旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

この1枚から 数奇な履歴の持ち主・EF66 20の場合

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 先日投稿した記事では、異色の経歴の持ち主ともいえる、大井川鐵道のナロ80についてお話をさせていただきました。こうした履歴をもつ鉄道車両は他にも例がありますが、今回はこちらのEF66 20号…

海峡下の電機の系譜【Ⅵ】 国鉄最後の交流電機・ED79(1)

7.国鉄最後の交流電機・青函トンネル専用のED79 7-1 ED79登場の背景 1961年の着工以来、幾度の難工事を乗り越えながらも建設工事が進められ、1984年には青函トンネルの開業は1987年と発表されました。既にこの頃には国鉄が抱える膨大な債務が問題になっ…

この1枚から 大井町線に8000系がいた頃・2004年の二子玉川

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 東京急行電鉄から社名を東急へと変え、同時に鉄軌道事業を分社化して東急電鉄へと変わってからもうすぐ1年が経とうとしています。分社化され、東急の子会社となっても、利用者のも、筆者の勤め…

海峡下の電機の系譜【Ⅴ】 北の要衝・津軽海峡を貫く青函トンネル(4)

6.青函トンネル前史 6-5 青函トンネルの建設 一隻の犠牲者としては、国内で今なお最大である1155名の犠牲者を出した、洞爺丸事故は国鉄だけではなく、日本中を震撼させるとともに、あのタイタニック号に次ぐ惨事に世界中も衝撃を受けました。 天候で運航…

この1枚から 一見すると軽量客車、でも元は電車

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 世の中には「変わった経歴の持ち主」というのがあります。あまり人のことはいえませんが、筆者も今の世界では「かなり変わった経歴の持ち主」と言われます。まあ、小さい頃からこの仕事を目指す…

海峡下の電機の系譜【Ⅴ】 北の要衝・津軽海峡を貫く青函トンネル(3)

6.青函トンネル前史 6-4 日本最大の海難事故・洞爺丸台風の悲劇 戦後の復興とともに、青函連絡船の役割はますます重要なものへとなっていきました。 旅客・貨物ともに需要も増加の一途を続け、これを捌くための船は必要でしたが、なにしろ戦争末期に受けた…

海峡下の電機の系譜【Ⅴ】 北の要衝・津軽海峡を貫く青函トンネル(2)

6.青函トンネル前史 6-3 戦禍に苦しんだ青函連絡船 第一次世界大戦後、車載客船の建造・配船により、徐々に輸送量を増していった青函連絡船は、その後も輸送量は増加の一途を辿り続けていきます。それだけ、当時の交通は鉄道が重要な位置を占めていたこ…

海峡下の電機の系譜【Ⅴ】 北の要衝・津軽海峡を貫く青函トンネル(1)

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 5月から6月にかけて特集として掲載しました「海峡下の電機の系譜」では、関門トンネルとそこを走る電気機関車のお話をさせていただきました。 今回は日本列島を一つに繋ぐもう一つの海底トンネ…

この1枚から 白煙をたなびかせながら房総の山へと去りゆく気動車

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 ローカル線と聞くと何を思い浮かべるでしょうか。 海沿いの小さな漁港の傍らを走る列車や、広大な田畑の中を疾走する列車など、思い浮かべる光景や列車は人それぞれだと思います。 都会に生まれ…

この1枚から 似てるようで同じでない

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 毎日雨が降っていて肌寒いかと思えば、晴れて気温30℃近くという真夏並みの暑さという日が何日かあり、これだけ天候が不安定で気温が高いと、どうしても体調を崩しがちです。 そこへ新型コロナの…

この1枚から コロナ移動自粛解除・緑深まる夷隅に映える黄色い気動車

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言が解除されてから、間もなく1か月が経とうとしています。この間も、ニュースでは東京都で感染者が増えたとか、世界中ではさらに増加してい…

この1枚から 1991年頃の新鶴見・原色赤プレートの65PF

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 仕事も再開し、徐々に基の日常に近い状態に戻ってきてはいます。とはいえ、完全にもとには戻らないことや、これまでとは違うことも多々あります。その一つに、放課後は必ず消毒をしなければなら…

この1枚から 首都圏のEF65・0番代、最後の日々

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 新型コロナウイルス感染拡大防止の緊急事態宣言も解除され、少しずつですが社会活動が再開され始めています。特に筆者のいまの生業である学校関係は、2月28日の唐突な休校要請で、3か月以上に渡…

海峡下の電機の系譜【Ⅳ】 交直流機の決定版・EF81の参入(4)

5-6 EF81の最終形・リピートオーダーの450番代 1987年の国鉄分割民営化では、各社に必要な車両を必要と思われる最小限の数を継承させました。 電気機関車の多くを継承したJR貨物には、交直流機はEF81だけが割り当てられました。というより、国鉄時代に開…

海峡下の電機の系譜【Ⅳ】 交直流機の決定版・EF81の参入(3)

5-5 EF30を置き換えた基本番代改造の400番代 1986年のダイヤ改正では、翌年に行われる予定になった国鉄分割民営化を見据えた車両配転が行われました。 関門専用の特殊仕様機であるEF30は、既に誕生から30年以上が経ち、過酷な環境での運用を続けてきたこ…

海峡下の電機の系譜【Ⅳ】 交直流機の決定版・EF81の参入(2)

5-4 関門用特殊仕様300番代の登場 EF81が続々と量産されていた頃、関門トンネルはすべてEF30が客車・貨物列車を牽いて本州と九州の間を結んでいました。門司機関区はEF30の牙城のようなもので、ED72やED73、ED75 300番代など多種多様な交流機もいましたが…

海峡下の電機の系譜【Ⅳ】 交直流機の決定版・EF81の参入(1)

5.交直流電機の決定版・EF81 5-1 EF30以後の交直流機 国鉄の交直流電気機関車は、関門特仕様をもつEF30の量産に始まり、交流区間での高速運転を実現したEF80へと進化していきます。交流電流を直流電流へと変換する整流器の技術が発達したこともあったの…

海峡下の電機の系譜【Ⅲ】 世界初の量産交直流機EF30《後編》

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 「海峡下の電機の系譜」と題し関門トンネルを走り抜けた電機たちをふり返るシリーズ構成のお話も、いよいよ関門専用機として設計された世界初の交直流機EF30の後編です。 こちらも前後編に渡る…

海峡下の電機の系譜【Ⅲ】 世界初の量産交直流機EF30《前編》

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 「海峡下の電機の系譜」と題し関門トンネルを走り抜けた電機たちをふり返るシリーズ構成のお話も、いよいよ関門専用機として設計された世界初の交直流機EF30が登場いたします。 こちらも前後編…

海峡下の電機の系譜【Ⅱ】 関門海峡を潜(くぐ)り抜けた直流電機・EF10《後編》

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 「海峡下の電機の系譜」と題したシリーズ構成でお送りするお話。今回はその2回目として、関門トンネルの初代電機EF10のお話の後編なります。書いているうちに段々長くなってしまい、EF10のお話…

海峡下の電機の系譜【Ⅱ】 関門海峡を潜(くぐ)り抜けた直流電機・EF10《前編》

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 「海峡下の電機の系譜」と題したシリーズ構成でお送りするお話。今回はその2回目として、関門トンネルの初代電機EF10のお話なります。書いているうちに段々長くなってしまい、EF10のお話は前後…

海峡下の電機の系譜【Ⅰ】 日本初の海底トンネル・関門トンネル前史

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとございます。 このブログでも、何度となく話題にしております「関門トンネル」。ご存知の方も多いと思いますが、本州と九州を結ぶ海底トンネルです。厳密には、鉄道トンネルと国道トンネル、そして新幹線の新関…

この1枚から スカ色の「山電」

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 普通鋼でできた国鉄型車両も、21世紀も20年が経った2020年には多くが姿を消し、JR西日本で運用される113・115系などと、JR東日本の185系ぐらいになってしまいました。 普通鋼は経年とともに劣化…

この1枚から 酷寒の大地・大雪の中を走り続ける札幌市電240形

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 北海道の冬は、都会育ちの筆者にとって想像以上に厳しく、ひとたび雪が降り出すとあれやこれやといううちに積もってしまい、一面の銀世界になってしまいました。もちろん、こうした天候が毎年の…

この1枚から 知らずに撮ったとはいえ・・・阪急3100系

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 「知らぬが仏」とは昔からよくいったものですが、知らず知らずのうちに貴重な車両を撮影していたことを知ると、ちょっと得した気分になるものです。 筆者(私)の場合、関西の私鉄には縁遠いも…

この1枚から 真夏の小淵沢駅

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 コロナ渦で「巣ごもり」が続いた5月も終わりに近づき、活動らしいこともすることができず梅雨どきを迎えようとしています。未知の感染症にかからないのが一番ですが、同時に知らないうちにかか…

この1枚から 上野駅が特急銀座だった頃

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 写真を整理していると、いろいろなものが出てきますが、よもやこういう写真まで撮っていたとは、当の本人も覚えがなく出てきたときはビックリしつつも、感心してしまいました。 上野駅といえば…

この1枚から 2004年頃の二子玉川・東武30000系が走っていた頃

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 写真を撮りためていく、いつの間にかその数は膨大になってしまい、いったい何枚採ったのか分からなくなります。 昔のように銀塩フィルムを使っていた頃なら、フィルムや現像の費用がかかるので…

この1枚から そこはどっぷり昭和の世界・クモハ40

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 「旧型国電」というカテゴリーの電車をご存知なのは、熱心なファンの方か、恐らく筆者と同じ年代や諸先輩方ではないでしょうか。吊り掛け駆動と呼ばれる構造が簡単で、出力を増大させるととも大…

この1枚から この後の運命は如何に

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 新鶴見機関区はJR貨物のレジェンドともいえるEF65にとって、最期の砦となるところです。JR貨物に籍を置くすべてのEF65は、ここをベースに関東から遠く下関、はたまた海を渡って四国までという途…