旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

電車

国鉄車に引けを取らなかった富士急の意欲作 富士急行5000形【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 鉄道車両の中には、傑作ともいえるベストセラーもあれば、失敗作と言われてしまう残念なものもあります。そして、新機軸を多数投入した試作的要素の強い意欲作とよべるものもあるのが事実です。…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【終章】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■国鉄形淘汰のあとを継いだE257系 2020年をもって集約臨から185系が退くと、その後継として特急「踊り子」と同じく、E257系が就くことになりました。 E257系は2001年から中央東線の特急「あずさ」「かいじ…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【8】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■183・189系無き後は国鉄形最後の特急形185系 167系の後継として集約臨輸送を担った183・189系も、時の流れとともに老朽化・陳腐化が著しくなっていきました。2003年から10年の間にわたって多くの小学生を…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【7】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■特急用から波動用へ転換 栄光の国鉄特急形183・189系が集約臨を引き継ぐ 2002年に集約臨の運用から外れ、167系は翌2003年に全車が廃車となってしまいました。しかし、神奈川県内の公立小学校の修学旅行は…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【6】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1965年に新製された167系は、関東地区対京阪神の増発用として田町電車区に配置、さらに翌1966年には山口県・広島県からの要望により、山陽地方用として下関運転所にも配置されて、修学旅行の生徒を輸送す…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【5】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■出力強化・勾配線区用165系の修学旅行用167系 153系を嚆矢とする急行形・修学旅行用の電車群は、主電動機に出力100kWのMT46を装備していました。この主電動機は国鉄初のカルダン駆動を採用した新性能電車…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■155系の成功を受けて増備された159系 世界的にみても、修学旅行という利用者が中高生と限定された前代未聞の設計で登場した155系は、資金の調達から車両の設計開発、そして製造、実際の運用に至るまで、…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【3】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 155系の特徴といえば、なんといっても修学旅行という特定された利用者と、その旅行形態に合わせた車内設備といえるでしょう。一般の旅客輸送とは異なり、製造費用は修学旅行で乗車する生徒の学校関係者の…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■前代未聞の「修学旅行専用設計」155系の登場 このように、修学旅行が学校行事としての位置づけが明確になったことで、学校関係者はもとより、修学旅行に参加する児童生徒をもつ保護者などからも、我が子…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 今年もとうとう秋になりました。(この記事を執筆していたのは10月半ばのことでした)毎年のことですが、夏の暑さは尋常ではなく、気温も35℃を超える日も珍しくなくなりました。その分、秋に近…

令和の春に静かに退いていった営団7000系【3】

《前回の続きから》 blog.railroad-traveler.info 2008年に副都心線は、池袋−渋谷間が開業しました。この間、帝都高速度交通営団は2004年に民営化され、東京地下鉄株式会社(東京メトロ)となり、7000系の前面貫通扉や車体側面の客室窓上に取り付けられてい…

令和の春に静かに退いていった営団7000系【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 7000系は1974年の有楽町線開業により、計画通りに営業運転に使用開始されました。有楽町線のラインカラーはゴールドでしたが、7000系にはその近似色となる黄色の帯が巻かれていました。 開業当初の有楽町…

令和の春に静かに退いていった営団7000系【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 このブログでも、何度かお話してきましたが、当たり前だった光景が気がつくとすっかり様変わりしていた、ということは数多くあるかと思います。 筆者も、4月の人事異動で東横線沿線にある職場に…

この1枚から 「目蒲線」が走っていた頃の「多摩川園駅」〔2〕

《前回のつづきから》 デハ3500は電装品をはじめとした機器類だけでなく、車体もまた時代とともに大きく変化していきました。 登場時はよくある私鉄旧型電車の体裁で、丸みを帯びた折妻に近い意匠の非貫通前面と、丸屋根をもつシル・ヘッダー付きの車体でし…

この1枚から 「目蒲線」が走っていた頃の「多摩川園駅」〔1〕

《前回のつづきから》 多摩川園駅は島式1面と相対式2面のホーム構成で、東横線の上り線と目蒲線の下り線がそれぞれ相対式ホームを使い、東横線の下り線と目蒲線の上り線が島式ホームを使っていました。そのため、渋谷方面から蒲田方面へ、あるいはその逆に乗…

この1枚から 「目蒲線」が走っていた頃の「多摩川園駅」【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 筆者の住まいからほど近い元住吉の車庫(元住吉検車区)には、数多くの車両が並んでいます。東急電鉄の5050・5070系をはじめ、東京メトロの17000系、東武9000系など、自社、乗り入れ他社局の車…

日光・鬼怒川路を駆け抜けた6050系 『リユース』の先駆けとなった更新車【4】

《前回の続きから》 blog.railroad-traveler.info 2000年代に入っても、東武は吊り掛け駆動車である5000系を運用し続けていました。冷房装置もなく、走行するときのモーター音も大きく、そして振動も激しいこの古い車両を長年大切に使い続けてきましたが、さ…

日光・鬼怒川路を駆け抜けた6050系 『リユース』の先駆けとなった更新車【3】

《前回の続きから》 blog.railroad-traveler.info 1985年から6000系を更新する形で登場した6050系は、種車となる6000系が運用を離脱した順で施工されていきました。そのため、一時は6000系と併結運転をする姿も見られたようです。 一方で、更新工事を進めて…

日光・鬼怒川路を駆け抜けた6050系 『リユース』の先駆けとなった更新車【2】

《前回の続きから》 blog.railroad-traveler.info 一方では鬼怒川線から新たに開業する野岩鉄道、さらには会津鉄道への直通運転が計画されていました。特に野岩鉄道は奥鬼怒川から会津までを結ぶ路線であるため、多くの長大トンネルが存在することになってい…

思い出の上越特急「はくたか」【4】

《前回のつづきから》 ほくほく線は上越線六日町駅と信越本線犀潟駅の間を短絡する路線です。開業当初から上越線越後湯沢駅と信越本線直江津駅を列車の発着駅とし、特に越後湯沢駅では上越新幹線との接続を優先したダイヤ設定にしました。 この上越線と信越…

思い出の上越特急「はくたか」【3】

《前回のつづきから》 このように、1977年の「はくたか」は、食堂車もありスイッチバックもありで、今思うと楽しい列車だったのではないかと思えます。しかし、まだ幼かった筆者にとっては、長い旅路は少しばかり「飽き」がきてしまいましたが、それでも憧れ…

思い出の上越特急「はくたか」【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info その「はくたか」ですが、筆者にとって思い出深い列車の一つです。 まだ小学校に上がった頃か、幼稚園の年長だった頃か定かではありませんが、今は亡き父に連れられて乗ったことがあります。このブログで…

思い出の上越特急「はくたか」【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 この記事を執筆している時点で、早くも1月が終わろうとしています。昔から「1月は行く」「2月は逃げる」「3月は去る」と言われるほど、年度末に近づけば近づくほど時が経つのが早いものです。筆…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【6】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info それほど長く使うことはないであろうと、最低限の改造を施された419・715系は、計画通りに旅客会社に引き継がれ、引き続き地方都市圏のローカル輸送に充てられました。使い勝手が悪いと言っても、継承した…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【5】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info こうして、かつては昼夜兼行の特急形電車として重宝され、文字通り全国各地で都市間を結ぶ特急列車という花形仕業で栄光の活躍をした581・583系を改造して誕生した419・715系は、かつての栄光ある実績とは…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 余剰となった581・583系の近郊形か改造と、それを用いた地方都市圏の電車ダイヤ化の推進はここだけでは留まりませんでした。 九州島内の福岡・北九州都市圏は手持ちの交直流電車を短編成化、電車ダイヤ化…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【3】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 元々が寝台設備をもつ特異な車両だったので、それを近郊形にするというのはかなり無理があったと考えられ、それ故に「魔改造」になってしまいました。種車の客用扉は700mm折戸を採用していましたが、可能…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 1982年のダイヤ改正で、広島地区には「シティ電車」という名称で、「国電ダイヤ」と同じように日中は15分間隔で列車を運転し、パターン化したダイヤ編成にしました。また、従来の国鉄線は駅間距離が長いた…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 鉄道車両は製造されてからそのままの姿で与えられた役割を果たし、耐用年数が来るなどして引退していきますが、そうした例は意外と多くなく、大抵の場合は運用される線区での実態や、新型車の登…

常識を覆して「短い特急」を具現化したクモハ485【3】

《前回のつづきから》 1986年までに落成したクモハ485 100番代は、南福岡電車区に配置されて、民営化後を見据えた国鉄最後のダイヤ改正で、計画通りに熊本発着の「有明」に充てられるようになりました。ここの国鉄史上最短の特急列車が誕生することになりま…