旅メモ ~旅について思うがままに考える~

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湯の街へ駆けた湘南特急──80系・153系・157系が紡いだ伊豆アクセスの歴史【8】

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7:153系が切り開いた“新性能電車”の時代──伊豆準急の進化と昇圧で変わる駿豆線

《前回からのつづき》

 

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この記事をまとめると
1959年、伊豆準急に80系の後継として新性能電車153系が投入された。カルダン駆動と空気ばね台車により高速性能と乗り心地が向上し、10両+5両の長大編成で伊東・修善寺へ直通した。二等車は「並ロ」を採用し、等級制の名残も見られた。同年、駿豆線が600Vから1500Vへ昇圧され、三島での特殊な転線作業が不要となり所要時間も短縮。伊豆方面の輸送はさらに効率化された。
 

 1950年に登場し、優等列車として遜色のない客車並みの車内設備と、動力分散式の電車として特急列車並みの俊足ぶりで好評だった80系は、「湘南特急」と俗称された東京都伊豆を結ぶ準急列車に充てられて、多くの観光客を運ぶ役割を果たしていましたが、1959年になると早くも後継となる車両が登場しました。

 これよりも2年前の1957年に、国鉄は新たな駆動方式を採用した次世代の電車を開発しました。モハ90系はそれまでの電車の常識だった吊り掛け駆動から、振動と騒音も少なく高速性能に優れるカルダン駆動を採用して実用化に漕ぎ着けましたが、その一方では歯車比を変えることで高い加速性能を必要とする通勤形電車にも、高速性能が要求される優等列車にも使える構造としました。

 モハ90系の試験が良好のうちに終わると、国鉄はそれまでの吊り掛け駆動の72系の製造を終了させ、代わってモハ90系改め101系の量産を始め、需要の逼迫が続く都心部の通勤路線である山手線での運用を始めたのです。

 101系のシステムは前述の通り、歯車比を変えることで高速性能を要求される長距離の優等列車にも使うことができました。そのため、国鉄は特急用のモハ20系(後に151系)と準急用の153系と、次々と最新鋭の機器類を備えた優等列車用の車両を設計・製造して運用に充てたのです。

 101系はその高加減速性能を発揮して、ラッシュ時の異常とも言える混雑を解消させるために山手線に投入し、線路容量を引き上げるとともに列車の増発をも可能にしました。他方、歯車比の設定を高速寄りに変えることで高速性能をもたせて設計されたモハ20系は、東京ー大阪間に設定された「こだま」に投入され、所要時間が6時間50分と7時間を切り、客車によって運転されていた「はと」や「つばめ」よりも40分も短縮させたことで、電車の本領をいかんなく発揮した列車となりました。加えて、「はと」や「つばめ」といった列車に充てられていた客車の台車には金属ばねが使われており、高速性能はもちろんのこと乗り心地の面でも限界がありました。しかし、モハ20系は枕ばねに空気ばねを使ったことで乗り心地は格段に向上し、高い高速性能をもったことで、乗客はもちろんのこと運転サイドからも歓迎されたようです。

 こうしたモハ20系の成功から、国鉄は特急よりも格下になる急行や準急についても、本格的に電車へ転換を図ることを計画しました。そして、モハ20系では特急用ということもあって当時としては豪華な設備を備えたのに対し、座席は旧来の客車と同じ固定式クロスシートを設置、空調は冬期の暖房のみを装備して冷房装置をもたず、乗降用扉はモハ20系が幅700mmの引き戸を1か所であったのに対して、幅1000mmの方開き戸を2か所設置た急行や準急には必要十分な設備をもたせた153系が新たにつくられたのです。

 その最新鋭である153系は、新製早々にこれら伊豆へと向かう列車に投入されました。それだけ、国鉄が伊豆方面の列車に期待を寄せていたこと、そして、経済的に余裕がある人たちにとって、伊豆は身近な保養地として人気があり、そうした人たちが多く利用していたことの表れだといえます。

 153系は101系を始祖とする、カルダン駆動を採用した新性能電車でした。この新たな駆動方式を採用したことにより、従来の80系電車と比べてMT比は1:1で1.6km/hとなり、振動や騒音も少なく空気ばね台車を装着したことにより、高速性能と乗り心地の向上を両立させることができました。

 

長距離列車の運用に充てることを前提としてつくられた80系は、当初はトラブルも起きたものの、技術陣と検修現場の努力によって軌道に乗ると、運用・営業、そして乗客から好評を得た。しかし80系は吊り掛け駆動の旧性能電車であったことから、カルダン駆動を採用した101系が完成すると、さっそく長距離優等列車に充てる車両として91系が開発されることになる。後に称号規程の改正によって153系となり、80系よりも優れた走行性能と、ブラッシュアップされた客室設備をもって東海道本線の優等列車に投入された。そして、距離は短いながらも有数の保養地である伊豆方面の輸送は国鉄にとっても重要な位置を占めていたことから、最新鋭の153系は準急「伊豆」などに充てられるようになった。(出典:写真AC)

 

 その最新鋭である153系を、東京−伊豆間を結んでいた列車で最初に充てられたのは「伊豆」でした。80系電車の編成を引き継ぐように、伊東・修善寺方の基本編成はサロ153形2両を含んだ10両編成と、東京方には5両の付属編成で合計で15両編成を組んで運転されました。そして、10両編成は伊東行き、5両編成は修善寺行きとして熱海で分割併合をする運用も変わることはなかったのです。

 このうち二等座席車であるサロ153形は、りんライニング機構のない回転クロスシートを備えたいわゆる「並ロ」と呼ばれる車両でした。これは、同じ二等座席車でも、リクライニング機構をもった座席を備えた車両、すなわち「特ロ」は急行列車以上に使うことが原則であり、準急にはそれよりも格下のリクライニングのない座席を備えた「並ロ」とされていたためでした。こうしたあたりも、戦前から脈々と受け継がれている等級制の格差が厳然と存在していたといえます。

 また、153系は準急だけでなく、その間合いの運用として普通列車にも使うことがあるため、「特ロ」を連結してしまって普通列車に使うことになってしまうと、その価値が損なわれてしまうと考えられたといえます。

 加えて同じ二等車でも「特ロ」と「並ロ」では設定された金額に差が設けられていたことで、列車も座席も指定しない普通列車の運用では、「並ロ」の乗車券を持った利用者が「特ロ」に乗ってしまうことも考えられ、そうなると国鉄は「取り損」をしてしまうと想定されていたためでした。

153系の二等座席車(後に二等級制に改正されて一等車、さらにモノクラス制になってグリーン車)は、初期には回転式クロスシートを備えたサロ153形が新製されて運用に充てられた。当時、二等車の設備によって料金が異なる体系を採っていたため、リクライニング機構のない座席を備えた物などは「並ロ」、リクライニングシートを備えるなどより上質な設備をもったものを「特ロ」として厳格に分けられていた。伊豆方面の優等列車に投入された153系は、準急としての運用だったこともあり「並ロ」に区別されるサロ153形が組み込まれていた。後に急行格上げなどによってサロ152形に置き換えられると、余剰となったサロ153形は111系化改造を受けてサロ111形となっていく。(©Cassiopeia sweet., Public domain, via Wikimedia Commons)

 

 準急「伊豆」に最新鋭の153系が投入されると、その後、「いでゆ」や「おくいず」「たちばな」など続々と80系から153系へ置き換えられました。しかし、東京−伊東・修善寺間で運転されていた「いこい」だけは、他の列車が80系になっても客車列車のまま残された状態が続き、それも153系に変わっても置き換えられることはありませんでした。

 この年に、駿豆鉄道駿豆線がそれまでの直流600Vから1500Vへ昇圧されました。これによって、それまで三島で行われていた異電圧区間へ乗り入れる際の特殊な入換作業が廃止され、乗り入れる車両も本来の電圧で作動させることができるようになったため、所要時間も10分程度ですが短くなりました。

 

《次回へつづく》

 

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