
クハ205-88〔横ナハ〕 大宮総合車両センター(敷地外から撮影) 2009年7月5日 筆者撮影
南武線205系ナハ4の歴史|事故・編成組み換え・廃車までの25年を徹底解説
205系といえば国鉄にとって最初で最後のオールステンレス通勤形電車として1985年に登場し、山手線と京阪神の東海道緩行線に投入されました。
ステンレス鋼は普通鋼と比べて加工が難しいものの、板厚を薄くしても強度が保てるといった特徴がありました。そのため、車両重量の軽量化を実現でき、同時に高い耐食性があることから、基本的に塗装も省略できるなど様々なメリットがありました。
車両が軽いということは、加速時に使う電力使用量も抑えることが可能でした。これに加えて界磁添加励磁制御を採用したことで、従来のシステムを踏襲したまま回生ブレーキを使うことを可能にしたので、全体としての電力使用量は大幅に抑えることを実現したのでした。
紆余曲折を経て、国鉄もようやくオールステンレス車の時代に入ったものの、分割民営化まで残り2年というタイミングでは、101系や103系といった鋼製車を置き換えることは叶わず、前述の通りごく一部の線区での投入に終わってしまいます。
しかし、分割民営化後によって誕生したJR東日本は、民間企業になったことでコストへの意識を高くしました。そして、101系のような老朽化が進む車両を使い続けるのではなく、省エネ性能を持ち運用コストを抑えることができる205系を再生産させて、残存する老朽車の置き換えを進めることにしました。
南武線も、その置き換え対象の一つとなりました。分割民営化時には、運用されている車両のすべてが、都心部で使い古された車両でした。特に101系は老朽化も進んでいた上、103系と比べると性能面で劣っていたといえます。
JR東日本は、中央・総武緩行線を皮切りに、残存する101系を205系を投入することで置き換えを進めますが、南武線も101系の置き換え用に205系を新製して、中原電車区に配置します。
国鉄時代は都心部の中古車ばかりが送り込まれるといった冷遇ぶりから、一転して新車がやってくるとは予想しなかったことといえるでしょう。実際、筆者も南武線に205系が投入されると聞いたときには、山手線の中古車が送り込まれると考えていたので、まさに驚きの出来事だったのです。
さて、写真のクハ205−88は、1989年に川崎重工(現在は川崎車両)で製造され、中原電車区に新製配置されました。配置後は6両編成を組んで、「ナハ4」として南武線での運用に就きました。
同僚の103系たちとともに、100万都市である川崎市を縦断し、東京都下の南多摩地域を抜け立川に至る線区で、沿線の人々を運び続ける毎日でした。
山手線にE231系500番台が新製配置されると、国鉄時代に製造された205系が玉突きで配置転換となり、残存していた103系を置き換えて中原にやってきても、「ナハ4」は変わることなく地域輸送に明け暮れていました。
ところが、2009年に中原電車区内で検修作業中、作業員が誤ってモハユニットの電装品で感電事故を起こしてしまい、新製以来ともに走り続けてきたモハ205・204‐236がこれによって破損し、走行不能の状態に陥りました。
この事故による故障で、「ナハ4」は運用に就くことが不可能になってしまい、それ以来保留車の扱いになって同僚たちが多くの人々を乗せて走るのを、ただ電車区の留置線から眺める日々になってしまいました。
保留車の状態になると、たいていの場合は廃車の運命を辿ることになりますが、そうするには何らかの形で代替となる車両を新製なり、配転なりする必要があります。しかし、205系は既に製造が終了してしまっているため、代替の車両を送ることは不可能でした。
そうした中、「ナハ4」は大宮に向けて配給輸送されました。よもや廃車なのかとも思われましたが、実際には205系のやり繰りによって、故障したモハ205・204‐236を編成から抜き取ってこれを廃車し、代わりに山手線から押し出されたモハ205・204‐21のユニットを組み込んで運用に復帰させたのです。
この組み換えで、1つの編成の中に国鉄時代製造の車と、民営化後製造の車が混在するという、珍しいものになりました。とはいえ、編成ごとの廃車ではなく、故障車のみを置き換えて運用に戻すことで、クハ205−88は再び仕事に戻ることができたのでした。
写真はその大宮に入場中の姿を捉えたものです。たまたま湘南新宿ラインに乗っていたところ、見慣れた色の帯を巻いたクハ205形がいるのを見つけ、大宮駅のホームから撮影したものです。この時点で、どのような処遇になるのかといった情報がなかったので、もしかしたら最後の見納めかもと思いましたが、幸いにも杞憂に終わりました。
検修作業のミスによる感電事故で、電装品の破損が車両自体の廃車にまで発展するとは、電気とは恐ろしいものだと改めて感じたものです。筆者も鉄道マン時代は電気を扱う仕事だったので、いつも慎重に仕事を進めていたものですが、最近はどうなっているのかと当時も考えたものです。
このクハ205−88を含む「ナハ4」は、新たな仲間を得て再び活躍をしますが、後継となるE233系8000番台が増備されたことで、2015年5月に運用から退き廃車となりました。一度は早期の廃車の憂き目に遭うのかと思われましたが、1989年から25年間走り続け、その役割を全うしたのでした。
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