旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

国鉄

消えゆく国鉄形 産業を支え続けた石炭列車【2】

2008年3月15日に行われたダイヤ改正は、貨物輸送の第二の大転換期といってもよいかも知れませんでした。 第1の転換期は、1984(総和59〕年2月に行われた、いわゆる「ゴーキュウニ」では、貨物駅の大幅な整理と車扱貨物の原則廃止、そしてコンテナを中心とし…

消えゆく国鉄形 産業を支え続けた石炭列車【1】

「消えゆく国鉄形」シリーズも書き始めてから2年近くが経ちました。 とはいえ、185系電車のお話は途中で止まっており、いつか再開しなければ~なんて考えてはいたものの、本業が日に日に忙しさ(なんて言葉では済まされないほど、大量の仕事が捌けてないん…

この1枚から 赤い機関車・ED76

いつも拙筆のブログをお読みいただきありがとうございます。 年度末の忙しさに息をつく間もないのですが、やはり体は「鉄分」を欲していて、仕事の合間に資料を見たり、写真を整理したりなんてことをしています(笑)。仕事・・・といっても、職場ではなく自宅…

この1枚から 急行「かいもん」の思い出話 ~つづき~

一度書き始めると、どうしても「あれも書こう」「これも書こう」なんて欲張ってしまうので、ついつい話が長くなってしまいます。 今回の「かいもん」のお話も一回で終わらせるつもりが・・・気付いたら、2回跨がってしまいました。 いやはや、悪い癖なのかも知…

この1枚から 急行「かいもん」の思い出話

JR線上に「急行」という種別の列車が走っていたことを知るのは、恐らく私と同年代かあるいは先人の方たちだと思います。熱心に研究されている若い方たちも、そのことを知っているのではないでしょうか。 今日当たり前のようにたくさん走っている「特急」は、…

この1枚から EF65 535のお話

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 新型コロナウィルスが国内で流行し、日に日に感染してしまった方の数が増えています。 そのような中、先週の金曜日(2月28日)の18時過ぎ、まさに「青天の霹靂」という言葉があてはまる大事が起…

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第二章 見えざる「安全輸送を支える」仕事・命を預かる役目・列車見張【6】

このシリーズも書き始めて1年以上が経ちましたが、最後に記事を公開してからずいぶんと時間が経ってしまいました。 楽しみにして頂いていた皆さま、ほんとうに申し訳ありません。 これからも、本業や家族サービスの合間を見ての執筆と公開になりますが、お…

消えゆく「国鉄形」 ~湘南・伊豆を走り続ける最後の国鉄特急形~ 185系電車【7】

(6)国鉄の終焉と民営化直後 1985年のダイヤ改正で東北・上越新幹線が上野開業を果たすと、それまで上野-大宮間の新幹線利用客輸送の専用列車である「新幹線リレー号」もその役割を終えて廃止された。新前橋の185系200番代は当初からの計画であったとはい…

消えゆく「国鉄形」 ~湘南・伊豆を走り続ける最後の国鉄特急形~ 185系電車【6】

(5)上越新幹線開業と新特急・・・185系北へ 1982年11月に上越新幹線が大宮起点で暫定開業をすると、上野発着の高崎線・上越線の優等列車の整理が行われた。特急「とき」をはじめとした首都圏-上越地方を結ぶ特急、急行列車はほとんどが新幹線へ整理統合され…

消えゆく「国鉄形」 ~湘南・伊豆を走り続ける最後の国鉄特急形~ 185系電車【5】

4.185系の歩み (3)新前橋の165系置換えと東北・上越新幹線大宮暫定開業 185系は東海道本線を走り続けてきた急行形である153系の老朽取替と、急行「伊豆」の特急格上げ用として設計・製造された特急形電車であった。その目的の通り、0番代は115両全車が…

消えゆく「国鉄形」 ~湘南・伊豆を走り続ける最後の国鉄特急形~ 185系電車【4】

4.185系の歩み (1)特急形電車としては異色の登場劇 185系は1981年1月から田町電車区(→田町車両センター→東京総合車両センター田町センター)に配置された。国鉄の特急形電車としては久しぶりの新形式、それも従来の画一化したスタイルから脱却した斬新…

消えゆく「国鉄形」 ~湘南・伊豆を走り続ける最後の国鉄特急形~ 185系電車【3】

(4)メカニズム面は保守的 車体の外観が従来の特急形電車と比べて大胆かつ斬新になったのに対して、メカニズムの面では非常に保守的な設計となった。もっとも、この頃の国鉄の財政事情を考慮すると、新型車の開発に多額の費用を投じることなどできるわけも…

消えゆく「国鉄形」 ~湘南・伊豆を走り続ける最後の国鉄特急形~ 185系電車【2】

3.185系電車の登場 (1)国鉄最後の新製特急形電車 185系は1981年に登場した。 それまでの国鉄の特急形電車といえば、151系「こだま形」を始祖とするクリーム色地に窓周りと車体裾と天部に臙脂色の帯を巻いた塗装で、先頭車はボンネット形あるいはそれを…

消えゆく国鉄形 ~湘南・伊豆を走り続ける最後の国鉄特急形~ 185系電車【1】

1.はじめに 1987年の国鉄分割民営化から既に30年以上が経ち、時代も平成から令和へと変わった2019年のいまも走り続けている185系電車。長年走り続けてきた多くの国鉄形車両が、その任を全うして去っていった中で、貴重な存在となっている。 今でこそ注目さ…

消えゆく「国鉄形」 常に目立つことなく隠れた力持ち【14】最終章

かつての鉄道貨物輸送の主力であった、車扱貨物の中心的役割を担った貨車操車場。そこでの貨車入換作業にあてるために、車体重量70トン、軸重14トンという異例の重量級で誕生したDE11形は、形こそ兄貴分であるDE10形と同じでしたが、その性格は異なるもので…

消えゆく「国鉄形」 常に目立つことなく隠れた力持ち【13】

民営化後、しばらくは大きな動きもなく、JR東日本のDE11形は高崎運転所に引き継がれた0番代が早々に廃車された以外は、品川や尾久などといった客車の配置がある運転区所で車両の入れ換え作業に使われました。 21世紀に入ると、さすがのDE11形も老朽化が進ん…

消えゆく「国鉄形」 常に目立つことなく隠れた力持ち【12】

1987年の分割民営化によって、DE11形にはさらに大きな衝撃が訪れました。 操車場の機能停止・廃止によって、仕事そのものが失われました。 操車場で重量の嵩んだ貨車を押したり牽いたりする、専ら重入換作業をするための性能をもって誕生したDE11にとって、…

消えゆく「国鉄形」 常に目立つことなく隠れた力持ち【11】

そのような状況は長くは続きませんでした。 昭和50年代に入ると、国鉄はダイヤ改正のたびに貨物輸送の合理化を進めようとします。 操車場での貨車の仕訳を、可能な限り自動化してスピードを上げようとしました。その一つが、前にもお話しした武蔵野線の武蔵…

消えゆく「国鉄形」 常に目立つことなく隠れた力持ち【10】

大規模操車場におけるハンプ押上を中心とした重入換専用の機関車として登場したDE11形は、その目的に特化した性能をもち、0番代が65両、エンジン出力を増強した1000番代が46両、低騒音試作形の1900番代1両、低騒音型の2000番代4両の計116両がつくられました…

消えゆく「国鉄形」 常に目立つことなく隠れた力持ち【9】

低騒音型の試作車である1901号機は、稲沢機関区に配置され、稲沢操車場を仕事場にして入換作業に就きました。実際の運用をしながら、どの程度防音効果があるのかを確かめるためです。 排気管に取り付けた大型消音器の効果はあったものの、ボンネットに収めら…

消えゆく「国鉄形」 常に目立つことなく隠れた力持ち【8】

まずは試作車として、DE11 1900番代がつくられます。 試作車ですので、つくられた数はたったの1両でした。 DE11 1901は外観こそほかのDE11形と同じでしたが、内部の機構には少し手が加えられました。エンジンから出ている排気管は、通常は長いボンネットに取…

消えゆく「国鉄形」 常に目立つことなく隠れた力持ち【7】

大規模操車場の重入換作業に特化した性能を与えられたDE11形は、その開発の目的通り全国各地の操車場に送られ、くる日もくる日も何十両も連なる重い貨車たちを押し上げたり、列車として組成できたものは仕訳線から引っ張り出す仕事をこなしていました。 私が…

消えゆく「国鉄形」 常に目立つことなく隠れた力持ち【6】

1960年代といえば高度経済成長期の真っ只中でした。 第二次世界大戦によって、日本の経済や産業は言葉通りボロボロの状態だったのが、様々な要因が重なって好景気が続きました。戦争の空襲で国土も焼かれた日本は、世界も驚くほどの早さで復興し、しかも経済…

消えゆく「国鉄形」 常に目立つことなく隠れた力持ち【5】

ハンプ押上の真打ちDE11形の登場と操車場での仕事 DE11形は1967年から量産されると、さっそく大規模操車場における貨車の入換作業に就くため、隣接する機関区へと配置されます。最初に配置されたのは、首都圏でも指折りの操車場で、日本の三大操車場の一つで…

消えゆく「国鉄形」 常に目立つことなく隠れた力持ち【4】

こうして重入換用機の試作機であるDE10 900番代が操車場で仕事を始めてみると、DE10形とくらべて重い貨車を連ねてハンプを押し上げる作業を難なくこなすことができました。 いくら緩いとはいえ重量の嵩む貨車を坂道で押し上げるというのは過酷な仕事で、こう…

消えゆく「国鉄形」 常に目立つことなく隠れた力持ち【3】

DD13形より力強い、ディーゼル機関車の決定版DE10形の登場 DD51形の成功をみた国鉄は、DD51形用に開発されたエンジンを活用したあらたな機関車の開発に着手しました。操車場や駅、運転区所などでの車両の入れ換えや、線路構造が幹線に比べて構造的に弱いロー…

消えゆく「国鉄形」 常に目立つことなく隠れた力持ち【2】

DD13形には排気量31リットルの直列6気筒エンジンであるDMF31形を2基装備していました。このエンジンは最大出力を370PSを出すことができました。 しかし、当時つくられていたバス用のエンジンが、同じ直列6気筒、排気量8.5リットルで最大出力が160PSという性…

消えゆく「国鉄形」 常に目立つことなく隠れた力持ち【1】

人は生まれながらの運命(さだめ)がある・・・なんてドラマでの台詞を耳にすることがあります。まあ、人生を最初から決められてしまってはたまったものではありませんが、鉄道車両となると事情は少し異なってきます。 設計・開発する当初から花形となる特急列…

消えゆく「国鉄形」 痛勤ラッシュを支え続けて【31】

21世紀近くになって得た新たな仕事場【2】 一方、JR西日本にとって、1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災は大きな転機の一つになったといえるでしょう。この震災で山陽本線は不通になり、寝台特急列車や貨物列車といった長距離列車の運転にも大きな影響…

消えゆく「国鉄形」 痛勤ラッシュを支え続けて【30】

21世紀近くになって得た新たな仕事場【1】 いよいよ、103系電車のお話も終わりが近づいてきました。 大都市圏の通勤輸送に対応し、経済性を優先させた性能で設計された103系電車は、当初のの予定通り多くの通勤路線で活躍しました。その基本設計は21世紀に…