転換クロスシートを備えた後継である811系や813系などが担っていたので、415系セミクロスシートを維持する必要性が薄れていました。

 また、後年になって、811系や813系もが転換クロスシートからロングシートへ取り替えられていったことや、JR東日本のように4ドア・ロングシートを基本にした一般形電車という概念に移っていたことを考えると、この更新工事は致し方のないことだったのかもしれません。

 この更新工事と時を同じくして、JR九州415系の運用範囲にも変化が起こります。それまで、本州に乗り入れた列車の一部は宇部線まで足を伸ばしていましたが、この年に宇部線まで乗り入れる運用が消滅し、九州から関門トンネルを潜り抜けて本州まで走る415系はすべて下関止まりとなったのです。

 更新工事を施されたFm110編成は、その後も変わらず門司港区配置のまま、主に関門区間で運転される列車に充てられます。その一方で、福岡電車時代に苦楽をともにした500番台が鹿児島総合車両所へ転出して、鹿児島本線川内ー西鹿児島日豊本線国分間のかご地マチ区におけるローカル運用に転出しますが、Fm110編成は動くことなく同僚たちを見送っています。

 その一方で、遠く東に1000km離れた常磐線を走り続けてきた415系は、2007年に鋼製車がすべて廃車になり、その後をE531系が引き継いで置き換えられると、九州の415系鋼製車はその生き残りとなってしまいました。

 そして2010年にJR九州は、国鉄時代から受け継がれてきた組織を見直し、車両の運用管理を担う検修部門と、運転士が所属する運転部門を切り離して効率化を高めることを目的に、門司港運転区の検修部門は小倉工場を改変した小倉総合車両センターに統合されて、小倉総合車両センター門司港派出の配置となりました。

 

新系列のE531系が増備されるにつれて、国鉄から継承した415系は置換えの対象となり、多くは廃車・解体の運命を辿ることになった。その一方で、JR九州は九州島内で運用する列車は交流電車を増備することで対応し、高価な交直流電車は415系を使い続ける方針を採るとともに、JR東日本で廃車になった500・600番台8両と1500番台4両を譲受した。国鉄時代であれば「広域配転」ともいえることで、既に会社が異なるため金銭の授受が発生し、車籍もJR東日本では廃車抹消された後、JR九州で車籍を復活させる譲渡となった。このような譲渡ができたのは、国鉄形車両の多くは広域の配置転換が行われても、標準化されていることで検修職員が知っておくべき知識や技術、運転士の運転取扱手順も共通のものとでき、負担を最小限にすることを可能にしていたことの効果の現れだといえる。(出典:写真AC)

 

 寝台特急が車両の老朽化や利用者の低迷などによって順次廃止されていく中で、門司港派出配置の415系は、南福岡車両区に配置されていた1500番台とともに本州ー九州間を結ぶ数少ない旅客輸送という唯一無二ともいえる役割を担い続けることになります。

 後継となる車両が続々と新製されて配置になると、Fm110編成を含めた415系は次第に鹿児島本線での運用が減らされていき、2021年には1997年以来、20年以上過ごした門司港を離れて大分車両センターに配置換えになり、ステンレス製の1500番台とともに日豊本線の運用に充てられました。もっとも、この時点でも関門区間の運用は残っていたので、交直流電車としての強みを大いに発揮できる機会はあったといえます。

 しかしながら、大分にねぐらを移したのも束の間、鋼製車である415系100・200番台はついにその命運が尽きることになります。2021年3月にFm103編成が廃車されたのを皮切りに、徐々にその数を減らしていきました。2024年になると急速に廃車が進んでいきました。

 

門司港駅構内にある小倉総合車両センター門司港派出の留置線で次の運用を待つ415系鋼製車と、ホームで発車の時を待つ811系。筆者が九州支社勤務の頃は、まだ国鉄から引き継いだ鋼製車が幅をきかせ、最新鋭の811系の方が稀少な存在だった。今思えば、423系など国鉄形をもっと味わっておけばよかったと思うこともある。811系に続いて増備された813系が九州北部の主役になった今日では、415系が「絶滅危惧種」になってしまった。かつては写真のように門司港駅には鋼製車がひしめき合うように留置されていたのであろう光景は、いまでは見ることもできなくなってしまっている。(415系Fs-123〔分オイ〕・811系P2〔本ミフ〕門司港駅 2007年10月9日 筆者撮影)

 

 2025年8月、異常ともいえる猛暑の夏に、Fm110編成はすべての任を終えて長年走り続けてきた九州の鉄路から姿を消していきました。

  1978年に製造されてから、実に47年間という長い月日を走り続け、九州北部の旅客輸送を支え続けてきた歴史に幕を下ろしました。そして九州の鉄道の歴史を、とりわけ国鉄末期から分割民営化にかけてやJR九州の株式上場による完全民営化の達成、九州新幹線の開業による在来線の大規模な整理、そして経験のない新型コロナウイルス感染症の拡大による外出自粛要請による外的な要因もあって大幅な減便度、波乱に満ちた出来事を見続け、途中、ロングシートに取り替えられるといった変化もありつつも、国鉄形電車らしい鋼製車のデザインを保ち続け見続けてきたのでした。

 

415系のシステムに211系のステンレス車体を載せた415系1500番台は、国鉄時代の末期に製造された。本来は常磐線の401系などの老朽取替用としてつくられ、九州には配置する計画はなかった。しかし、国鉄の分割民営化が決まると九州を継承する新会社の経営基盤が脆弱であることが予想されたことから、少しでも負担を軽くするため急遽4両編成8本、32両が南福岡に配置された。いわば「国鉄の置き土産」ともいえる存在で、JR九州における数少ない交直流電車でもあるため、特に下関まで運行される列車に充てられた。その配慮は奏功し、2026年の時点で新製から既に40年が経っているのにもかかわらず運用が続いている。(クハ411ー1509〔本ミフ〕 門司港駅 2007年10月9日 筆者撮影)

 

 同じ大分配置のステンレス製の1500番台には大きな変化はなく、そのまま日豊本線を中心とした運用に就いていましたが、それすらも1500番台に引き継ぐと、JR九州保有していた鋼製車体をもった交直流近郊型電車の歴史は終焉に向かいつつあります。

 その一方で、冒頭でもお話したようにJR東日本で廃車になったE501系がJR九州に譲渡され、この記事を執筆している時点で九州向けの改造工事が進められていますが、これが完成した暁には、残ったステンレス車体をもった1500番台もまた、置き換えられていくと考えられます。

 そのことは、セミクロスシートを備えた国鉄形交直流近郊型電車の歴史が終わることを意味するといえるでしょう。とはいえ、電源が異なる区間を乗り入れる中距離列車としての輸送に果たした役割は大きく、415系という電車が鉄路に刻んだ歴史は後世に語り継がれていくことでしょう。

 今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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