旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

国鉄

さらばキハ28 DMH17系エンジンの終焉【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■急行形気動車の決定版キハ58系 キハ58系もまた、DMH17を採用しました。というよりは、ほかに使えるエンジンがありませんでした。しかし、キハ58系は急行用として運用することが前提であるため、キハ55系…

さらばキハ28 DMH17系エンジンの終焉【3】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■国鉄の悲願 初の実用ディーゼルエンジンDMH17 DMH17の実用化は、国鉄にとって悲願ともいっても差し支えないと考えられます。年々老朽化していく蒸機の置き換えと、動力近代化による無鉛化の推進は、国鉄…

さらばキハ28 DMH17系エンジンの終焉【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■ガソリンカーの悲劇から生み出されたDMH17 ガソリンエンジンであるGMH17を搭載したキハ42000は、1935年から62両が製作されました。車体は空気抵抗の軽減と、当時の流行を取り入れた流線型の前面をもちま…

さらばキハ28 DMH17系エンジンの終焉【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 2023年に入って早くも1月が終わりに近づきつつあります。時が経つのは本当に早いものですが、齢を重ねるとその時間の経ち方は、若い頃に比べて本当に早く感じてしまうものです。それは、きっと…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【終章】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■国鉄形淘汰のあとを継いだE257系 2020年をもって集約臨から185系が退くと、その後継として特急「踊り子」と同じく、E257系が就くことになりました。 E257系は2001年から中央東線の特急「あずさ」「かいじ…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【8】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■183・189系無き後は国鉄形最後の特急形185系 167系の後継として集約臨輸送を担った183・189系も、時の流れとともに老朽化・陳腐化が著しくなっていきました。2003年から10年の間にわたって多くの小学生を…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【7】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■特急用から波動用へ転換 栄光の国鉄特急形183・189系が集約臨を引き継ぐ 2002年に集約臨の運用から外れ、167系は翌2003年に全車が廃車となってしまいました。しかし、神奈川県内の公立小学校の修学旅行は…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【6】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1965年に新製された167系は、関東地区対京阪神の増発用として田町電車区に配置、さらに翌1966年には山口県・広島県からの要望により、山陽地方用として下関運転所にも配置されて、修学旅行の生徒を輸送す…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【5】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■出力強化・勾配線区用165系の修学旅行用167系 153系を嚆矢とする急行形・修学旅行用の電車群は、主電動機に出力100kWのMT46を装備していました。この主電動機は国鉄初のカルダン駆動を採用した新性能電車…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■155系の成功を受けて増備された159系 世界的にみても、修学旅行という利用者が中高生と限定された前代未聞の設計で登場した155系は、資金の調達から車両の設計開発、そして製造、実際の運用に至るまで、…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【3】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 155系の特徴といえば、なんといっても修学旅行という特定された利用者と、その旅行形態に合わせた車内設備といえるでしょう。一般の旅客輸送とは異なり、製造費用は修学旅行で乗車する生徒の学校関係者の…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■前代未聞の「修学旅行専用設計」155系の登場 このように、修学旅行が学校行事としての位置づけが明確になったことで、学校関係者はもとより、修学旅行に参加する児童生徒をもつ保護者などからも、我が子…

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 今年もとうとう秋になりました。(この記事を執筆していたのは10月半ばのことでした)毎年のことですが、夏の暑さは尋常ではなく、気温も35℃を超える日も珍しくなくなりました。その分、秋に近…

日常を忘れさせてくれる食堂車 かつて、新幹線には食堂車があった【4】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info このブログでもお話しましたが、筆者は鉄道職員として貨物会社に採用されると、すぐに九州支社勤務を命じられて赴任しました。月に2回は会社から帰郷が許され、旅費も支給されたので、この時とばかりに門…

日常を忘れさせてくれる食堂車 かつて、新幹線には食堂車があった【3】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info ところで、筆者は一度だけ、この業務用室を利用したことがあります。 中学生だったか小学生だったか、細かいことは忘れてしまいましたが、祖父に連れられて妹と九州旅行へ行くのに新幹線に乗っていたとこ…

日常を忘れさせてくれる食堂車 かつて、新幹線には食堂車があった【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 東海道新幹線が開業してから8年後の1972年に、山陽新幹線が岡山まで開業しました。東海道新幹線を延伸する形で、国鉄の路線名称では新大阪−新神戸間が東海道本線の、新神戸−岡山間が山陽本線の無名別線と…

日常を忘れさせてくれる食堂車 かつて、新幹線には食堂車があった【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 その昔、新幹線で食事をしたことがあると話すと、「弁当を食べたの?」と言われます。いえ、弁当なら今でも新幹線に限らず、在来線の列車でも食べることができます。そうではなくて、新幹線に「…

車扱貨物輸送はなぜ消えたのか〔4〕

《前回のつづきから》 往路に貨物を積んだコンテナを、復路にも貨物を積もうとするものです。あたりまえのようなことですが、これがなかなか難しかったようで、筆者も鉄道マン時代に駅に到着した空コンテナをコキ車から降ろしている作業を何度も見たことがあ…

車扱貨物輸送はなぜ消えたのか〔3〕

《前回のつづきから》 1990年代はじめのバブル経済崩壊と、その後の景気低迷は鉄道貨物輸送にも大きな変化をもたらしました。不景気により生産活動も低下し、コスト削減を目的に生産拠点を国外へ移す企業も続出し、かつてのような需要もなくなって貨物輸送量…

車扱貨物輸送はなぜ消えたのか〔2〕

《前回のつづきから》 1987年の国鉄分割民営化によって、鉄道貨物輸送を継承したJR貨物は、引き続き車扱貨物のコンテナ化を推進していくことになります。しかし、すべての貨物をコンテナ化することは叶いませんでした。そのため、国鉄から継承した物資別適合…

車扱貨物輸送はなぜ消えたのか〔1〕

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 国鉄時代の貨物輸送といえば、ほとんどが運ぶ貨物に特化した貨車が運用されていました。物資別適合貨車と呼ばれるもので、例えば液体や粉体を運ぶタンク車や、粒体などを運ぶホッパ車など、多種…

「お家の事情」で構造が異なっても同一形式を名乗った北の交流電機【6】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 1987年の分割民営化では、ED76 500番代はJR北海道に継承され、岩見沢第二区を引き継いだ空知運転所配置となって、引き続き函館本線電化区間の客車列車を牽いていました。 しかしながら、分割民営化直後にJ…

「お家の事情」で構造が異なっても同一形式を名乗った北の交流電機【5】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 北海道専用交流電機として、ED75 500番代の試作の後、量産形式として登場したED76 500番代は1968年から製造が始められました。同じED76という形式を名乗っていても、制御装置にはサイリスタ位相制御を採用…

「お家の事情」で構造が異なっても同一形式を名乗った北の交流電機【4】

《前回のつづきから》 ED76 500番代は多くの耐寒耐雪装備をもつ、北海道専用の交流電機ですが、台車などの足回りについては0番代とほぼ同じでした。 電動台車はED74以来、交流D級電機に標準的に装着されているDT129を装着しました。この台車は主整流器を水銀…

「お家の事情」で構造が異なっても同一形式を名乗った北の交流電機【3】

《前回のつづきから》 1968年から製造が始められたED76 500番代は、ED75 500番代の試験結果を基に改良を加えた北海道向け量産交流電機でした。 制御方式は九州向けのED76が低圧タップ切換制御と磁気増幅器によるタップ間電圧位相制御であるのに対し、ED76 50…

「お家の事情」で構造が異なっても同一形式を名乗った北の交流電機【2】

《前回のつづきから》 1966年に開発されたED75 500番代は、711系と同じく無可動・無接点化を実現できるサイリスタ位相制御を採用した交流電機でした。 通常の交流電機は、主変圧器に設けられた接点を切り替えるタップ切換制御が主流でした。このタップが主変…

「お家の事情」で構造が異なっても同一形式を名乗った北の交流電機【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 1960年代は国鉄にとって、車両開発真っ盛りの時期といってもいいほど、実に多くの機関車が開発されました。特に交流電機は、パワーエレクトロニクスの技術の急速な発達によって一形式ごとに装備…

唯一無二 新機軸盛り込み過ぎて失敗作に終わったDD20【5】

《前回のつづきから》 DD53の後補機用として新製されたDD20 2号機は、長岡運転所に配置されました。DD53は東新潟機関区の配置だったので、同じ運用に就くのであればDD20も東新潟区に配置すれば効率的だと考えられますが、国鉄はなぜかDD20を長岡所に配置して…

唯一無二 新機軸盛り込み過ぎて失敗作に終わったDD20【4】

《前回のつづきから》 DD51を半分にすることで、製造・運用コストの軽減を狙い、DD13ではなし得なかった重入換用として期待されたDD20も、実際に運用してみると様々な問題点が浮き彫りになり、「失敗作」の烙印を押されて1号機がつくられたのみで終わってし…

唯一無二 新機軸盛り込み過ぎて失敗作に終わったDD20【3】

《前回のつづきから》 本格的な本線用ディーゼル機であるDD51がほぼ成功し、続々と量産されて非電化の地方幹線で多様されていった一方、大規模操車場などでの重入換運用に最適な機関車も必要とされていました。 DD51をそのまま重入換運用に充てるのは、性能…