(4)事故調査結果を将来の安全につなげる【後編】
しかしながら日本では、JTSBの調査資料を刑事訴追の証拠としたり、時には調査官を承認として法廷に呼び出した事例があります。
1997年に起きた日本航空MD-11型機駿河湾上空乱高下事故では、機長の過失責任を問う裁判で、検察はJTSBの前身である航空事故調査委員会の調査資料を証拠として提出、さらに事故調査官を証人として法廷で証言させました。民間航空機の国際的な取り決めを定めたシカゴ条約に抵触するこの事例は、航空機や鉄道といった交通機関で事故が起きた時、日本では事故原因の追及と安全対策より、関係者の刑事責任を追求することを優先しているとも考えられます。真の原因を探り出し、類似の事故を起こさないためには、関係者が真実を証言することはとても重要なことなので、こうした刑事訴追に利用されるというのは好ましくありません。
このように、日本のJTSBは交通機関で起きた事故や重大インシデントの原因を、専門的見地から調査する機関ですが、刑事責任を追及する警察などの他の捜査機関に対しては比較的弱い立場であると考えられます。
また、JTSBが調査した鉄道事故や重大インシデントの調査報告書や勧告についても指摘しておきたいと思います。
JTSBは様々な見地から事故原因を追究し、その結果を報告書としてまとめ公開しています。そのうち幾つかの事故について閲覧しましたが、筆者はある疑問を抱くようになりました。というのも、信号回路の結線不良(誤った回路を構成したなど)や明らかな機器類の破損は別として、その結果の多くは人為的なミスという結論づけが多く見受けられました。システムそのものの不良・欠陥や車両やそれに装備される機器類の不具合・特性などを考慮した、あるいはそれらについて原因の一部ではないかと考え調査したものがほとんどありませんでした。
一例を挙げると、2014年2月15日、いわゆる「バレンタインデー大雪」とも言われた日に起きた東急東横線列車衝突事故です。当日は降雪が酷く、線路上にもうっすらと積雪がある中、約60分以上の遅延した列車が同じく遅延していた先行列車に追突するという事故が起きました。この事故でJTSBは降雪によりブレーキ力が不足したことが事故の原因と結論づけました。
たしかに、レール上面に積雪があれば、車輪とレールとの間の摩擦係数は減り滑走しやすい状態になります。そのとき、ブレーキをかけても車輪と制輪子(ブレーキパッド)の間に雪などが挟まり、ブレーキ力を弱めることは十分にあり得ることです。また事故報告書では、ブレーキ力が不足したのは制輪子と車輪の間に雪と埃が混ざった異物が挟まれたためともしています。そして、JTSBは今後類似事故を防止するために、制輪子の定期的な清掃を行うこと、耐雪ブレーキの使用時期の明確化、そして積雪時における運転速度の規制を鉄道会社に求めました。
ここではこの事故について詳しい言及はしませんが、積雪時における耐雪ブレーキの使用時期の明確化や取扱い基準などは、鉄道事業者への勧告だけではなく、鉄道行政を司る国土交通省への安全勧告をするべきではないかと考えます。これは、基本設計を一にする類似構造の車両が多数走る今日において、今後類似の事故を防ぐためにも有効だと考えられるからです。
欧米、特にアメリカではこのような事故が起きた場合には、NTSBは鉄道事業者だけではなく、連邦鉄道庁へも安全勧告をする例が多数ありました。また、NTSB自身が出した過去の勧告に修正すべき点があると、その勧告を自ら破棄ないし修正をして常に新しく適切なものへとアップデートしている点が特筆されるでしょう。そういった点において、NTSBの事故調査はあらゆる専門的な研究の行い、過去の類似する事故についても調査の参考としている点で、JTSBが行う事故調査とは一線を画しているといえます。
以上のように、JTSBの行う事故調査には、独立した強い権限を与える必要があるのではないでしょうか。関係者の証言や事故の証拠といったものを、JTSB自身が確保することで、将来起こりうるであろう事故を未然に防ぐあらゆる措置を講じる勧告もさらに踏み込んだ物になるといえます。また、刑事責任を追及する警察の捜査や、刑事裁判の証拠として採用することは、関係者から真の証言を得ることを妨げる可能性が強いことは明白であり、こうしたことを避けるためにも独立した権限がJTSBには必要だと考えられます。