旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

国鉄の置き土産 瀬戸内を渡るためにつくられた国鉄最後の新系列・213系【10】

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《前回からのつづき》

 

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 しかし、海の真上を走行するという環境は、鉄道車両にとっても過酷なものでした。車体はオールステンレス車であるが故に潮風による腐食からは耐えられたものの、床下機器は耐えられなくなっていきました。特に瀬戸大橋線は海の上を走るという特殊な環境のため、車体上部よりも床下機器がその影響を受けやすかったといえます。また、ステンレス鋼ではない普通鋼などでつくった機器を収める箱、そして塩分を含んだ風には弱い電装品は、瀬戸内の海から舞い上がる風の影響を多分に受けていたといえるでしょう。長年そうした環境の中を走り続けてきた結果、車体は大丈夫でも床下機器は相当のダメージを受け、故障を頻発させるようになってしまいました。

 これに加えて瀬戸大橋線を取り巻く環境も変化していきました。開通当初は瀬戸内の海を列車で渡ることができるという物珍しさや、瀬戸大橋そのものに対する興味もあって「マリンライナー」は連日の多くの人で賑わっていました。

 しかし、開通から年月が経って行くにつれてその物珍しさも影を潜めていき、連日多くの人で賑わっていた列車も、いつしかそれも過去のものになっていきました。

 これに加えて、213系は全車がJR西日本が保有するため、乗り入れ先のJR四国はJR西日本に対して車両使用料をを支払わなければなりません。しかし、経営基盤が非常に脆弱なJR四国にとって、僅か30kmとはいえ瀬戸大橋線で乗り入れてくる車両はすべてJR西日本の所有であるが故に、自社の管内を走った分だけすべての列車に対して車両使用料を支払い続けるのは大きな負担になっていました。

 こうした様々なことが重なり合い、213系は登場から16年間走り続け、多くの人たちを本州-四国間で運ぶという役割を後継となる5000系と223系5000番台に渡して2003年のダイヤ改正をもって去って行きます。これと同時に普通鋼でつくられたクロ212形はこの時点で全車が運用を離れていき、初号車となるクロ212-1を除いて全車が廃車となってしまいました。

 

東海道本線の京阪神区間で運行される新快速は、並行する私鉄との熾烈な争いの歴史をもっている。そのため、旧形国電時代は「流電」52系が投入されるなど、その時々で最高の性能をもち、同時に一般の車両とは一線を画する接客設備を備えた車両が充てられた。後に153系をもって「新快速」として運行されるものの、余剰となった急行形電車を転用しただけであり、競合する私鉄に見劣りもした。そして、転換クロスシートを備え、ラッシュ時の乗降にも配慮した117系は、大鉄局の要望が国鉄本社を動かしたことによって増備さている。民営化後もそれは変わらず、221系、223系、そして225系と常に最新の車両が投入されるとともに、JR西日本の標準車両に成長していった。瀬戸大橋線の213系の後継となったのも223系で、仕様を若干の変更をした5000番台が増備された。基本的なデザインは同じだが、前面の傾斜がなくなって垂直になったことで貫通幌の設置が可能になっている。(クモハ223-5002〔岡オカ〕 岡山 2017年5月27日 筆者撮影)

 

 瀬戸大橋線「マリンライナー」の運用からは離れた213系でしたが、製造からまだ20年も経っていないので、岡山地区のローカル運用に転用されることになりました。

 この転用によって、クロ212形が外された編成は片方の制御車がない状態になってしまいました。一方で、ローカル運用となると3両編成では輸送力が過剰となり、2両編成であればちょうどいいという運用もありました。

 そこで、クロ212形が外された編成には、残ったサハ213形に対してJR西日本が得意とする「先頭車化改造」を施すことになります。前述のようにステンレス鋼は腐食に強く、鋼板の肉厚を薄くしても強度を保てる反面、加工が事情に難しいというものです。

 鋼製車であれば先頭車化改造もそれほど難しくなく、国鉄時代であれば既存の車両と同じ形状の先頭部分を別につくっておいてから、種車の一部を切り落としてそこに先頭部分をつなぎ合わせる工法が用いられました。しかし、ステンレス鋼の場合、既存の車両と同じ形状の先頭部分をつくるのは難しく、曲線デザインが多ければなおのこと困難でした。

 そこで、JR西日本はサハ213形の一端を1,900mmに渡って台枠を残して車体を切断し、ここに先頭部分をつなぎ合わせるという国鉄時代からの工法を用いました。ただし、この先頭部分はステンレス鋼ではなく普通鋼で製作し、前面は台枠の形状に合わせて完全な切妻とし、デザインは既存の車両とほぼ同じとするというものでした。

 このような大規模な改造工事を施して製作された先頭車は、新たにクハ212形100番台とされて、2両編成の先頭車に生まれ変わりました。クハ212形100番台は、前述の通り0番台のデザインを踏襲しましたが、種者が中間車であるサハ213形であるため、完全な切妻となったので印象が異なるものになりました。とはいえ、前面窓はクハ212形などと同じであり、運転士側は高運転台に対応した小さいものを、助士席側は座席からの前面展望に配慮した天地方向が広げられたものを装着、そして窓廻りは黒色で処理した「額縁スタイル」としました。

 

213系が瀬戸大橋線の快速「マリンライナー」から退いた後は、岡山地区のローカル運用に就くことになった。その際、クロ212形を連結していた3両編成は、高松方先頭車であるクロ212形は外されて廃車となったことで、新たな先頭車が必要になった。残った車両のうち、それまで中間車だったサハ212形が先頭車化改造を受けることになる。JR西日本お得意の改造方法で、前面の意匠は新製車とほぼ同じものとしたものの、種車の構体を大きく変えることは難しいため、車体の一部を切断して新たにつくられた先頭部を接合した切妻形の先頭部となった。(出典:写真AC)

 

 前部標識灯は0番台が後部標識灯と一体化したライトケースに収められていますが、0番台が丸型のシールドビーム灯であるのに対し、100番台は角形のものに変わりました。

 0番台は窓廻りを黒色とし、全体として白色の強化繊維プラスチックで造形されていましたが、100番台も類似のデザインとし窓廻り以外は白色となりました。しかし、前述の通り種車の車体を車端部から1900mm切断して、代わりに同じ寸法の普通鋼でつくられた戦闘部分を接合したので、この部分はすべて白色で塗装されたので、横から見ると白い部分が異様に長くなったのです。

 加えて種車のサハ213形にはトイレがありませんでしたが、先頭車化改造の際にトイレを追加しました。ただ、0番台は乗務員室とは反対側の車端部、すなわち偶数寄に設置されていましたが、100番台は乗務員室がわ奇数寄の乗降用扉のすぐ近くの中央寄の座席を撤去した部分に設置されました。そのため、トイレを設置した部分の戸袋窓と側窓はステンレス鋼の板で埋められるなど、外観も大きく変化したのです。

 こうして改造によって製作されたクハ212形100番台は、クモハ213形と2両編成を組んで、岡山地区のローカル運用に就くことになります。クロ212形を連結していなかった3両編成もまた、同様に瀬戸大橋線「マリンライナー」の運用から退き、岡山近郊の地域輸送に充てられました。

 

《次回へつづく》

 

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