旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

JR貨物

今週の1枚 EF65 2065〔新〕

EF65形PFの2065号機は1977年に新製され、新鶴見に一貫して配置された生え抜きの直流電機。試験塗装機指定や更新工事、改番など時代に合わせた変化を重ねつつ、首都圏から東海道・山陽、予讃線まで貨物輸送を支えた。2023年に45年の使命を終え廃車となった。

走り続けて30年 「静脈物流」という新たなカテゴリーを生み出したゴミ列車・クリーンかわさき号【8】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)でも、川崎市は災害廃棄物輸送用に保有するコンテナを被災地に貸し出しました。また、2016年4月14日に発生した熊本地震でも、同様に災害廃棄…

走り続けて30年 「静脈物流」という新たなカテゴリーを生み出したゴミ列車・クリーンかわさき号【7】

「ゴミを鉄道で運ぶなんて非常識」――そう言われた時代に、川崎市は挑んだ。生活廃棄物の鉄道輸送「クリーンかわさき号」は、環境負荷を減らし、災害時には被災地支援の要にもなった。静脈物流という新たな道を切り拓き、30年。今やその意志は東京にも広がり…

走り続けて30年 「静脈物流」という新たなカテゴリーを生み出したゴミ列車・クリーンかわさき号【6】

たった23km、わずか30分の運行時間。それでも「クリーンかわさき号」は、都市の環境と鉄道貨物の未来を背負って走り続けた。機関車はEF65からEF210へ、積荷は焼却灰からプラ容器へ。変わりゆく時代の中で、列車もまた姿を変えながら、川崎の空を守り続けてき…

走り続けて30年 「静脈物流」という新たなカテゴリーを生み出したゴミ列車・クリーンかわさき号【5】

1995年10月、日本初の生活廃棄物輸送列車「クリーンかわさき号」が走り出した。川崎市が開発した専用コンテナと、JR貨物・JR東日本・神奈川臨海鉄道の連携によって実現した前例なき挑戦。ダイヤ設定、機関車運用、臭気・飛散対策…数々の壁を越え、EF65形1065…

走り続けて30年 「静脈物流」という新たなカテゴリーを生み出したゴミ列車・クリーンかわさき号【4】

生活廃棄物を鉄道で運ぶ――その挑戦に、川崎市は自らの名を冠した専用コンテナを用意した。UM11A・UM12A形、1000番台の番台区分、そして市章と「キレイクン」。それは単なる輸送容器ではなく、市民の信頼と税金を背負った“公有資産”だった。誤積防止、紛失対…

走り続けて30年 「静脈物流」という新たなカテゴリーを生み出したゴミ列車・クリーンかわさき号【3】

「ゴミを鉄道で運ぶ? 冗談じゃない」――JR貨物が難色を示す中、川崎市は語った。「私たちには技術がある」と。し尿収集車、スクリュードラム車…衛生輸送の先駆者としての誇りが、前例なき鉄道輸送への扉を開いた。悪臭も飛散も許さぬ専用コンテナUM11A・UM12…

走り続けて30年 「静脈物流」という新たなカテゴリーを生み出したゴミ列車・クリーンかわさき号【2】

「ゴミを鉄道で運ぶなんて非常識だ」――誰もがそう信じていた時代、川崎市は生活廃棄物の輸送に鉄道を選んだ。渋滞、排ガス、人件費…都市が抱える課題を前に、鉄道貨物の常識を覆す挑戦が始まる。JR貨物の反発、専用コンテナの開発、前例なき交渉の末に、「ク…

走り続けて30年 「静脈物流」という新たなカテゴリーを生み出したゴミ列車・クリーンかわさき号【1】

1995年、JR貨物が家庭ゴミを鉄道で運ぶ――その報せは、鉄道貨物の常識を覆す衝撃だった。原材料や製品を運ぶのが当たり前だった鉄路に、廃棄物が乗る。誰もが不可能と考えた構想は、幾多の課題を乗り越え、やがて「クリーンかわさき号」として走り出す。鉄道…

貨車の色にも意味があった:追補【3】

毒性の高い液化アンモニウムを運ぶタキ18600形は、白く塗られた大型タンク車でした。その色は、法令が定めた“警告”であり、鉄道が担った責任の象徴でもありました。国鉄からJR貨物に継承され、機関車の次位に連結されるなど安全に配慮された運用が続きました…

貨車の色にも意味があった:追補【2】

毒性の高い液化塩素を運ぶタキ5450形は、黄色に塗られた異色の貨車でした。黒が支配する国鉄貨物の中で、その鮮烈な塗色は危険物輸送の緊張感を象徴していました。中和装置を備え、理科の知識が命を守る装備も搭載。696両もの車両が日本の工業を支え、やがて…

貨車の色にも意味があった・追補【1】

国鉄貨車の黒は、汚れを隠し、補修を簡略化するための“沈黙の合理性”でした。だが、時代が動き、輸送の形が変わると、青15号や淡緑3号といった“異色”が現れます。それは単なる塗装ではなく、物資別適合輸送という新たな思想の象徴。黒に埋もれた貨車たちの中…

コラム:コンテナに刻まれた記憶:JR貨物とJRFマークの30年【後編】

国鉄末期の貨物輸送は使い勝手が悪く、ストライキも多発して顧客離れが進みました。JR貨物は民営化後、コンテナ輸送を主力に再構築し、JRFマークによるブランディングを展開しましたが、最終的にはJRロゴに回帰し、マークは過去のものとなりました。

コラム:コンテナに刻まれた記憶:JR貨物とJRFマークの30年【前編】

国鉄末期の貨物輸送は使い勝手が悪く、ストライキも多発して顧客離れが進みました。JR貨物は民営化後、コンテナ輸送を主力に再構築し、JRFマークによるブランディングを展開しましたが、最終的にはJRロゴに回帰し、マークは過去のものとなりました。

Column:貨物列車で空気ばね(エアサス)が一般的にならない理由【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 10000系貨車は、1987年の分割民営化までに多くの車両が運用を失い、廃車解体されてしまい姿を消していきました。とはいえ、一部は新会社に継承されて活躍を続けるものもありました。 JR東日本とJR西日本に…

Column:貨物列車で空気ばね(エアサス)が一般的にならない理由【3】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info EF65形500番代F形やEF66形には、10000系高速貨車を牽くための元空気だめ引き通し管や電磁自動空気ブレーキの引き通し線を装備しました。九州島内で運用されたED73形やED76形、東北地方で運用されたED75形…

Column:貨物列車で空気ばね(エアサス)が一般的にならない理由【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info トラック輸送で使われるトラックには、前述のように精密機械輸送に特化したエアー・サスペンションを装備した車が多くあります。これは、一般用のリーフサスペンションに代えて、空気ばねを装備したもので…

Column:貨物列車で空気ばね(エアサス)が一般的にならない理由【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 以前は休日になると家族を乗せてマイカーで出かけることが多かったのですが、2年ほど前から今の職場に移ってからは車通勤になったことで、運転をする機会が極端に多くなってしまいました。ガソ…

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 効率輸送を目指したピギーバック用車運車・クム1000【3】

《前回からのつづき》 1989年に新たなピギーバック輸送用車運車として開発されたクム1000系は、コキ100系と併結が可能な性能をもつ車両でした。応荷重装置付電磁自動空気ブレーキを装備し、最高運転速度110km/hでの運転を可能にしました。台車もコキ100系と…

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 効率輸送を目指したピギーバック用車運車・クム1000【2】

《前回からのつづき》 1986年から本格的にピギーバック輸送がはじめられましたが、実際にはそれ以前から研究が進められていました。1966年に試作されたクサ9000形は、トレーラーの荷台部分のみを積載するピギーバック用車運車でした。 クサ9000形は「カンガ…

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 効率輸送を目指したピギーバック用車運車・クム1000【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 21世紀も四半世紀が経とうとしている今日、貨物列車といえばコンテナ輸送がその主役です。コンテナは貨物駅でトラックに積み替え、荷主が指定した場所と時刻に集荷と配送ができるので、かつての…

Column:「銀釜」とともに去っていった「角目」のEF81【後編】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 旅客車の冷房化が進められる一方で、乗務員の執務環境は変わることがありませんでした。車両に冷房装置が設置されても、客室を冷やしても優等列車やグリーン車の車掌室を除いて、乗務員室まで届けられるこ…

Column:「銀釜」とともに去っていった「角目」のEF81【中編】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info EF81形450番台の大きな特徴は、やはりその前面デザインといえるでしょう。 構体の基本的な構造は国鉄時代に製造されていた0番台と同一で、EF65形などにも見られる非貫通構造そのものでした。高い位置に設…

Column:「銀釜」よ永遠に EF81 303の引退に寄せて〔後編〕

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 幡生操ー門司駅間を走る貨物列車は、EF81形が重連で牽いていました。これは、関門トンネルの勾配が20〜25パーミルと険しく、万一トンネル内で列車が停止したときに、1000トンから1200トンの列車を引き出す…

Column:「銀釜」よ永遠に EF81 303の引退に寄せて〔前編〕

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 先月の半ばごろより、当ブログは毎週火曜日と木曜日、そして土曜日に更新しております。これに加えて不定期になりますが、日曜日にコラムを投稿することにいたしました。鉄道職員時代の回顧録な…

続々・悲運のハイパワー機 重連を単機で担うことを狙った「ガンメタ」のメーカー借入機 ED500形【5】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info EF500形を開発した理由として考えられるのが、EF500形の失敗が顕在化していたことで、EF200形で一応の成功をみた日立は、その技術を使った交直流機を売り込むことにあったと考えられます。特に、重連運用…

続々・悲運のハイパワー機 重連を単機で担うことを狙った「ガンメタ」のメーカー借入機 ED500形【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1994年に登場したED500形は、国鉄分割民営化によってJR貨物が設立されてから8年目のことでした。この頃までに、JR貨物は最新の技術を投入した大出力電機であるEF200形とEF500形を開発し、実用化に向けた試…

続々・悲運のハイパワー機 重連を単機で担うことを狙った「ガンメタ」のメーカー借入機 ED500形【3】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 筆者が鉄道職員として働いて2年目になる1992年に、新たなハイテク電機が登場しました。日立で製造されたED500形は、その形式名が示すように交直流機でした。 そもそも、EF500形の実用化が非常に難しいとい…

続々・悲運のハイパワー機 重連を単機で担うことを狙った「ガンメタ」のメーカー借入機 ED500形【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 車両メーカーが独自に設計開発し、自費で製造した車両を国内外の鉄道事業者へ売り込もうと目論見、国鉄へ貸し出しするという大盤振る舞いは、技術の発展にこそ寄与したものの、それが商業的に結びついた例…

続々・悲運のハイパワー機 重連を単機で担うことを狙った「ガンメタ」のメーカー借入機 ED500形【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 それまでに経験のないことをするというのは、誰にとっても大きな負担をしなければなりません。それが金銭的なものであれ精神的なものであれ、成功すれば大きな自信につながったり、あるいは収益…