《前回のつづきから》
戦後に開発された気動車は、ガソリンよりも安全性の高い軽油を燃料としたディーゼルエンジンを採用することにしました。戦前に一応の基礎設計が完了していたとはいえ、開発の中断と技術の途絶、そして戦時戦後の混乱によりこれらの設計資料が散逸するなどの混乱もあったようですが、国鉄の技術陣とメーカは苦労の末に初の制式ディーゼルエンジンであるDMH17系を開発しました。
総排気量17,000cc、直列8気筒のこのエンジンは、基本的にはシリンダーを横置きにするもので、出力は150PSから180PS程度にとどまりました。これほどの排気量で、しかも直列8気筒というエンジン構造の割には非力で、しかも燃料消費量も多く経済性が悪いにも関わらず、国鉄はこのエンジンを気動車に装備する標準機関としました。それでも、このエンジンが完成したことは、国鉄にとって大きな意味をなし、気動車の量産による動力近代化に大きな弾みとなったことは間違いないでしょう。
一方で、ディーゼル機関を搭載した気動車の開発にあたって、変速機の問題を抱えていました。戦前にも液体式変速機は開発されていたものの、第二次世界大戦によって中断され、戦後に開発が再開されたものの量産にまでは今しばらくの時間が必要でした。とはいえ、総括制御が可能な気動車の開発と配備は喫緊の課題でもあったため、国鉄は電気式と液体式の療法を製造し比較することにしたのでした。
電気式はディーゼルエンジンを発電用とし、発電機で発生させた電流で台車に架装した主電動機を駆動させて走行するもので、駆動方式は国鉄としては珍しい直角カルダンを採用していました。
一方、液体式はディーゼルエンジンを走行用として用い、エンジンの回転をトルクコンバーターを通じて駆動輪に伝えます。自動車で言えばオートマチックミッション(AT)のそれに類似し、速度が上がるとともに変速段も変化していきます。
そして、両者を比較した場合、電気式では電車などの技術を応用でき既に確立された技術を使うため、比較的ハードルが低いという反面、発電機や主電動機などの電装品を装備しなければならないため、重量が嵩むという欠点がありました。このことは、非力なDMH17系エンジンにとって最大の弱点にもなり、25‰程度の勾配を登るときには10km/h以下にまで速度が下がるなど運行上の支障にもなりえました。加えて、電装品を装備する分だけ、製造コストが高くなるという点でも芳しいものではありませんでした。
液体式では、電気式の多くの弱点をカバーできました。発電機や主電動機といった電装品も必要ない分、自重も軽くすることができました。このことは、非力なDMH17系にとっては有利に働くことになり、電気式のように勾配での速度低下はあってもそれほどひどいことには至りませんでした。
こうして、国鉄は電気式と液体式を比較した結果、搭載する機器も少なく、車両の重量を抑えることができ、製造コストも比較的安価になる液体式を採用することに決め、キハ10系以降の国鉄気動車においてスタンダードとなっていったのでした。
キハ10系以降、国鉄が製造する気動車は、DMH17系エンジンと液体変速機の組み合わせが定石となりました。
鉄道博物館に保全展示されているキハ11 25(鉄道博物館 2018年9月6日 筆者撮影)
しかしながら、この国鉄初の制式ディーゼルエンジンであるDMH17系の非力で抵抗率は如何ともし難いものがありました。そのため、キハ10系では車体サイズを客車や電車と比べて小さめにして車体重量を抑え、客室も壁面はベニヤ板に塗装を施した簡易なものとし、客室容積の少なさからなのか座席も肘掛けを省略し、背もたれも中板を省略して詰め物だけを入れただけの粗末なもので、座り心地はお世辞にもいいとは言えない代物でした。
加えて、台車も軽量化のために枕ばねは通常であれば金属のコイルばねか板ばねを使うところを、防振ゴムブロックを使ったDT19形を装着したため、軌道の凹凸やレールの継ぎ目などで起きる振動を吸収しきれない硬いものとなり、乗り心地は最悪とまで評されるほど良いものではありませんでした。
キハ10系が装着したDT19系台車。枕ばねに防振ゴムブロックを使っていたため、軌道の状態に起因する振動を吸収しきれず、乗り心地はよくなかったという。(鉄道博物館 2018年9月8日 筆者撮影)
後に10系客車で車体の軽量化技術を確立したことから、キハ20系からは車体サイズもある程度客車や電車のものへと近づくことができ、さらに軽量化された分だけ内装の壁面もアルミデコラ板にし、座席も一般的なボックスシートを装着するなど面目を一新することができました。こうして、車体の軽量化による装備の充実が可能になると、さらにこれを準急列車に使うことを前提としたキハ55系や、通勤型のキハ35系、キハ20系の改良型ともいえるキハ45系、さらには急行列車用に接客設備の改良を行ったキハ58系、そして気動車特急用のキハ80系へと、DMH17系を搭載した気動車は続々とそのファミリーを増やしていったのでした。
《次回へつづく》