1953年の二等級制移行により、従来の一等・二等・三等は再編され、車両記号も「ロ」「ハ」へ統一された。1955年には軽量客車10系が「銀河」に投入され、翌1956年には旧三等に相当する二等寝台車ナハネ10形が登場し、庶民も利用できる夜行寝台が実現した。ナ…
2026年3月、久留里線の久留里〜上総亀山間が廃止される。沿線人口の減少や利用者の極端な少なさに加え、コロナ禍で鉄道利用が激減し、JR東日本は赤字路線の維持が困難となった。地域輸送の責務と企業経営の狭間で揺れる中、末端区間の廃止は避けられない決断…
950年、スハ43系の登場により「銀河」の三等車は新製鋼製車へ置き換えられ、二等車にはGHQの指示でリクライニングシートを備えたスロ60形が投入された。列車番号は13・14列車となり運転区間は神戸まで延長。1951年には二等寝台車がスロネ30形に更新され、195…
2014年、筆者は久留里線沿線の史跡・久留里城を訪れ、山城から望む房総の自然と静けさに触れた。上総亀山駅周辺には亀山湖や温泉があり、列車からは見えない豊かな景観が広がる。久留里街道沿いには城下町の面影が残り、久留里線の路線名も久留里藩に由来す…
2014年、筆者は久留里線沿線の史跡である久留里城を訪れ、城下町として栄えた久留里の歴史に触れた。久留里城は久留里藩の藩庁として機能した山城で、現在は復元天守や整備された遊歩道が残る。久留里街道沿いには古い商家が並び、久留里線の路線名もこの城…
1949年に「銀河」として運転を開始した第15・16列車は、一等寝台と二等座席のみの編成で、急行としては異例の“上等車だけの夜行列車”だった。しかし庶民が利用できず批判が殺到し、わずか10日で三等座席車を含む13両編成へ変更。その後も寝台車の需要に応じ…
久留里線の終着・上総亀山駅は標高99mに位置し、房総の山あいに静かに佇む小駅。2012年のダイヤ改正でタブレット閉塞が廃止され無人化される前、駅では駅員が列車を迎えタブレットを受け取る光景が見られた。沿線の利用は少なく、キハ30・キハ38も老朽化が進…
クハ111-1378〔千マリ〕 千葉 2006年8月15日 筆者撮影 その昔、東海道本線(湘南電車)と横須賀線が同じ線路の上を走っていたといわれて、ピンと来る人は恐らく筆者よりも年上の先輩方だと思います。筆者も記憶がある限りでは、そのような光景を見たことがあ…
久留里駅で最後のタブレットを受け取った列車は、房総山地へ向けて上り勾配を進む。平山・上総松丘を過ぎると車窓は深い山林へ変わり、トンネルを抜けると人家が点在するのみの静かな谷間に入る。冬の小櫃川を横目に走り続け、やがて終着・上総亀山駅へ到着…
戦前の東京―大阪間を走った急行17・18列車は、一等・二等のみで構成された“名士列車”だった。戦時中に運行は中止され、終戦後は車両の接収や混乱の中で旅客需要が急増。1947年に急行103・104列車として復活し、のちに列車番号変更を経て1949年に「銀河」と命…