旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

北へ向かった最後の夜行急行――急行「はまなす」の記憶【第6回】

14系500・550番台の改造内容と急行「はまなす」初期運転を解説。5両編成、ED79形、DD51形、電源供給や併結対応を紹介します。

【今週の1枚】クハ313-3006〔静シス〕

クハ312-3006〔静シス〕 沼津駅 2009年5月4日 筆者撮影 1999年からJR東海が在来線用の標準形式電車として増備した313系は、2014年までに539両がつくられたが、運用する線区の事情に合わせて多くのバリエーションが存在してします。 その中で、閑散線区で運…

北へ向かった最後の夜行急行――急行「はまなす」の記憶【第5回】

急行「はまなす」の誕生と14系500番台客車を解説。青函連絡船深夜便の代替、北斗星・はつかりとの違い、北海道仕様を紹介します。

北へ向かった最後の夜行急行――急行「はまなす」の記憶【第4回】

青函トンネル開通と津軽海峡線開業により、本州・北海道連絡輸送は船から鉄道へ転換。青函連絡船時代の課題と快速「海峡」を解説します。

北へ向かった最後の夜行急行――急行「はまなす」の記憶【第3回】

1954年の洞爺丸事故と青函トンネル構想の関係を解説。青函連絡船の悲劇が津軽海峡を鉄道で越える計画を動かした経緯を紹介します。

北へ向かった最後の夜行急行――急行「はまなす」の記憶【第2回】

急行「はまなす」の前史として、青森と函館を結んだ青函連絡船の役割、車両渡船の仕組み、戦時中の被害と戦後復旧を解説します。

北へ向かった最後の夜行急行――急行「はまなす」の記憶【第1回】

修学旅行で乗車した急行「はまなす」の思い出を入口に、JR最後の定期急行・定期客車列車・青函トンネル夜行列車としての存在を振り返ります。

国鉄の置き土産:キハ38形が繋いだ非電化路線のバトン【21】

エピローグ:キハ38形とは何だったのか|八高線・久留里線を支えた国鉄最後期の気動車 《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1986年、国鉄末期の混乱と合理化の波の中で登場したキハ38形は、わずか7両という小さな存在でありながら、八高線や久…

【今週の1枚】EF510-515

EF510-515〔田〕 新鶴見機関区 2011年4月28日 筆者撮影 ■EF510-515 JRの電気機関車といえば、今ではJR貨物が大多数を保有していることは、多くの方がご存知のことでしょう。特に2010年代に入ると、長らく走り続けてきた寝台特急や夜行急行といった客車列車が…

国鉄の置き土産:キハ38形が繋いだ非電化路線のバトン【20】

21.キハ38形のその後|47年の活躍と水島臨海鉄道・ミャンマー・ポッポの丘への行方 《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info この記事では、キハ38形が種車時代から数えて46〜47年にわたり活躍した実績と、2012年の久留里線引退後に解体されず、水…