旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

JR貨物

この1枚から 壮観!民営化直前1986年の新鶴見機関区公開で並んだ国鉄電機たち【2】

〈前回からの続き〉 こうしたイベントに、筆者も含めて多くのファンや家族連れなどが訪れ、多くの人で賑わいますが、そのほとんどが鉄道会社や関連会社に勤める職員の方の「サービス」だということは忘れてはなりません。実際、貨物会社に入ってから新鶴見に…

この1枚から 壮観!民営化直前1986年の新鶴見機関区公開で並んだ国鉄電機たち【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 新型コロナウイルスの感染拡大で、鉄道に関連した様々イベントが中止あるいはオンライン開催されるなど、実車を間近で見て触れる機会がなくなってしまいました。鉄道を趣味とする人としても残念…

この1枚から SM分離間もない1981年8月の新鶴見機関区

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 「SM分離」という言葉をご存じの方は、おそらく筆者と同じかそれ以上の年代の諸兄かと思われます。 その昔、横須賀線の列車は東海道本線と同じ線路を走っていたようですが、首都圏の人口が爆発…

この1枚から 日本の産業、そして生活を支えた石炭車・セキ6000【2】

《前回の続きから》 blog.railroad-traveler.info セキ6000は、セキ3000を改造してつくられました。改造内容は台車を交換した程度で、車体など根本的な構造は変えられていません。台車交換をした程度で、形式を変更となる例はそう多くありませんでした。これ…

この1枚から 日本の産業、そして生活を支えた石炭車・セキ6000【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 石炭といえば、かつては日本の産業、そして生活になくてはならない存在でした。船や機関車を動かす動力源のほとんどは石炭を燃料とした蒸気機関が使われていましたし、冬場には家屋などの暖房用…

いろいろな「物」を運ぶ貨物列車 揺れに弱いピアノでも電子ピアノなら

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 一度の多くの物を運ぶことに長けている貨物列車は、いまや多くの企業や団体が利用し、私たちの日常生活で使う物を運んでいます。その多くは一般のドライコンテナと呼ばれるコンテナに載せられ、…

悲運の貨車〜経済を支える物流に挑んだ挑戦車たち〜 アイディア商品でもあったSVS・チキ100【2】

〈前回からの続き〉 blog.railroad-traveler.info しかしながら、新機軸を投じた新しい形の輸送形態として期待されたものの、チキ100は5両が改造されただけで、それ以後の増備はありませんでした。 SVSには多くのメリットもあったのですが、実際にはデメリッ…

悲運の貨車〜経済を支える物流に挑んだ挑戦車たち〜 アイディア商品でもあったSVS・チキ100【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただきありがとうございます。 昨年末あたりから、鉄道にまつわるニュースの多くはダイヤ改正後の列車の運転についてが多く見られます。大都市圏を中心に最終列車の発車時刻の繰り上げと、始発列車の発車時刻の繰り下げを行い、…

いろいろな「物」を運ぶ貨物列車 郵便物は令和の時代も鉄道で運ばれている【2】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 2020年最後の投稿は、昨日のつづき「郵便物は令和の時代も鉄道で運ばれている」です。 〈前回からの続き〉 blog.railroad-traveler.info 鉄道による郵便輸送の休止(実質には廃止)されたもう一…

悲運の貨車〜経済を支える物流に挑んだ挑戦車たち〜 時代に翻弄され短命に終わったタンクピギー・クキ1000【3】

〈前回からの続き〉 blog.railroad-traveler.info タンクピギーはこれまで何度も述べてきたように、慢性的な渋滞により埼玉県などの内陸部への輸送が困難となっていたことと、バブル景気により物流が盛んになったため、トラックドライバーが不足していたこと…

悲運の貨車〜経済を支える物流に挑んだ挑戦車たち〜 時代に翻弄され短命に終わったタンクピギー・クキ1000【2】

〈前回からの続き〉 blog.railroad-traveler.info 「タンクピギー」の構想はJR貨物ではなく、石油類では最大の顧客でああった日本石油(当時、後にニッセ三菱→新日本石油→JX日鉱日石→ENEOS)によるものでした。*1日本石油は需要の拡大によって、大量の石油類…

悲運の貨車〜経済を支える物流に挑んだ挑戦車たち〜 時代に翻弄され短命に終わったタンクピギー・クキ1000【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 いまでこそ、鉄道による貨物輸送はコンテナによるものが主流になりましたが、かつては様々な方法で運ぶことが考えられていました。例えば、国鉄時代は運ぶ物に合わせて貨車を設計するという方法…

悲運の貨車~経済を支える物流に挑んだ挑戦車たち~ 自動車産業の発展に貢献・ク5000【3】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info しかし、1973年になると鉄道による自動車輸送は大きく変化しました。 1972年には「アロー号」が1日25本も運転され、全国共通運用体制も整えられて多数のク5000が全国各地に新車を届け、年間79万台もの自動…

悲運の貨車~経済を支える物流に挑んだ挑戦車たち~ 超低床のパイオニア・コキ70【後編】

◆超低床の魁は輝くことなく消えていった・コキ70【後編】 〈前回からの続き〉 blog.railroad-traveler.info コンテナの容積が増えれば、それだけ積むことのできる貨物も多くなり、中には寸法の関係でコンテナに載せることのできなかった貨物も、コンテナの大…

悲運の貨車~経済を支える物流に挑んだ挑戦車たち~ 超低床のパイオニア・コキ70

◆はじめに 鉄道開通以来、貨物輸送といえば有蓋車や無蓋車など、貨車1両単位で貨物を載せて運ぶことが主たる方法でした。それは、戦時中も変わらず続けられ、終戦後も高度経済成長期には物流を支える主役でもあったのです。 中には生活に直結するものも運ん…

この1枚から 朱地のナンバーは九州出身の証

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 ちょっと前までは当たり前のように見かけたものが、気付かないうちに姿を消してしまい、既に過去帳入りしていたなんてことがあります。 鉄道車両、特に「国鉄形」と呼ばれる国鉄から継承したも…

この1枚から クリーム色に塗られたホキ2200

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます 最近の鉄道車両は、ほとんどが耐候性や耐腐食性に優れ、しかも車両重量が軽量になる金属素材を使うようになりました。その最たるものがステンレスで、いまやメーカーで新製される鉄道車両で、昔な…

海峡下の電機の系譜【Ⅷ】 新世代のマンモス機・EH500(6)

9.新世代のマンモス機 9-8 関門トンネルへの進出、万能機の証 首都圏ー北海道間の主力として年々増備が続けられたEH500は、ある程度の数が出揃ってきたことで初期のような酷使による故障も減り、運用も安定してくるようになりました。 一方で、同じ海底…

海峡下の電機の系譜【Ⅷ】 新世代のマンモス機・EH500(5)

9.新世代のマンモス機 9-5 青函直通運用に就いたEH500 本格的な量産に移行したEH500は、当初の計画通り仙台総合鉄道部に配置されて、さっそくED75重連とED79重連が担っていた貨物列車の仕業に就きました。ただし、当初は所要数が少ないこともあって、黒…

海峡下の電機の系譜【Ⅷ】 新世代のマンモス機・EH500(4)

9.新世代のマンモス機 9-4 EH500という機関車 既にお話ししたように、EH500は首都圏ー北海道間の貨物列車を、単機でしかも通しで運用できることを目標に開発されました。そのため、従来はED75やED79の重連で運転されていたのを置き換えるため、機関車の…

海峡下の電機の系譜【Ⅷ】 新世代のマンモス機・EH500(3)

9.新世代のマンモス機 9-3 「重連」ではない「2車体で1両」・EH500の登場 出力6000kWという空前のハイパワー機であるEF500の開発が事実上失敗したことで、単機で首都圏ー北海道と日本海縦貫線を往く貨物列車の牽引と、1列車あたりの連結両数を増やすと…

ほぼ2年ぶりの「鉄分補給」

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 タイトルの通り、本日は久しぶりにカメラを携えて線路際へと行ってきました。 記録を見ると、2018年を最後にほとんど「鉄分補給」ができていない状態でした。2019年には仕事が忙しくなり、補給…

海峡下の電機の系譜【Ⅷ】 新世代のマンモス機・EH500(2)

9.新世代のマンモス機 9-2 重連が常態化していた東北本線の貨物列車 JR貨物は線路使用料を旅客会社に支払うことで、貨物列車を運転できるのですが、その中でも重量のある機関車の料金は高めに設定されていました。 そのため、同じ貨物列車を運転するのな…

海峡下の電機の系譜【Ⅷ】 新世代のマンモス機・EH500(1)

9.新世代のマンモス機 9-1 民営化後、第二種鉄道事業者としての課題 1987年の国鉄分割民営化で、多くの電気機関車はJR貨物に継承されました。貨物列車の運転はすべてJR貨物に引き継がれたためで、このことは今さら細かく書く必要はないと思います。 一方…

海峡下の電機の系譜【Ⅶ】 たった1両異端の改造機・ED76 550番代(2)

8.1両だけの改造に終わったED76 550番代 8-3 用途の減少と余剰機の活用で誕生した「異端機」550番代 1987年の国鉄分割民営化後、JR北海道には製造稜数の半数になったとはいえ、16両のED76 500番代が継承されました。国鉄時代に711系が開発・製造されて…

海峡下の電機の系譜【Ⅶ】 たった1両異端の改造機・ED76 550番代(1)

8.1両だけの改造に終わったED76 550番代 8-1 余剰車を活用するということは世の常 世の中には貧乏性であるが故に、ということが多々あると思います。かくいう筆者の場合、一つのものをやたらと長く使ったり、いまは不要でもいつかきっと役立つだろうと溜…

海峡下の電機の系譜【Ⅵ】 国鉄最後の交流電機・ED79(4)

7.国鉄最後の交流電機・青函トンネル専用のED79 7-4 JR貨物初の交流機 ED79 50番代の新製 1980年代の後半は、バブル経済による好景気に見舞われました。不動産売買が極端に盛んになり、地価は高騰を続けるという異常な中、国内の物流もまた好景気で異変…

海峡下の電機の系譜【Ⅵ】 国鉄最後の交流電機・ED79(3)

7.国鉄最後の交流電機・青函トンネル専用のED79 7-3 ED79の配置と運用 こうして、比較的車齢の浅い交流機・ED75 700番代を改造して登場した、海峡線専用機ともいえるED79は、本務機である0番代21両(後期形からの改造)と貨物列車牽引時に連結される補機…

海峡下の電機の系譜【Ⅵ】 国鉄最後の交流電機・ED79(2)

7.国鉄最後の交流電機・青函トンネル専用のED79 7-2 ED79という機関車 青函トンネル専用機として計画されたED79は、既に述べたように新型機として開発・新製するのではなく、既存の車両を改造することによって賄うことになりました。その種車として選ば…

この1枚から 数奇な履歴の持ち主・EF66 20の場合

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 先日投稿した記事では、異色の経歴の持ち主ともいえる、大井川鐵道のナロ80についてお話をさせていただきました。こうした履歴をもつ鉄道車両は他にも例がありますが、今回はこちらのEF66 20号…