旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

東急電鉄

過酷な通勤輸送を支え続け40年の功労車・東急8500系【7】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 まずはじめに、記事の投稿が逆になっておりましたこと、お詫び申し上げます。遂行の段階で、7番目の記事の自動投稿を取り消していましたが、8番目の取り消しをするのを忘れ・・・気づいたら、6番目…

過酷な通勤輸送を支え続け40年の功労車・東急8500系【6】

《前回からのつづき》 8500系は1974年から長きに渡って増備が続けられたことから、途中幾度となく細部の設計が変更されています。特に8090系が製造された1980年の第12次車以降と、9000系が製造された第18次車以降で、外観からもわかる変更が見られました。 8…

過酷な通勤輸送を支え続け40年の功労車・東急8500系【5】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1978年に営団半蔵門線が開業すると、当初の計画通りに新玉川線との相互直通運転が始められました。しかし、この時点で渋谷−青山一丁目間の2駅だけの開通だったため、営団側は車両の用意はしないで東急車の…

過酷な通勤輸送を支え続け40年の功労車・東急8500系【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 今日、田園都市線で運用される車両は長津田検車区に配置されていますが、この当時は田園都市線で運用される車両は、長津田検車区の完成による移転までは、鷺沼駅の渋谷方海側にあった鷺沼検車区の配置でし…

過酷な通勤輸送を支え続け40年の功労車・東急8500系【3】

《かなり間が開いてしまいましたが・・・前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1975年から田園都市線・新玉川線用として、8000系を基本に営団との協定に基づいて半蔵門線直通仕様に改めて製作されたのが8500系でした。 基本的な構造は8000系から大き…

過酷な通勤輸送を支え続け40年の功労車・東急8500系【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 異なる鉄道事業者同士が相互直通運転を実施するために、乗り入れる車両については規格を統一することは、ごく一般的なものでした。乗り入れ相手となる鉄道事業者が保有する車両が自社線内に入ってきたとき…

過酷な通勤輸送を支え続け40年の功労車・東急8500系【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 東急田園都市線といえば、何を思い浮かべるでしょうか。 閑静な住宅街に通じる鉄道路線と思われる方は、きっと筆者と同じ年代か、それよりも上のご先輩方でしょう。しばしばテレビドラマの舞台…

この1枚から 随一の「強運」持ち主 半世紀近くを走り続ける東急8000系〔2〕

《前回のつづきから》 8039Fは大規模な更新工事を施されることはありませんでしたが、前面に赤帯が入ったことの他に、細かいながらも時代に合わせた改造が施されました。中でも最も大きかったといえるのが、1997年までに施工された運転台機器の取り替えです…

この1枚から 随一の「強運」持ち主 半世紀近くを走り続ける東急8000系〔1〕

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 いまから30年以上も前のことですが、高校時代は東横線を使って通学していました。当時、公立の普通科高校は学区が定められていて、よほど特別な事情がある場合を除いて、越境をすることができま…

この1枚から 「目蒲線」が走っていた頃の「多摩川園駅」〔2〕

《前回のつづきから》 デハ3500は電装品をはじめとした機器類だけでなく、車体もまた時代とともに大きく変化していきました。 登場時はよくある私鉄旧型電車の体裁で、丸みを帯びた折妻に近い意匠の非貫通前面と、丸屋根をもつシル・ヘッダー付きの車体でし…

この1枚から 「目蒲線」が走っていた頃の「多摩川園駅」〔1〕

《前回のつづきから》 多摩川園駅は島式1面と相対式2面のホーム構成で、東横線の上り線と目蒲線の下り線がそれぞれ相対式ホームを使い、東横線の下り線と目蒲線の上り線が島式ホームを使っていました。そのため、渋谷方面から蒲田方面へ、あるいはその逆に乗…

この1枚から 「目蒲線」が走っていた頃の「多摩川園駅」【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 筆者の住まいからほど近い元住吉の車庫(元住吉検車区)には、数多くの車両が並んでいます。東急電鉄の5050・5070系をはじめ、東京メトロの17000系、東武9000系など、自社、乗り入れ他社局の車…

この1枚から 目蒲線時代、数少ない冷房車だった7200系【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 7200系も登場当初は東横線や田園都市線といった、東急電鉄でも本線格の路線で運用されていました。しかし、増加の一途をたどる利用者を効率的かつ安定的に輸送するためには、18m級車体をもつ車両ではもは…

この1枚から 目蒲線時代、数少ない冷房車だった7200系【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 今年も8月は酷暑に見舞われるかと思いましたが、以外にもお盆の時期は雨続きになり、盆明けは再び熱くなったのもつかの間、9月に入った途端に再び天気が崩れて涼しい日が続いています。 夏にな…

この1枚から 東急大井町線の8090系・晩年の頃【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 8090系はもともと東横線に、8000系の改良型となる日本初の軽量ステンレス車として1980年に登場しました。航空機の設計手法を応用し、車両重量を軽減することに成功し、ステンレス車=コルゲート板という常…

この1枚から 東急大井町線の8090系・晩年の頃【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 最近は国鉄・JRネタを多く取り上げていたため、地元の私鉄の話題はすっかりとご無沙汰しておりました。ついこの間のこと、秋に予定しております校外学習の下見で久しぶりに鉄道を使って移動しま…

この1枚から 東横線を疾駆していた9000系【後編】

前回のつづき blog.railroad-traveler.info 筆者が高校に進学し、毎日のように東横線に乗って通学するようになると、8000系が来るかそれとも9000系が来るか、少々ワクワクしたものでした。残念ながら、乗車駅も降車駅も各停しか停まらなかったので、当初はほ…

この1枚から 東横線を疾駆していた9000系【前編】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 電車の制御にはいろいろな方法があることは、ご存知の方も多いかと思います。その昔は電気的にも容易で、保守の面でもそれほど難しくなかった抵抗制御が主流でした。というよりは、抵抗制御しか…

この1枚から 池上線を走る「緑の電車」をねらう

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 今年は新型コロナの影響で、夏休みは例年よりも半分以上短く、しかも外出はできるだけ避けなければならないので、お仕事しながらむすめの相手をし、その合間を縫って近所にカメラを持って出かけ…

この1枚から 大井町線に8000系がいた頃・2004年の二子玉川

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 東京急行電鉄から社名を東急へと変え、同時に鉄軌道事業を分社化して東急電鉄へと変わってからもうすぐ1年が経とうとしています。分社化され、東急の子会社となっても、利用者のも、筆者の勤め…

この1枚から 2004年頃の二子玉川・東武30000系が走っていた頃

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 写真を撮りためていく、いつの間にかその数は膨大になってしまい、いったい何枚採ったのか分からなくなります。 昔のように銀塩フィルムを使っていた頃なら、フィルムや現像の費用がかかるので…

この1枚から 不遇な都営三田線の6000形

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとございます。 都心部を走る地下鉄の多くは、特別な事情がない限り地上の鉄道線へ直通運転をしています。 例えば、このブログでも取り上げた東京メトロ日比谷線は、東武鉄道伊勢崎線と相互に乗り入れています。…

この1枚から 大井町線が赤帯だった頃・2005年の二子玉川

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 東急電鉄9000系が量産されるようになって、次々と東横線を走り出すようになった頃。筆者は高校へと進学したので毎日東横線に乗るようになりました。そして、新車の匂いがする9000系に乗るのが楽…

この1枚から 地上時代の元住吉駅とたった1日だけの「横浜」行き

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 桜の花が咲き始める頃になると、鉄道は一足先に新年度を迎えます。4月1日から年度が替わりますが、それに先だって3月14日前後にダイヤ改正をするのが恒例になりました。 この時期にダイヤ改正を…

この1枚から ノーシル・ヘッダーのデハ3500・1987年の蒲田駅

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとございます。 東急電鉄といえば、いまや当たり前になったステンレス王国を早い時期から築いていました。日本初のオールステンレス車である7000系を筆頭に、数々の新機軸を取り入れた車両を世に放ち続けていまし…

この1枚から 東急線に8000系がいた頃・1986年頃の多摩川園駅

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 このタイトルをご覧になって、「懐かしい」と思われた方は、恐らく古くから東横線・目蒲線沿線にお住まいの方か、筆者と同年代くらいのファンの方だと思います。 多摩川園駅は、現在ではその名…

この1枚から 異色の前面を持った「分割編成」・東急1000系

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 世の中には時として、「他とは違う」ということがあります。鉄道車両ではあまり例を見ることはありませんが、時として「異端」と呼ばれる車両が登場することがあります。 古くは国鉄のEF55やEF1…

この1枚から 1991年の東横線・営団地下鉄03系

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 前回、1991年の東横線新丸子駅で撮影した東急7000系の写真をご紹介しました。 7000系といえば日本初のオールステンレス車として1960年代終わりにつくられましたが、時代が平成に変わった1990年…

この1枚から 1991年の東横線・東急7000系

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 いつも楽しく拝読させていただいているブログ様で、時折ステンレス車について取り上げておられます。こちらの記事では、ステンレス車でもコルゲート板と呼ばれる波板をつけた、1980年代までにつ…

消えゆく「国鉄形」 ~湘南・伊豆を走り続ける最後の国鉄特急形~ 185系電車【4】

4.185系の歩み (1)特急形電車としては異色の登場劇 185系は1981年1月から田町電車区(→田町車両センター→東京総合車両センター田町センター)に配置された。国鉄の特急形電車としては久しぶりの新形式、それも従来の画一化したスタイルから脱却した斬新…