電気機関車
夢の超重量列車を目指したEF200形の挫折。その反省から生まれた実用電機・EF210形は、やがて補機の役割も担う300番台へと進化する。瀬野八の急勾配を越える“赤い補機”EF67形の後を継ぎ、補機専用機という国鉄以来のカテゴリーは静かに幕を下ろした。2025年、…
瀬野八の急勾配を越えるために生まれたEF67形。走行解放の廃止、更新工事、そしてEF210形300番台の登場——時代の波は静かに“赤い補機”を追い詰めていった。2022年、最後の105号機が運用を離れ、補機専用機というカテゴリーは鉄路から姿を消す。だが、広島車両…
EF61形200番台の老朽化により、JR貨物は再び“改造”による補機の更新を決断。EF65形0番台を種車に、電機子チョッパとGTO素子を搭載したEF67形100番台が誕生する。コストと性能の両立を追求し、わずか1年で5両を完成。1991年、瀬野八の補機はEF67形8両体制へ。…
国鉄分割民営化を経て、瀬野八の補機運用を担い続けたEF67形。しかし、相棒EF61形200番台の老朽化が進み、JR貨物は新たな補機の開発を迫られる。だが、完全新製は非現実的——選ばれたのは、再び“改造”という道だった。EF65形0番台の若番車を種車に、チョッパ…
瀬野八の急勾配を越えるため、国鉄は再びEF60形に手を伸ばした。選ばれたのは第5次車。大型緩衝器、密着連結器、貫通扉、そして異例の赤11号塗装——。広島工場の現場力が、補機専用機EF67形を生み出した。たった3両で22両のEF59形を置き換えたその裏には、チ…
急勾配・瀬野八に挑むため、国鉄が選んだのは“電機子チョッパ”という異端の技術だった。高価で採用例も少ない中、なぜEF67形に導入されたのか——。空転を防ぐ滑らかな電圧制御、回生ブレーキによる省エネ、そして種車の主電動機を活かす合理性。すべては、単…
財政難、老朽化、そして技術的限界——。瀬野八の急勾配を支えてきたEF59形の後継機を巡り、国鉄は苦悩していた。新製もままならぬ中、再び改造に活路を見出す。選ばれたのは、経年浅きEF60形第5次車。広島工場の現場力が、国鉄唯一のチョッパ制御機・EF67形を…
かつて“失敗作”と呼ばれた機関車がいた。クイル式駆動の故障に悩まされ、運用から外されたEF60形。その一部が改造され、形式を変えてEF61形200番台として瀬野八の補機に甦る。だが、過酷な運用と時代の変化は容赦なかった。新型EF67形100番台の登場により、…
高出力を武器に、EF59形の後継として瀬野八に挑んだEF61形200番台。しかし、その力は時に制御を超え、重連運用では座屈脱線の危険を孕んだ。重連禁止、単機限定──期待は制約へと変わり、改造計画も次々と白紙に。それでも、緩衝器とデッキを備え、安全対策を…
1977年、瀬野八に現れた新鋭・EF61形200番台。高出力の主電動機を武器に、老朽化したEF59形の後継として期待された。しかし、重連運用でその力が裏目に出る。本務機と補機が別々に操作される“後補機運用”では、わずかな操作のズレが列車全体に大きな力を加え…
老朽化が進むEF59形に代わる“救世主”として登場したEF61形200番台。単機で1200トンを押し上げる力を託された新鋭機は、クイル式駆動という新技術を背負って瀬野八へ挑んだ。しかし、その構造は砂塵に弱く、異常振動と騒音を招く欠陥を抱えていた。貫通扉の設…
戦前製の省形電機が、瀬野八の急勾配に挑むために生まれ変わった──EF59形。走行中解放、空気管付き密着連結器、警戒色の塗装…すべては“押して、離れる”ための工夫だった。老朽化と戦いながらも、後継機の登場を待ち続けた古豪たち。ついにEF67形が現れ、EF59…
瀬野八──25パーミル、10kmの急勾配。そこに挑んだのは、旧型電機から生まれ変わったEF59形。走行中に解放される補機という異例の運用に応えるため、空気管付き密着連結器、自動解錠装置、そして警戒色の塗装まで施された。視認性、保安性、すべては“安全に押…
戦前の名機EF53・EF56形が、再び脚光を浴びた。舞台は山陽本線最大の難所・瀬野八。急勾配に挑むため、彼らはEF59形として生まれ変わった。新造ではなく、改造という選択。歯車比を変え、引張力を高め、走行中解放装置まで備えたその姿に、技術者たちの執念…
明治の鉄道建設に立ちはだかった中国山地の峠、瀬野八。急勾配22.6パーミル、10kmに及ぶ難所に、なぜ鉄路は挑んだのか。軍部の意向、建設コスト、そして技術者たちの葛藤。補機を連結し、煙を上げて峠を越える列車たち。そこには、国を支える輸送の使命と、…
EF71形は奥羽本線の交流電化とともに登場し、「あけぼの」や「つばさ」の補機・本務機として活躍。JR東日本に継承後も重連運用で峠越えを支えましたが、改軌工事や列車削減により運用を失い、1993年に形式消滅。豪雪地帯・板谷峠を越えた交流電機として、25…
EF71形は1968年に福島機関区に配置され、当初はED78形の補機として運用されましたが、1970年以降は本務機としても活躍。寝台特急「あけぼの」や気動車特急「つばさ」の補機も担当し、特にキハ181系の冷却・変速機トラブルにより再び補機として連結され、板谷…
EF71形は板谷峠対応の補機として1968年に登場した国鉄交流電機最大のF級機です。回生ブレーキや過速度検知装置、電機子短絡スイッチなどを装備し、耐寒耐雪仕様も充実。主電動機6基で2,700kWの高出力を誇りましたが、自重増加や空転、サイリスタ不良などの課…
EF71形は、板谷峠対応の補機として1968年に登場した国鉄交流電機最大のF級機です。サイリスタ位相制御と回生ブレーキを搭載し、主電動機を6基装備することで2,700kWの高出力を実現。屋根上機器の室内収容や豪雪地帯対応の設計も特徴で、交流版EF63形ともいえ…
ED78形は1968年から製造され、板谷峠や仙山線で活躍した国鉄交流電機です。寝台特急「あけぼの」対応の増備やJR継承後の仙台転属を経て、1990年代には定期運用を縮小。1998年にほぼ全車が廃車となり、残る2両も2000年に落ち葉清掃列車の任務を終えて引退。30…
ED78形は、ED94形の試験成果を基に1968年に量産化された板谷峠対応の交流電機です。サイリスタ制御や回生ブレーキ、過速度検知装置、電機子短絡スイッチなどを装備し、安全性と制動力を強化。奥羽本線や仙山線で運用され、1970年には2次車も増備されましたが…
ED94形は、板谷峠の急勾配に対応するため、ED77形をベースに回生ブレーキを搭載した国鉄初の試作交流電機です。サイリスタ連続位相制御により、交流から直流への変換と電圧制御を両立し、回生制動を可能にしました。試験の結果、誘導障害が発生したため、量…
奥羽本線の交流電化に伴い、EF64形に代わる本務機としてED78形が登場しました。ED75形を基に開発されたED93形(後のED77形)は、軸重調整機能やサイリスタ位相制御を搭載し、仙山線で試験運用されましたが、板谷峠の急勾配に必要な抑速機能がなく、峠越えに…
EF64形は板谷峠の急勾配と寒冷地に対応する新性能直流電機として登場しましたが、奥羽本線の交流電化方針により、福島機関区での運用はわずか3年で終了。豪雪地帯向けの装備や発電ブレーキを備えたEF64形は、電化方式の転換により稲沢へ転属し、奥羽本線の直…
EF64形は、1964年に板谷峠などの勾配線区対応のため開発された新性能直流電機です。EF60形を基に設計され、MT52形主電動機と発電ブレーキを搭載。回生ブレーキに代わり、大容量抵抗器と強力なブロワーにより安定した制動力を確保しました。これにより、勾配…
奥羽本線・板谷峠の急勾配区間では、EF15形・EF16形が補機として活躍しましたが、構造上の制約や電装品の消耗が課題となっていました。従来の国鉄電機は台車枠に牽引力を伝える設計で、旅客用と貨物用で性能が分かれ、車両全長や検修効率にも問題がありまし…
EF16形は、峠を越えるために生まれた電機です。急勾配の板谷峠では、回生ブレーキを駆使し、地上設備と連携して安全な降坂を実現しました。特急「つばさ」が気動車化された後も、峠越えにはこの旧型電機が必要とされ、異なる動力方式で協調運転を果たしまし…
《前回からのつづき》 ■直流電化とともに登場した改造補機EF16形 1949年に直流電化されたことで、板谷峠を越える列車は電機が牽くようになりました。この電化によって奥羽本線で運用する機関車が配置されている庭坂機関区にやってきたのが、当時、量産が続け…
第2章 東北最大の難所 33.0パーミルの板谷峠 板谷峠は福島県と山形県の県境に立ちはだかる奥羽山脈の峠で、江戸時代は米沢藩が参勤交代のために越えなければならかった隘路です。標高755mの峠はそれほど高いと感じることはないかもしれませんが、当時から、…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1986年になると、翌年に控えた国鉄の分割民営化を前に、横川機関区は横川運転区へと改組・改称されます。これは、機関区の名称は貨物会社が使うことになったためで、旅客会社は機関車配置の区所も運転区や…