旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

私鉄

この1枚から 「あの夏」を思い出すショット

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 伊豆急行と言えば、最近では豪華クルーズトレインである「Royal Express」が北海道へ渡って、いよいよJR北海道線内を走行するという話題で賑わっています。本来であれば直流電車で、しかも私鉄…

この1枚から ボギー台車の「ョ」号車

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 かつて、日本の貨物列車には必ず連結されていた車両がありました。それは、最後尾に赤い尾灯を灯して、古い車両なら白熱電球の薄暗い明かりが車内を照らし、その中には鉄道マンがたった一人でポ…

この1枚から 大井町線に8000系がいた頃・2004年の二子玉川

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 東京急行電鉄から社名を東急へと変え、同時に鉄軌道事業を分社化して東急電鉄へと変わってからもうすぐ1年が経とうとしています。分社化され、東急の子会社となっても、利用者のも、筆者の勤め…

この1枚から 一見すると軽量客車、でも元は電車

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 世の中には「変わった経歴の持ち主」というのがあります。あまり人のことはいえませんが、筆者も今の世界では「かなり変わった経歴の持ち主」と言われます。まあ、小さい頃からこの仕事を目指す…

この1枚から 似てるようで同じでない

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 毎日雨が降っていて肌寒いかと思えば、晴れて気温30℃近くという真夏並みの暑さという日が何日かあり、これだけ天候が不安定で気温が高いと、どうしても体調を崩しがちです。 そこへ新型コロナの…

この1枚から コロナ移動自粛解除・緑深まる夷隅に映える黄色い気動車

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言が解除されてから、間もなく1か月が経とうとしています。この間も、ニュースでは東京都で感染者が増えたとか、世界中ではさらに増加してい…

この1枚から 2004年頃の二子玉川・東武30000系が走っていた頃

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 写真を撮りためていく、いつの間にかその数は膨大になってしまい、いったい何枚採ったのか分からなくなります。 昔のように銀塩フィルムを使っていた頃なら、フィルムや現像の費用がかかるので…

この1枚から 孤軍奮闘を続け短命に終わった営団06系

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 鉄道車両の多くはどんなに短くても20年以上は走り続けます。JR東日本の209系が登場したときに、「従来の車両寿命の半分」なんてことが言われ、口の悪い(失礼)鉄道マンからは「使い捨て電車」…

この1枚から 不遇な都営三田線の6000形

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとございます。 都心部を走る地下鉄の多くは、特別な事情がない限り地上の鉄道線へ直通運転をしています。 例えば、このブログでも取り上げた東京メトロ日比谷線は、東武鉄道伊勢崎線と相互に乗り入れています。…

この1枚から 旧型電機を想起させる私鉄電機・大井川鐵道ED500

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 私鉄の電気機関車というと、どのような車両を思い浮かべるでしょうか。 国鉄時代の鉄道貨物全盛期なら、多くの私鉄でも貨物輸送が行われていました。私鉄の駅でも、国鉄のように貨物取扱駅とな…

この1枚から 地上時代の元住吉駅とたった1日だけの「横浜」行き

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 桜の花が咲き始める頃になると、鉄道は一足先に新年度を迎えます。4月1日から年度が替わりますが、それに先だって3月14日前後にダイヤ改正をするのが恒例になりました。 この時期にダイヤ改正を…

この1枚から 雨の中を走り去る営団3000系・1986年頃の多摩川園駅

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 先日、1984年頃の多摩川園駅から発車する、赤帯のない時代の東急8000系の話題をお届けしました。 今回は、同じ日に撮影した営団3000系をご紹介します。 この頃の東横線は、各停と急行は渋谷駅ー…

この1枚から ノーシル・ヘッダーのデハ3500・1987年の蒲田駅

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとございます。 東急電鉄といえば、いまや当たり前になったステンレス王国を早い時期から築いていました。日本初のオールステンレス車である7000系を筆頭に、数々の新機軸を取り入れた車両を世に放ち続けていまし…

この1枚から 見ても乗っても楽しかった相鉄の鋼製車・相鉄6000系

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 相模鉄道といえば、最近はJR東日本との相互直通運転を始めたり、東急線と相互直通運転を目指して新線を建設したりと、話題の絶えない鉄道事業者です。これらの運転に備えて新車も増備中ですから…

この1枚から 異色の前面を持った「分割編成」・東急1000系

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 世の中には時として、「他とは違う」ということがあります。鉄道車両ではあまり例を見ることはありませんが、時として「異端」と呼ばれる車両が登場することがあります。 古くは国鉄のEF55やEF1…

この1枚から 1991年の東横線・営団地下鉄03系

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 前回、1991年の東横線新丸子駅で撮影した東急7000系の写真をご紹介しました。 7000系といえば日本初のオールステンレス車として1960年代終わりにつくられましたが、時代が平成に変わった1990年…

この1枚から 1991年の東横線・東急7000系

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 いつも楽しく拝読させていただいているブログ様で、時折ステンレス車について取り上げておられます。こちらの記事では、ステンレス車でもコルゲート板と呼ばれる波板をつけた、1980年代までにつ…

この1枚から 昔日の勇姿を伝える美唄鉄道の蒸機

いつも拙筆のブログを音海いただき、ありがとうございます。 現役を退いた鉄道車両の多くは解体されて処分されてしまいます。しかし、中には用途を失い、運用を離れ、廃車になっても解体処分されることを免れ、保存という形で現役時代の姿を残すものもありま…

走り抜ける「昭和の鉄道」 京の都から浪速へ川沿いを走る老兵・京阪2200系電車【5】

昭和の半ば、1964年につくられて以来、数々の改修を受けながら、時代に合わせた性能をもって京都-大阪間の輸送に徹し続けた京阪2200系は、21世紀に入った2000年代でもその存在感は後輩たちと同じでした。 1999年代に最新式のVVVFインバーター制御を採用した…

走り抜ける「昭和の鉄道」 京の都から浪速へ川沿いを走る老兵・京阪2200系電車【4】

1980年代に入って改修工事を受けた2200系は、電装品を新しいものへと交換し、省エネ性を高めました。そして、車体にも大きな改修が加えられ、誕生してから20年目で装いを新たにします。 人間でいえばちょうど二十歳。いわば、成人式を迎えて学生服からスーツ…

走り抜ける「昭和の鉄道」 京の都から浪速へ川沿いを走る老兵・京阪2200系電車【3】

1964年につくられて以来、実に50年以上もの間走り続けてきた京阪2200系電車。その顔のおでこには、これまた京阪電車の特徴の一つともいえる大きな二つの前灯があります。 前面上部、人の顔でいえばちょうどおでこのあたりに、左右に振り分けられた二つの前灯…

走り抜ける「昭和の鉄道」 京の都から浪速へ川沿いを走る老兵・京阪2200系電車【2】

1964年からつくられ、それ以来時代に合わせた改良を受けながら、京の都から浪速までの間を川沿いに走り続けている京阪2200系電車。 時代に合わせた改良・・・とはいっても、基本的にはつくられた当時とほとんど変わっていないといっても過言ではないでしょう。…

走り抜ける「昭和の鉄道」 京の都から浪速へ川沿いを走る老兵・京阪2200系電車

子ども頃、鉄道を題材にした絵本に描かれていた電車の中で、なぜか印象深く記憶に残っているのが近鉄特急と京阪電車。全車は特急用の車両で、しかも「ビスタカー」という愛称とともに、2階建車両を挟んだ独特の流線型をしていたので、幼い少年の記憶に焼き付…

工業製品として見た東急7000/7700系【2】

2.工業製品としてみた7000系 1969年につくられて以来、途中電装品の改良を加えながらも50年以上走り続けてきた7000系/7700系。多くの鉄道車両が40年ほどで引退していった中、50年以上というのは驚異的とってもいいでしょう。 ここでは、この50年以上も使い…

走り抜ける「昭和の鉄道」 マルーンの艶やかさは移籍先でも・能勢電鉄1500系(Ⅲ)

マルーンの艶やかさは移籍先でも・能勢電鉄1500系(Ⅲ) 元は阪急2100系として誕生した能勢電鉄1500系。 長年親会社での勤めを終え、子会社へ移籍しても阪急電鉄のこだわりともいえる艶のあるマルーンの車体を保ち、車内も大きく手を加えることもなかったので…

工業製品として見た東急7000/7700系【1】

1969年に就役して以来、途中電装品の交換による改造を受けながらも、50年という長きにわたって走り続けてきた東急7700系が、11月24日の運行をもってその歴史に幕を閉じました。 さよなら列車の運転の様子は地上波のニュースにも取り上げられたほどで、鉄分の…

走り抜ける「昭和の鉄道」 マルーンの艶やかさは移籍先でも・能勢電鉄1500系(Ⅱ)

マルーンの艶やかさは移籍先でも・能勢電鉄1500系(Ⅱ) 阪急電鉄での勤めを終えた2100系は、正面に少しだけ手を加えられて子会社である能勢電鉄へと籍を移しました。ちょうど長く勤めた会社で定年になり、残りの勤めを子会社へ出向したり転籍したりするサラ…

走り抜ける「昭和の鉄道」 マルーンの艶やかさは移籍先でも・能勢電鉄1500系(Ⅰ)

マルーンの艶やかさは移籍先でも・能勢電鉄1500系(Ⅰ) 大都市で過酷な通勤ラッシュを支えて走り続けた鉄道車両も、月日が経ち新たにつくられてやってくる後輩が増えると、その役目を終えて引退していきます。多くはその功績を称えられつつも、車両工場など…

走り抜ける「昭和の鉄道」 21世紀にも通じる車両の始祖・東急7700系(Ⅱ)

日本で最初のオールステンレス車、東急電鉄7000系電車の電気機器を新しいものに取り替え、池上線と目蒲線(後に多摩川線)で3両編成という短い編成を組んで、東京の城南地域の住宅街を走り続けた7700系電車。 骨組みから台枠、そして車体に至るまで構造上や…

走り抜ける「昭和の鉄道」 21世紀にも通じる車両の始祖・東急7700系(Ⅰ)

北は北海道から西は九州まで、いまやどこの列車に乗ってもステンレス車体の車両に乗ることができます。そのほとんどはペンキ要らずで、ステンレスの地肌をそのままにして銀色に輝かせ、アクセントと路線の識別のためにシンボルとなる色の帯を巻いています。 …