《前回からのつづき》
新たにつくられることになったクロ212形の基本的な構造は、特急形である485系などに導入していたパノラマグリーン車であるクロ481形2000番台やクロ381形10番台を踏襲したもので、先頭部は大型の曲面ガラスを使い、客席の側窓も屋根部分に回り込むようにした曲面ガラスを採用、さらに眺望にも配慮したハイデッキ構造とすることで、客席からの前方展望を大幅に広げた観光客向けにサービスを向上させた車両となりました。
この特異な車両構造となったため、車体はステンレス鋼ではなく普通鋼が使われた鋼製車となりました。国鉄時代に製造された車両が軽量オールステンレス車だったのが、車両重量が重くなるのを承知の上で普通鋼を使うという「先祖返り」になったのは、クロ212形のデザインにもありました。
クロ212形は車体に曲面を多く使ったデザインとなり、213系の一般車とは大きく異なっていました。ステンレス鋼は鋼板自体の厚さを薄くしても、強度を保てるという反面、曲げるなどといった加工が非常に難しい素材です。曲げることはできてもその曲線は大きなものになってしまい、無理に曲げてしまうと強度を保てません。また、曲げるときには単一の曲面にならざるを得ず、パノラマグリーン車のような複雑な曲面デザインでつくることには不向きです。
近年、ステンレス車でありながら前面に複雑な曲線デザインを採用している車両もありますが、その多くは普通鋼や強化した構体の上に強化繊維プラスチック(FRP)のキセを被せたものです。クロ213形はすべてを一つの鋼材でつくることにしたため、ステンレス鋼を諦め普通鋼を採用したと考えられます。
このため、クロ213形は自重が33トンにもなり、これは制御電動車であるクモハ212形の37.3トンにも迫る重さになり、クハ212形の26.5トンを遥かに上回る重量級の車両になったのでした。
この増備されたクロ212形は、国鉄時代に製造された編成のクハ212形を置き換える形ではなく、新たに増備されたサハ213形とクモハ213形に組み込む形で編成が組まれました。

瀬戸大橋線の開通とともに運転が始められた快速「マリンライナー」は、観光需要を取り込むために大きな前面窓と、屋根部分まで回り込んだ曲面ガラスを使うことで、眺望性を高めたクロ212形を製造してこれを充てた。381系などで実績のあるパノラマグリーン車を取り込んだ形になったが、その構造上、ステンレス鋼を使うことが難しかったため、213系で唯一の普通鋼製の車両となった。また、381系などは特急用の優等列車で運用される車両であったのに対し、クロ212形は近郊形電車であるため、定期の普通列車(快速は普通列車の一部と解すれば)として運行されるグリーン車は、東海道本線東京口と横須賀・総武快速線以外では久しぶりのこととなった。しかし、瀬戸内海を橋で渡るという運用は潮風にさらされることになるため、普通鋼でつくられたクロ212形は塩害によって老朽化を進めることになったと考えられる。(出典:写真AC)
仮に国鉄から継承した編成にクロ212形を組み込んだ場合、クハ212形は玉突きで編成から外されてしまい、編成を組む相手を失ったことで余剰車となってしまいます。瀬戸大橋線の開通当初の需要からすると、普通車は車両が減らされたことによる定員が減り、輸送力の面では減少することになってしまいます。
また、国鉄から継承したとはいえ、新製から1年程度のほぼ新車ともいえる車両を余剰化することは、財務処理の面で不適切なものとなってしまいます。現在では株式を上場したことで完全な民間企業になっていますが、この当時のJR西日本は民営化されたとはいえ、株式は国がすべて保有する特殊会社であり、会計監査は会計検査院によって行われていました。そして、国鉄が新製したということは、国の補助金を受けていたということから、税金を注ぎ込んでいるのと同義であり、たった1年で高価な車両を使わず余剰化させることは、会計検査院から「無駄遣いである」という指摘を受けることになるのです。
このように運転面はもちろんのこと、財務処理の面からもクハ212形を玉突きで編成から外すことは「ご法度」であり、クロ212形の増備にあたっては既存の編成に組み込むのではなく、新たに編成を組む相手も増備するほかなかったといえるのです。
増備をしたといっても、クロ212形が3両つくられたのに対し、サハ213形は1両、クモハ213形は2両増備されるにとどまりました。単純にクロ212形の連結相手を増やし、Tsc+T+Mcという編成を組むのであれば、ほかの形式も3両ずつ増備するのが順当になります。
しかし、JR西日本は既存の編成を組み替えることで、増備する車両の数を抑えることにしました。具体的には、
Mc+T+Tsc’ 3編成
Mc+T+T'c 6編成
Mc+T'c+T'c 1編成
となり、213系は全部で30両の陣容になりました。
1988年から運転が始められた「マリンライナー」は、瀬戸大橋開通によるブームも手伝って好調となり、1時間に1本という間隔で運転され、多くの列車が9両編成での運行となりました。
多くの旅行客が瀬戸大橋線に押し寄せたことから、JR西日本は臨時列車も運転するほど盛況となり、JR西日本は1989年に列車を増便させることにします。そして、所要数が不足するためクロ212形を含む3両編成1本を追加で増備しました。
これ以後、213系はもっぱら「マリンライナー」の運用に充てられ、基本的に高松方の先頭車にクロ212形を連結した3両編成を組み込んだ3本9両編成で運転され、中には3両編成のみによる列車や、3両編成2本の6両編成、そしてクロ212形を組み込まない列車も運転されました。
その後約15年に渡って大きな動きはなく、213系は瀬戸大橋を挟んだ瀬戸大橋線を往復する運用に突き続け、本州と四国を結ぶ唯一の鉄道としての役割を担い続けました。
《次回へつづく》
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