電車
老朽化した119系の置き換えとして、213系5000番台はトイレ増設や半自動扉化などの改造を受け飯田線へ転用された。2両編成の1M1T構成は山岳路線に適し、2011年から豊橋〜辰野間の普通列車を中心に活躍した。しかし315系の増備により置き換えが進み、2026年3月…
213系5000番台はJR東海仕様として補機類を最適化し、狭小トンネルに対応する低屋根構造のC-PS24Aパンタグラフを採用した。関西本線では165系を置き換え乗降改善に貢献したが、扉位置が中央寄りのため「郊外型ワンマン運転」に不向きで、313系導入により撤退…
JR東海は、関西本線の輸送改善に向け、国鉄設計の213系をベースとした5000番台を投入しました。ゼロからの開発を避け、実績ある設計を流用することでコストと時間を削減。一方で、観光重視のJR西日本仕様に対し、通勤需要の多い自社線に合わせて車端部をロン…
205系は国鉄初のオールステンレス通勤電車として登場し、省エネ性能を評価されJR東日本で再生産された。南武線にも101系置換え用として新製配置され、クハ205-88を含むナハ4編成は地域輸送を担ったが、2009年の感電事故で一時離脱。山手線のユニット組み込み…
老朽車による高コスト体質を打破するため、JR東海はコスト意識を徹底した車両戦略を展開しました。その具体策が、回生ブレーキを備えた高効率なオールステンレス車「211系5000番台」の大量導入です。国鉄仕様を独自に改良したこの新型車両により、東海道本線…
厳しい経営環境に対応するため、JR東海は発足直後から「費用対効果」を極限まで意識した方針を打ち出しました。その象徴が、国鉄から継承した老朽車両の早期淘汰と、メンテナンス性に優れた新型車両への統一です。独自の標準化を進めることで運用コストを削…
マリンライナー運用を離れた213系は岡山地区のローカル輸送に転用され、山陽本線・伯備線・赤穂線などで地域の足として活躍した。ワンマン化改造や延命工事が施され、2016年には1編成が観光列車「ラ・マル・ドゥ・ボァ」へ大規模改造。内装刷新や木目調仕上…
瀬戸大橋線の海上環境で床下機器が腐食し故障が増えた213系は、利用減少やJR四国の車両使用料負担も重なり、2003年にマリンライナー運用を後継車へ譲った。クロ212形は全車が離脱し、残った編成は岡山地区のローカル用に転用。サハ213形には普通鋼製の先頭部…
クロ212形は485系などのパノラマグリーン車を踏襲し、大型曲面ガラスとハイデッキ構造を採用した観光仕様の先頭車として1988年に登場した。複雑な曲面デザインのため普通鋼製となり自重は33tに達した。財務上の理由から既存編成を崩さず新編成を組む形で増備…
1987年に登場した213系は岡山電車区に配置され、宇野線で備讃ライナーとして先行運用された。回生ブレーキ車に不慣れな運転士の習熟も兼ねていた。1988年の瀬戸大橋線開業で本来の役割を担うはずだったが、JR西日本は観光性を重視し、快速マリンライナーに全…
筆者が勤務した電気区派出は中央本線の八王子や南橋本などを担当し、特に八王子では貨物施設が多く日々多様な業務に携わった。勾配が続く高尾以西では115系が活躍し、山電として親しまれたが2015年に姿を消滅。2026年のダイヤ改正で立川・八王子発着も廃止さ…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 211系は東海道本線だけではなく、横須賀・総武快速線にも投入することを想定していて、特に品川ー錦糸町間の地下区間では高い走行性能を確保する必要があったものの、113系と同じMT比ほどは必要とせず、そ…
213系は瀬戸大橋線向けに1M方式を採用し、CS59主制御器とHS65励磁装置による界磁添加励磁制御を搭載した。電動車1両で必要な電装品を全て搭載するため、主抵抗器容量が小さくなり、高電圧仕様のMT64主電動機を採用。補機類も集約され、国鉄初のSIVを装備した…
213系は国鉄が省エネ化を迫られる中、信頼性と効率性を両立するために界磁添加励磁制御を採用した。従来の抵抗制御は構造が簡単で信頼性は高いが電力効率が低く、オイルショック以降は限界が顕在化。高価な電機子チョッパ制御や複巻電動機を使う界磁チョッパ…
213系は211系と同じ2950mm幅のステンレス車体を採用し、側扉2か所・2連窓4組の配置で室内空間を拡大した。車体幅が50mm広がったことで通路幅は117系の620mmから670mmへ拡大し、居住性が向上した。これは国鉄が東急車輛の技術開示を経てオールステンレス車を…
213系は1987年に登場した国鉄最後の新系列電車で、瀬戸大橋線(宇野線・本四備讃線・予讃線直通)向けに設計された。従来の近郊形3ドア車と異なり、観光需要を重視して2ドア・転換クロスシートを採用し、瀬戸内海の眺望を確保。前面は211系譲りの額縁スタイ…
本四架橋の建設は、瀬戸内海の島々を巡る激しい誘致合戦と、技術的限界との闘いから始まった。宇高連絡船の航路に代わる道を求め、紫雲丸事故から11年を経て児島・坂出ルートが選定されるが、着工はオイルショックで再び遠のく。幾度もの調査と交渉を積み重…
2025年の猛暑の反動か、今冬は厳しい寒さと大雪に見舞われ、鉄道の運行にも影響が出ている。かつて本州と三島は鉄道連絡船で結ばれていたが、関門トンネルの開通以降、青函・宇高・宮島の3航路が国鉄により運航された。洞爺丸事故や紫雲丸事故といった海難が…
国鉄末期、余剰となった郵便・牽引車が、1M方式という異色の構造で旅客車へと再生された――123系。改造から30年以上、老朽化と部品枯渇の波にさらされながらも、山口の地で今なお現役を貫く。瀬戸内色に染まり、地域の足として走り続けるその姿は、国鉄が遺し…
国鉄の牽引車が、民営化の波に飲まれながらも旅客車として再生された――クモハ123形600番台。冷房化、ワンマン化、幌付き貫通扉…度重なる改造を経て、富士の麓を黙々と走り続けた。静かなる功労車は、20年の時を経て、誰にも知られずその使命を終えた。だが、…
クモハ123形600番台は、牽引車クモヤ145形を種車として1988年にJR東海が改造・登場させた1M方式旅客車です。主電動機はMT46形を再利用し、発電・抑速ブレーキは未装備。検査体制の合理化とコスト削減を目的に、編成単位での運用管理へ移行した結果、牽引車の…
《前回からのつづき》 広島工場でクモハ123形の2〜4号車が改造が進められていたのと時を同じくして、もう2両のクモニ143形が吹田工場で旅客車化の改造が進められていました。この2両は落成後に5・6号車となりますが、1〜4号車が種車の構造をすべて改めて旅客…
《前回からのつづき》 クモハ123-1が長野工場で落成した同じ頃、広島工場(後のJR貨物広島車両所)では同じくクモニ143形を旅客車へ改造する工事が進められていました。クモニ143形の2~4号車の3両が、長野工場で進められたクモハ123形への改造を受けていた…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info クモハ123形の走行に必要な機器は、種車のクモニ143形のものを活用しました。 主制御器は電動カム軸式のCS44形で、この制御器は力行時に直列11段、並列13段、弱め界磁4段の計28段、発電ブレーキ20段の回路…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 長らく続けられてきた、鉄道による郵便・荷物輸送は、1980年代に入ると合理化の対象になっていきました。手小荷物輸送は、1970年代終わり頃に始まった宅配便に押されてしまい、輸送量は減少の一途を辿って…
《前回からのつづき》 長らく中央本線は塩尻峠を避けて南に遠回りするルートを走ってきましたが、辰野回りのルートは川沿いを走るためカーブも多く、列車は速度の制限を受けながら走らざるを得ませんでした。 しかし、線形が悪く速度制限が多くあるというこ…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1980年代に入ると、これまで何度もお話してきたように、国鉄が抱える巨額の債務が社会問題となっていきました。国家予算に近い巨額な債務は、文字通り国鉄の財政事情は火の車となっていて、これを解消する…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 国鉄は、自らが所有する荷物車や郵便荷物車は、新性能電車の登場で余剰化した72系を改造することで賄いました。旧性能電車であれば、もともとが1Mシステムであるので、用途に合った車体に載せ替え設備を整…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 旧形国電時代のように、電動車1両単位でも運用できる新性能電車、いわゆる1M電車は、国鉄時代は長らくつくられることはありませんでした。 その理由として、1M電車を運用する線区が限られていたことです。…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 新性能化されるより前の浜川崎支線では、17級旧形国電のクモハ11形+クハ16形の2両編成が充てられていました。旧形国電は電動車1両で運用ができるので、Mc+Tcの1M1T、MT比は1:1だったため、ある意味では…