旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第一章・その6「高卒一期」

◆高卒一期

 会社から会社説明会をするからと大井機関区に来るように言われ、いったいそこはどこにあるのだ?と調べると、なんと東京モノレール大井競馬場駅からさらに海に向かって徒歩15分。貨物の駅って本当に不便なところにあるもんだなぁと思いながらも、会場へ行くと会社説明を受けて、入社試験らしきものも受けてきた。
 まあ、あまり勉強は得意な方ではないから受からないだろう。そうなったら、また一から就職活動をし直しだと考えていると、担任の先生から「渡邊、JRから内定通知が来たぞ」と言われた。
 こうして、私は高校三年生の時に鉄道マンへなることが決まった。
 1991年3月初めに卒業式を終えて、高校生活最後の休みを楽しんでいると会社から「3月25日(だったと思う)から入社前研修をするから大井機関区に来るように」と連絡を受けて、重い荷物を持って再び大井機関区へ。
 そこで研修を受ける班を決められると、今度はバスに詰め込まれて群馬県の水上へと行った。
 水上では何をやったか憶えていない。ただ憶えているのは、温泉に浸かりながら毎日日当をもらったことだった。
 4月1日に大井競馬場近くにある(「近く」といっても徒歩15分ほど)の大井機関区で行われた入社式に出て、社長からの訓示を聞いて生まれて初めての辞令をもらった。縦型の賞状のようなものに、「社員を命ずる」と書かれただけの簡単なもの。私は辞令と言えば、配属先が書かれているものだと思っていたから少々拍子抜けした感があった。

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 入社式の後、研修班ごとに呼び出されて、そこで「発令通知書」なるものをもらった。ううむ、発令とは役所の言葉だ。さすが、そのあたりは国鉄の名残があるのだな。
 私がもらった発令通知書は二枚あった。一枚は4月1日付のもので、「関東支社総務部総務課課員を命ずる」とあった。まあ、関東支社採用だったし、研修中の所属は現場ではないからこんなものだろうと思った。そしてもう一枚を見ると、「4月2日付 九州支社総務課課員を命ずる」と書かれていた。
 なに?九州支社?それも明日から?
 私は何が何だかわからなかったが、発令通知書をくれた課長の名札を見ると、確かに九州支社総務課と所属が書かれているではないか。
 金を稼ぐというのは厳しいものだ。と、よく父が言っていたっけ。そうか、明日から九州で仕事をするのか。働くというのはかくも厳しいものだと、社会へ出て早々に突きつけられたのだった。