旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第一章・その9「全般検査」(2)

 全検入場二日目。下回りの艤装を外されたED76は、いよいよ下回りと車体との切り離しだ。二台の天井クレーンからワイヤーが下ろされ、車体の4か所にそのワイヤーを固定させていく。これも、長年の経験がものをいう作業のようで、玉掛けの資格を持つ先輩たちが手際よくワイヤーを固定させていった。

 そしていよいよ台車と車体の切り離し。二台の天井クレーンがゆっくりと車体を持ち上げていく。作業全体を指揮する主任が無線機で、天井クレーンの操作をする車両技術係に的確な指示を出すと、クレーンはその指示通りに動いていった。

 この二台の天井クレーンを使って車体を持ち上げるという、文章に書くと簡単な作業だと思われるかも知れないが、実はこの作業は非常な危険が伴うもので、少しでもバランスを崩してしまうと一気にワイヤーが外れてしまい大惨事になってしまう。天井クレーンにはそれぞれ一人ずつの職員が乗り組んで操縦をするが、阿吽の呼吸でバランスを崩すことなく車体を吊り上げ、そして別の場所へと運んでしまう。例えるなら、クレーンのシンクロナイズドスイミングだろう。

 まさしく大きな車体を軽々とつり上げて別の場所へと運んでしまう様は圧巻だったし、何より僅かにもずれることなくバランスを保ちながら二台の天井クレーンが姿に感心せずにはいられなかった。

 それから十日くらい経ったある日、ナナロクの1016号機は痛んでいた車体も綺麗に補修されて、最後の工程である塗装職場へと入っている姿を見た。窓やライトなどはマスキングされ、大型のスプレー機を通ると鮮やかな赤色に塗られて、それはまるで新車のように蘇った。

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 塗装職場は車両所(工場)の中でも一際特殊な職場で、塗装を担当する職員は吹き付けられる塗料を吸い込まないように防塵マスクにゴーグルという完全装備だった。粒子状になった塗料を吸い込んでしまうと、それは肺に蓄積されていきやがては命に関わる病にかかってしまう。

 私はその作業を遠目に見ながら、ブレーキシューの鉄粉がこびりついてしまい、赤茶色に汚れたいかにも貨物機らしいカマがピカピカに光る姿に思わず感動してしまった。

 そして、近くにいた先輩に、「連結器とか手すりを銀色に塗ったらもっと綺麗になるのでは」というと、「何言っちょる。そげんこと、するには本社の許可がないとできんけん」と笑いながらいった。 

 それは無理もない話だろう。そんなことを勝手にしてしまっては、会社だけではなく鉄道ファンも大騒ぎになってしまうだろう。後で知ったことだが、そのような特別塗装はお召し列車を牽引した履歴のあるカマだけの特権であり名誉の証だ。今考えると、なんと無知なことかと恥ずかしくなってしまう。

 無事にナナロクの1016号機は平成3年5月に全検をパスし、装いも新たに小倉車両所を出場していった。これを書いている2017年現在、多くの僚機が老朽化や運用の減少を理由に廃車となっていた中で、今なお門司機関区に配置されて活躍しているのは嬉しいことだ。