旅メモ ~旅について思うがままに考える~

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国鉄の置き土産:キハ38形が繋いだ非電化路線のバトン【7】

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7.キハ35系の縮小とキハ37形開発の背景──電化政策・全国運用・国鉄財政悪化を読み解く

この記事では、八高線・相模線の電化によって縮小していったキハ35系の運用と、国鉄末期の財政悪化の中で誕生したキハ37形の背景について解説します。

 

《前回からのつづき》

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■ 八高線・相模線の電化とキハ35系の縮小

 一方、八高線と相模線は国鉄時代に電化されることはありませんでした。しかし、1987年に国鉄が分割民営化され、これら2路線はJR東日本に継承されると状況が大きく変わっていきました。非電化のまま残ったこれら2路線のために、わざわざ気動車を運行させるのは非効率的とする経営判断もあって、先ず1991年に相模線が電化、次いで1995年に八高線の高麗川以南が電化されると、久留里線を除いて東京近郊のJR線はすべて電車化されてしまい、約30年にわたって運用が続けられたキハ35系もその役割を終えてし型を消していったのでした。

■ 全国での運用と高い汎用性

 この他にも、寒地仕様の500番台が新潟地区に投入されたほか、山陰本線京都口や北陸の氷見線、城端線などでも運用され、少数ではあるものの比較的広い範囲で使われ、朝夕のラッシュ時には3扉とロングシートの収容力を発揮しました。

■ 国鉄財政悪化とキハ37形誕生の背景

 このように、非電化路線においてその収容力と乗降性のよさから重宝されたキハ35系でしたが、一般形であるキハ10系などの後継としてキハ40系が増備されて置き換えが進められていたものの、1980年代に入る頃には国鉄の財政事情が厳しいことや、赤字となっている特定地方交通線の廃止、運用の効率化で必要とされる車両の数が減少するとされたことで、置き換えのための車両の新製は一旦打ち切られました。

 

国鉄は1983年に新たな気動車を製作した。従来の設計思想に固執せず、新たな技術を導入して設計されたキハ37形は、地方ローカル線の需給を鑑みつつ旧式化・老朽化した初期に製造された車両の代替を目的にしていた。特にエンジンは伝統的な国鉄制式のものではなく、船舶用の小型軽量のものを鉄道車両用に改良したDMF13系を搭載し、性能の向上が図られた。しかし、厳しい財政事情もあり5両が製作されたに留まった。(出典:写真AC)

 

 その一方で、初期に製造された車両の老朽化も深刻でした。特に採算性の厳しい路線ではより効率性の高い車両が求められたことから、主機関を従来の国鉄制式エンジンにとらわれない、小型軽量で高出力、そして燃費のよい高い効率性を備えたものとして、新潟鐵工所製の船舶用エンジンを鉄道車両ように改良したDMF13系を搭載し、キハ40系のような車体長20,000mmを超え、裾絞り(車体の下部を絞った形状。これにより、上部の幅を大きく取ることができる)がある2,900mmの拡幅構造をもつ大型車体から、長さ20,000mm以下、幅も2,800mmとして裾絞りのないものへと変更したキハ37形が製造されました。

 

《次回へつづく》

 

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