旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

湯の街へ駆けた湘南特急──80系・153系・157系が紡いだ伊豆アクセスの歴史【5】

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4:80系「湘南形」が切り開いた電車優等列車の時代──あまぎ誕生の背景

《前回からのつづき》

 80系電車は言わずとしれた「湘南形」と呼ばれる車両で、中・長距離列車の運用に充てることを前提とした電車でした。それまでの電車は、大都市圏の電化された近・中距離列車に使うのが常識で、客室の設備もそれに応じたロングシートやセミクロスシートであり、優等列車は機関車牽引の客車列車の独壇場であり、こうした運用に就くことはありませんでした。

 戦前につくられた電車の多くは近距離あるいは中距離列車向けのものでしたが、客室設備の面では例外も存在しており、42系や「流電」と呼ばれた52系電車は乗降用扉は2か所、ドア付近を除いて固定式クロスシートをずらりと並べていたことで、長距離の優等列車に使っても遜色ないものでした。しかし、42系や52系は競合する私鉄と熾烈な乗客の奪い合いを繰り広げてられていた京阪神区間の「急行電車」(現在の「新快速」の源流)のために製造されたものであり、ほぼ全席クロスシートという客室の設備は、私鉄よりも省電の方が快適で早いというその優位性を利用者にアピールするためのもので、急行列車はもちろんのこと、特急列車といった長距離を走る優等列車の運用に就くことはありませんでした。

 

長距離列車は機関車が牽く客車列車が「常識」であり、電車は大都市圏の近距離で使うことが前提であった国鉄にとって、80系の登場は一大転機であるとともに、日本の鉄道に根付いていた「常識」を覆した存在となった。客車と比べて軽量な車体、動力は中間車に分散させることで走行性能は大幅に向上し、高い加速力を備えたことで所要時間の短縮を実現した。その一方で、車内の設備は客車に引けを取らない充実したもので、その垢抜けた塗装とともに利用者からは好評だったと考えられる。また、機関車のような機回しといった入換作業も必要がなくなり、運用の合理化にも貢献した。これ以後、中長距離の準急は80系が使われるようになり、電車時代の幕開けとなった。(©Shizutetsukikanshi, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)

 

 前述の通り、鉄道開通以来、国鉄の長距離特急・急行列車は機関車牽引の客車列車で運行されるのが常識という文化が蔓延っていたこともあり、電車などというすべての車両にモーターがついた車両で同じ運用に就くことは不可能、できたとしてもモーターが焼き切れて使い物にならないどころか列車を運休に追いやるとさえ考えられていたといえるでしょう。

 しかし、そうした伝統的な考え方とは裏腹に、終戦直後の輸送事情の逼迫は増すばかりであり、抜本的な改善が求められていました。これを解決するためには、列車の1本あたりの連結両数を増やすか、高頻度の運転をするかのどちらかでしたが、前者は駅のホームを延長して線路の配線を変えるとともに、信号保安設備も改良をするなど規模が大きい工事をし、多額の投資をする必要がありました。この方法では、短い期間で実現することは不可能であるため、自ずと運転本数を増やして対応する方がより現実的でした。

 こうしたことから、国鉄は東海道本線の電化区間で運用するための、長距離列車用の電車を開発することにしました。とはいえ、当時は連合国軍総司令部の占領統治のもとにあり、国鉄が必要だからといって、新たな車両を簡単に作ることはできませんでした。車両の申請にはGHQの麾下にある第3鉄道輸送司令部の許可が必要であり、その許可がなければ予算を確保することもできませんでした。GHQの本国であるアメリカでは、都市間輸送の電車が衰退していたことから、ほぼ似たような国鉄の計画に懐疑的であり、国鉄の要求を認めようとはしなかったのです。

 そこで、横須賀線と同じ程度の距離を走る列車に投じることを前提に、新たな車両の開発と新製するという建前でなんとか許可を取り付けたことで設計・製造されたのが80系だったのです。

 この80系はデッキ付きの幅1000mmの乗降用扉を2か所設け、車内はデッキ付近のごく短いロングシート以外はすべて固定式クロスシートを備えるという、オハ35系やスハ42系といった客車にも劣らない設備を整えていました。そして、列車の動力源が機関車に集中するのではなく、編成中の電動車に分散することで客車列車とは比べものにならない加速力をもち、高い高速性能と客車をも凌駕する居住性から、電車による優等列車の時代を切り開いたのでした。

 国鉄にとって最新鋭の80系電車が、湘南準急「あまぎ」に充てられたことにより、東京都伊豆を結ぶ列車の速達性が向上することになりました。

 

《次回へつづく》

 

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