旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

国鉄形車両

この1枚から 「はやぶさ」、それはかつて寝台特急だった【後編】

前回のつづきから blog.railroad-traveler.info blog.railroad-traveler.info 分割民営化後、「はやぶさ」にはさっそく利用者を増やすべく、改善策が施されました。それまでB寝台は開放式が当たり前でしたが、利用者の意識が変わってきたことで、個室の需要…

この1枚から 「はやぶさ」、それはかつて寝台特急だった【前編】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 「はやぶさ」という列車といえば、何を思い浮かべるでしょうか。 やはり、東北・北海道新幹線を320km/hで駆け抜け、東京と新函館北斗間を結ぶ「はやぶさ」というのが現在のお決まりだと思います…

この1枚から 白羽根は北の大地を駆け抜けた【後編】

前回からの続き blog.railroad-traveler.info 北海道特有の厳しい冬に耐えることができる装備を施した781系は、電気機器の無接点化をはじめ、多くの新機軸が取り入れられた特急形電車でした。 空調装置もその一つ。国鉄の特急形電車は基本的に客室の窓は固定…

この1枚から 白羽根は北の大地を駆け抜けた【前編】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 北海道の鉄道といえば、そのほとんどが非電化なので昔から気動車が跳梁跋扈していました。それは時代が変わっても同じで、一部を除いて国鉄から引き継いだキハ40系が今も主役です。 しかし例外…

この1枚から 最後の力を振り絞って走り続けた485系

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 クリーム色地に窓周りに引かれた赤い帯。ボンネットとまでは行かないものの、他の車両とは運転台も高い一にあるので、その独特な形状をもった485系は、国鉄時代から大都市と幹線沿線の主要都市…

この1枚から 乗り慣れた車内も過去のもの

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 ロングシートに4ドアの車内。通勤形と呼ばれる電車は、基本的にはこの形態をしているのはご存知の通りです。それはどれだけ技術が発達し、走行に関わる電装品や内装の材質などが変わっても、堅…

この1枚から わずか幅70cmの快適空間

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます 今となっては遠い昔のことになってしまいましたが、国鉄時代は全国の主要幹線には夜行列車が数多く運転されていました。その中でも「ブルートレイン」と呼ばれる寝台特急は人気もあり、多くの長距…

この1枚から 盛夏の京都駅にて

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 今年の夏も、目が回るような酷暑です。仕事柄、ほぼ毎日のように朝は天気情報を確かめるのですが、晴れる日であればオレンジ色の背景に太陽のイラストのアイコンが表示されるところを、赤い背景…

この1枚から 平成になって「復活」した「焼きタラコ色」の悲しき姿

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 その昔、国鉄の気動車の塗装が、朱色4号とクリーム4号の二色塗りだったいわゆる「一般形気動車色」から朱色5号一色の「首都圏色」へと変えられました。塗装工程の省力化と、二色塗りによる塗料…

この1枚から 1991年頃の新鶴見・原色赤プレートの65PF

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 仕事も再開し、徐々に基の日常に近い状態に戻ってきてはいます。とはいえ、完全にもとには戻らないことや、これまでとは違うことも多々あります。その一つに、放課後は必ず消毒をしなければなら…

この1枚から 「復活」という幸運を手にしたカマたちⅠ・EF65 2のお話

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 7都府県に緊急事態宣言が出されて2週間が経ちました。ターミナル駅などでは人出も減ったようですが、逆に商店街やスーパーなどは宣言前に比べて増えているようです。 筆者の地元であり生まれ…

さらば札沼線末端区間【2】 《鉄路探訪》かつての「赤字83線」から、都市圏輸送を担う電化路線へと進化する鉄道・札沼線

その1 札幌-桑園(2) 札沼線の起点は、路線名称からも分かるとおり札幌駅である。札幌駅に降り立つのは、実にこれで4度目だ。前回は2008年の冬と夏で、その前は2005年と2004年だった。秋から冬に北海道を訪れることが多く、どういうわけか夏などの季節…

消えゆく国鉄形 ~湘南・伊豆を走り続ける最後の国鉄特急形~ 185系電車【1】

1.はじめに 1987年の国鉄分割民営化から既に30年以上が経ち、時代も平成から令和へと変わった2019年のいまも走り続けている185系電車。長年走り続けてきた多くの国鉄形車両が、その任を全うして去っていった中で、貴重な存在となっている。 今でこそ注目さ…

消えゆく「国鉄形」 常に目立つことなく隠れた力持ち【9】

低騒音型の試作車である1901号機は、稲沢機関区に配置され、稲沢操車場を仕事場にして入換作業に就きました。実際の運用をしながら、どの程度防音効果があるのかを確かめるためです。 排気管に取り付けた大型消音器の効果はあったものの、ボンネットに収めら…

消えゆく「国鉄形」 痛勤ラッシュを支え続けて【23】

大阪湾に沿って紀州路へとつないだスカイブルーの103系【後編】 阪和線の103系電車は、1987年の国鉄の分割民営化までは大きな変化もなく、大阪と和歌山の間を行き来する仕事を続けました。 ところが、JR西日本に替わった翌年の1988年には、205系電車がやって…

消えゆく「国鉄形」 痛勤ラッシュを支え続けて【13】

民営化後も続く都落ち 103系電車はスピードを落とす時に走るために取り付けてあるモーターをブレーキにします。モーターをブレーキにする?と思われる方も多いのではないでしょうか。 ブレーキというと車輪をブレーキパッドで挟み込んで速度を落とすところを…

消えゆく「国鉄形」 痛勤ラッシュを支え続けて【6】

冷房装備でサービス改善を推進【後編】 さすがに冷房装置を載せた分だけお値段も高くなっているのに、まったく役に立たないというわけにもいきません。とはいえ、すべて新車で編成を組むことができれば問題も解決しますが、何しろ1500両以上も冷房なしでつく…

消えゆく「国鉄形」 数奇な運命を辿った急行形【7】最終章

しかし、さすがに若い頃は高速で長距離を走ってきた無理もたたり、後年は短距離が中心になったとはいっても老朽化が進行してきたことや、北陸新幹線の金沢開業によって金沢-直江津間が第三セクターへ移行したこともあり、ついに2015年に413系電車と組んでい…

消えゆく「国鉄形」 数奇な運命を辿った急行形【3】

1968年のダイヤ改正、いわゆる「ヨン・サン・トオ」と呼ばれる白紙ダイヤ改正では、数多くあった急行列車の愛称が整理されるとともに、それまで走っていた準急列車が急行列車へ統合されていきます。急行列車自体は増発にも見えますが、一方で一部の急行列車…

消えゆく「国鉄形」 数奇な運命を辿った急行形【2】

こうして、急行列車のサービス改善を果たした153系電車が活躍する一方、他の地方線区は旧来の客車列車のままでした。東京・名古屋・大阪といった大都市圏を結ぶ列車が最新鋭の車両で運転されているのを、地方が黙って見逃すわけがありません。当然、地方都市…