《前回からのつづき》
213系は国鉄が最後に設計し、製造した新系列の電車でした。分割民営化の直前、国鉄の財政は既に破綻したに等しい状態であり、とても新車を増備するという状態ではなかったにもかかわらず、鉄道事業を継承することになっていた新会社の負担を少しでも減らそうと、その厳しい中で増備をしそれを引き継いでいきました。
213系に限らず、可能な限り製造コストを抑え、そして民営化後にこれを運用する新会社の負担にも配慮し、運用コストにも配慮したものでした。
国鉄の車両は、良く言えば実績があり信頼性の高い技術を極力使い、全国規模で配置転換しても転用先で使うことができ、さらにはそこでの検修職員の負担にならないことまでも考慮した標準化の手法をとっていました。言い換えれば、国鉄の運転士は標準化された車両の運転操作や機器に関する知識を、検修職員は検査や修繕に必用な知識と技術を熟知していればよいので、職員の負担は軽く合理的ともいえたものでした。

JR東海は車両の標準化を早い段階から進めてきた。標準化することで、車両の検修にかかわる技術を統一でき、検修職員の負担も減らすことができるとともに、人事異動で別の区所に行っても最初から学び直す必要はない。加えて、修繕用の部品の調達も同じになるので、大量に発注することで量産効果によるコストの低減にもつながる。211系5000番台に続いて標準形式ともいえる313系は、JR東海の在来線電化区間では見ないことがない形式で、飯田線にも一部が導入された。そして、新たな315系の増備によって押し出された車両が飯田線に転用されることになり、いよいよ213系5000番台に終焉の膜を下ろさせようとしている。(出典:写真AC)
しかし、このことは新技術の導入に対して消極的になり、ともすると労働争議にまで発展してしまうことにもつながるとともに、旧式となった技術を使い続けることは、電力の使用量を多いままにしたり、検修にかかる手間や多くの人員を必要とするなどなど高い運用コストを放置することにもなったのでした。
そうしたことも、もはや分割民営化が決定するにいたって、それまでの国鉄の常識を続ける理由もなくなったといえます。もし、古い技術と伝統に固執しようものなら、国鉄の莫大な赤字を生んだ原因の一つに対して、真正面から向き合っていなかったと言われても仕方がありません。分割民営化とは聞こえはいいですが、要は国鉄は莫大な負債を抱えて財政破綻したのであって、民間企業であれば倒産したのと同義だからです。
塗装工程を省略を可能にし、耐食性が強く軽量化を可能にするステンレス車体の導入や、検修にかかる工程を省力化を実現する電装品の導入、部品点数を大幅に削減して構造が大幅に簡略化されたボルスタレス台車の装着など、大手私鉄などでは常識となった技術を取り入れました。
このように、新会社へ受け継がせる車両は、可能な限り新技術を導入したものにしました。そうすることで、新会社の負担を少しでも減らし、経営基盤を安定なものにさせようという、国鉄の最後の意地であり新会社への最大の配慮だったともいえます。
分割民営化の直前に、まるで駆け込むかのように次々と作られた新型車両たちは、国鉄からJRへの過渡期の車両であるとともに、可能な限り最新の技術を取り入れた「最後の国鉄形」だといえます。

関西本線を手始めに、分割民営化直後に製作されてから既に35年以上が経った。その歴史は必ずしも順風満帆とはいえなかったものの、それでも、JR東海の在来線における輸送を支えてきたことは間違いない。国鉄時代に開発された界磁添加励磁制御は、分割民営化直後ではコスト的にも技術的にも「ちょうどいい」ものだったといえる。そして、VVVFインバータ制御が当たり前になった今日、数少ない存在となって飯田線で最後の活躍をしてきた。もう間もなく、伊那の山間をトコトコと走り沿線の人々の生活を支え続けた姿が見られなくなる。213系5000番台は民営化後の製造だが、基本設計は国鉄の手によって行われたことから、最後までJR東海に残った国鉄形だといえる。そして、213系5000番台の運用を終了することにより、旅客6社の中でもっと早くすべての国鉄形が消え去ることになる。(出典:写真AC)
この車両たちこそ、民営化直後のJR各社の経営を支えた存在であり、205系のように民営化後にリピートオーダーという形で増備されたものもあれば、JR東海の211系5000番台や213系5000番台のように、新会社の方針に沿った機器を取り入れ独自の仕様に変えて増備されたものもありました。その意味でも、国鉄が設計したこれらの車両は、民営化後も市場に通用するものだったといえます。
それら、「最後の国鉄形」も、登場から既に40年近くになり、その一部は既に過去のものとなりました。213系もJR西日本に継承された0番台は、今しばらくは活躍するでしょうが、JR東海の5000番台はもう間もなくその歴史に幕を下ろそうとしています。
いずれにしても昭和から平成、そして令和の3つの時代を駆け抜け、地域の旅客輸送を支え続けてきたことは、鉄道史に深く刻まれ後世に語り継がれていくことでしょう。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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