旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

寝台急行「銀河」の歴史|東海道を駆け抜けた名門列車の足跡と2008年の終焉【12】

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12:つくば万博と常磐線の波動輸送が導いた「銀河」14系化:国鉄末期の車両再配置と臨時輸送の実態

《前回からのつづき》

 

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 国鉄は電化を推進していく中で、輸送量の多い線区では直流電化を基本に工事を進めてきました。常磐線も輸送量が多いので、この基本に基づけば直流電化がされていたところです。もし、直流電化であれば113系や115系、さらには165系などを掻き集めてきて、波動輸送に充てれば話は済んだはずです。

 しかし、常磐線の直流車を運用できるのは取手までで、これより北は交直流車でなければなりません。取手ー藤代間に交直を切り替えるデッドセクションが設けられ、取手以北に直通する列車は交直流車に限られていたのです。

 この理由として、茨城県石岡市にある気象庁地磁気観測所があることでした。地磁気観測所は文字通り、地球の磁気や電気を観測する施設で、国際的にも非常に重要な地球観測施設です。この地磁気観測所から半径30km以内で鉄道を直流電化してしまうと、レールから漏れ出てしまう直流電流が地磁気観測に影響を与えてしまうため、電化する場合にはこれに影響を与えない対策を施すか、直流以外の電化にするか、あるいは非電化のままにするかの三択になっていました。

 

急行「銀河」が20系から14系に置換えになった理由は、20系の老朽化や陳腐化がもっとも大きなものであったといえるが、同時に国際科学技術博覧会の開催による波動輸送用として運用する意図もあったと考えられる。会場となる筑波周辺には宿泊施設が極端に少ないため、国鉄は古い20系や余剰となっていた583系の寝台設備を活用して、列車ホテルとして運用することにした。こうした事情から、「銀河」の運用に充てていた20系を14系に置き換え、押し出された車両を活用したかったのではないだろうか。実際、「エキスポドリーム」として運用に充てた車両は、客車は20系、電機は引退間近のEF80形だった。(©spaceaero2, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)

 

 このため、関東鉄道常総線は電化にかかる建設コストの問題などから今もなお非電化のままであり、もっとも新しい首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスは、建設時から守谷以南を直流電化とし、これより北は交流電化で完成させました。常磐線を電化する際に、これらの問題を解決するため、取手以北を交流電化させることで対処することにしたのでした。

 起点となる上野から僅か37kmほどしか直流区間がない常磐線は、首都圏に乗り入れる幹線ではかなり特異な存在で、通勤形電車の運行は取手までとしています。そして、取手衣以北に直通する列車はすべて交直流車の415系が充てられ、利用者からは「快速」と「中電」と区別され、後者が遠くは水戸、さらには日立やいわきまで行くことのできる列車として運転されていました。そして、このつくば科学万博は交流電化区間にある牛久ー荒川沖間にあるため、増発するなら交直流車を集めなければならなかったのです。

 

▲1985年の14系置き換え時の編成。すべて14系14形で組成され、急行列車としては数少ないA寝台であるオロネ14形を組み込んでいた。このあたりは、「さくら」や「みずほ」と共通運用とまではいかないものの、ある程度は共通性を持たせていたと考えられる。

 

 しかし、交直流車は国鉄の中でも高価な車両の一つで、これを数多く運用していたのは他ならぬ常磐線と、あとは九州島内だけでした。北陸線などでも運用はされていましたが、その数は他の地域に応援として差し出せるような数はなく、九州からも出せても常磐線の50Hzに対応できる415系だけで、あとはすべて60Hzにしか対応できない車両ばかりでした。

 こうなると、直流車は使えず、交直流車もまとまった数を揃えることができないため、国鉄は苦肉の策として、電化区間を問わずに走ることができる気動車を臨時列車に抜擢したのでした。

 

1970年に大阪で開催された万国博覧会(大阪万博)の万博輸送に対応するために、急行形電車とほぼ同じ車内設備を備え、同時にそれまでの客車とは大きく異なる新たな思想の元で設計された12系は、団体列車や臨時列車などの波動輸送用として大いに使われた。これ以後、国鉄が新製する客車は、この12系を基礎としている。1985年の国際科学技術博覧会(つくば万博)においても、万博に訪れる多くの人々を輸送するために活躍したといえる。(出典:写真AC)

 

 しかし、予想される訪問者数と輸送量から、気動車をもってしても足りないことから、国鉄は12系はもちろんのこと、20系までもを掻き集めて臨時列車に仕立てなければなりませんでした。つまり、つくば科学万博の波動輸送臨時列車には、415系などの電車はもちろん、583系や気動車、さらには12系や20系といった客車を充てて運転し、客車列車の牽引には既に廃車目前だったEF80形がその先頭に立つなど、じり貧のためにかつてのように潤沢な車両を持たなくなりつつあった国鉄にとって、まさに「総力戦」ともいえる体制で応じたのでした。

 少し長くなりましたが、このようなことが背景となり、20系を捻出する必要があったこともあって、1985年に「銀河」は20系から14系に置き換えられたと考えられるのです。

 

《次回へつづく》

 

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