旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第二章 見えざる「安全輸送を支える」仕事・研修が終わったからといっても【後編】

広告

◆研修が終わったからといっても【後編】

 風呂掃除が終わると、頃合いを見計らって浴槽にお湯を入れていく。これも風呂掃除をした職員の仕事。資格が要らない簡易ボイラーのスイッチを入れて、浴槽の蛇口をひねる。ただそれだけだが、これが意外に難しい。お湯は熱すぎてもダメ、ぬるすぎてもダメなので、適温になっているかどうかを確かめに、一定時間ごとに湯加減を見なければならなかった。そして、熱ければ水の量を増やし、ぬるければ水の量を少なくして調整をする。特に冬は寒い気温も手伝ってお湯が冷めやすいから、ちょっと熱めにしておくのがコツだった。そうすると、風呂に入る頃には適温になっている。
 風呂を入れる時には湯加減も大事だったが、お湯が湯船から溢れないようにするのも大事だった。これもなかなか難しく、仕事をしながら時計をみて、今頃かな?と思うタイミングで見に行く。そうすると、たいていはちょうどいいくらいか、あと数分でできあがりということが多かった。
 ところが、何回か失敗したこともあった。風呂掃除を終えて、浴槽にお湯を入れ始めたまではよかった。
 ところが、仕事に集中するあまり風呂当番ということをすっかり忘れてしまい、気がついたら予定した時刻よりも20分近く過ぎていた。慌てて風呂場へ向かうと、浴槽からはお湯があふれ出していて、洗い場が洪水でも起こったようにお湯浸しだった。私は慌てて蛇口をひねってお湯を止めた。さて、このまま先輩たちが入ったらとんでもないことになってしまうと考え、今度は浴槽の排水栓を開けてお湯を抜くことにした。ところが、そういうときに限って私宛に電話なんかかかってくることもあって、そのままでは今度はお湯がすべてなくなってしまうと、排水栓を閉じた。浴槽の上から数センチほど抜けただけだったので、後でもう一度抜こうと詰所へ戻って再び仕事。電話に出たのが最後、意外に対応するのに時間がかかってしまい、ようやく終わった頃には終業を知らせるチャイムが鳴ってしまった。そう、先輩たちは何も知らないまま風呂へ行ってしまったのだ。そして、風呂から上がってきた先輩からは、
「おい、今日の風呂当番は誰だ?」
「スミマセン、私です」
「ナベか?お湯がたっぷりでスゴかったぞ」
「おお、大洪水でみんな流されてしまったよ」
 もちろん、叱られたというより、冗談も交えながらの注意。ワザとそんなことをしたり、風呂すら入れることができない能力しか持っていなかったりするのではないことを先輩たちは知っていたので、それだけで済んだから本当によかった。