旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

今週の1枚 クモハ115-310〔八トタ〕

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クモハ115-310〔八トタ〕 2004年8月15日 大月駅 筆者撮影

中央本線の115系と山電の歴史|八王子・高尾以西で受け継がれた国鉄形電車の記録

 筆者が勤務していた電気区派出は、国鉄時代でいえば東京西鉄道管理局の管内にあたり、派出が置かれていた梶ヶ谷(タ)の他に、八王子や南橋本、竜王、石和温泉、そして初狩と中央本線の駅が多かった。中でも八王子は規模が大きく、駅構内の貨物取扱所をはじめタンク車が毎日のように発着する日本オイルターミナルの専用線(通称、OT線)や車両配置こそなくなっていたものの多くの留置線がある八王子機関区と、多くの貨物関係の施設があった。

 そのため、毎朝の担務指定では八王子へ出かけることが多く、そこでひっきりなしに発着する列車を横目にしながら、検査や修繕、時には列車見張りなど多くの仕事をしたものでした。

 中でも中央本線を走る183系の「あずさ」や「かいじ」は、民営化後にリニューアルされた車両になっていて、国鉄時代の特急色を見かけることはなくなっていたが、その中にスカ色を身に纏った115系を見かけると、横須賀線で通った本区時代を思い起こしたものでした。

 中央本線の髙尾以西に乗り入れる列車は、通称「山電」と呼ばれていて、その源流を辿ればスカ色に塗られた旧形国電の72系が走っていたことから「ゲタ電」と「山」を掛け合わせて「山ゲタ」と通称されたところに行き着くようです。

 中央東線は連続した勾配が立ちはだかり、特に髙尾から西はそれが顕著になって現れてきます。元八王子から相模湖あたりまでは特に狭隘な中を、厳しい線形となった線路を走るため、72系では運転操作には相当な苦労が伴ったのではないかと想像できます。

 新性能化後は、113系ではなく抑速ブレーキを備えた115系が投入され、連続した勾配を下る上り列車では、その性能を遺憾なく発揮できたと想像でき、同時に運転士も少しは楽になったのではないでしょうか。

 写真は2004年に「余った」青春18きっぷを使って山梨へ小旅行したときに撮影したものです。この頃はまだ、115系が普通列車として数多く運用されていましたが、大月から西は松本車両センターに配置されている115系1000番台が多く、豊田車両センター配置の115系は少数派でした。

 もっとも、豊田配置の115系は温暖地向けの300番台で、大月から西へ行けば行くほど冬の気候は厳しくなり、時には雪が降り積もることもあったので1000番台の方が適任だったといえるでしょう。とはいえ、115系の姿を見ると、「ああ、これから山に挑むんだな」とか「信州路の旅もいいな」なんて考えたものです。

 その115系も、2015年までにすべての運用を終了して姿を消していきました。代わって、今では高崎線・東北本線などから転じてきた211系がローカル輸送を担っていますが、国鉄形であることを考えると残された時間も少なくなっているといえます。

 この115系、かつては新宿まで顔を出すこともあったようですが、徐々にその区間も短くなり、立川発着がもっとも東側の運用になっていました。しかし、2026年のダイヤ改正をもって立川や八王子発着の「山電」ななくなり、すべて髙尾発着に整理されてしまいます。

 こういった合理化も、時代の流れなのかも知れません。

 

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