旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

国鉄車に引けを取らなかった富士急の意欲作 富士急行5000形【2】

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《前回からのつづき》

 

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 地方私鉄である富士急行は、保有する車両も必要最小限しかなかったため、2両が廃車になったことで運用に余裕がなくなります。そこで、事故廃車になった2両の代替として、新たな車両を確保する必要が出たのでした。

 大手私鉄で廃車になった車両を譲受する方法も考えられたと思いますが、富士急行はそうはせず、新たな車両を設計製造することにしたのです。

 1975年に登場した5000形は、3100形以来久しぶりの新製車でした。

 5000形は20m級の車体長をもち、車体幅は裾絞りのある2,950mmという、私鉄としては大型の車両でした。このサイズは、国鉄の近郊形電車である113・115系の2,900mmよりも50mmも広いもので、地方私鉄である富士急行としてもかなり過大な車両ともいえます。

 

富士山麓電気鉄道富士急行線下吉田駅に保存されている5000形電車。2019年まで運用された5000形は、写真のように「きかんしゃトーマス」のラッピングが施された状態だった。富士山麓電気鉄道(当時は富士急行)が運営する富士急ハイランドと連携したもので、多くの子どもたちを楽しませ人気があったという。現役時代の姿のまま保存され、車内も見学できるので当時を偲ぶこともできる。(モハ5001 下吉田駅 2021年12月28日 筆者撮影)

 

 このあたりは、恐らく国鉄の近郊形電車を意識したことや、数少ない車両で多くの乗客を捌く必要性から、最大幅の拡幅車体が採用されたと考えられるでしょう。また、乗降用扉は片側2箇所とされ、扉も幅1,300mmの両開き扉であり、戸袋部分にはロングシートを、そして扉間はロングシート部を除いて固定クロスシートが配置されるなど、国鉄417系など2扉近郊形電車に通じる客室配置となりました。

 一方、5000形は私鉄の車両だけあって、居住性にはかなり気を配っていました。固定クロスシートのシートピッチは最大で1,520mmと広くとり、足元に余裕のある設計がされました。これは、国鉄の急行形電車である165系のシートピッチが1,460mm、417系やシートピッチ改善車である113系2000番代などは1,490mmであることを考慮すると、相当なゆとりをもたせたことになります。もっとも、これだけシートピッチを広げると座席の設置数を減少させざるを得なくなりますが、通勤輸送よりも観光輸送に重点を置くのであれば、着席時の快適性は優先事項だったと考えられます。

 また、5000形は新製当時から冷房装置を装備していました。屋根上には三菱電機製のCU-121分散式冷房装置が4基設置され、1台あたりの冷凍能力は10,000kcal/h、車両全体では40,000kcal/hを確保しました。115系など国鉄近郊形電車では冷凍能力45,000kcal/hのAU75集中式冷房装置を装備していましたが、乗降用扉が2箇所であることを考えると、必要十分な性能をもたせたといえます。1970年代に新製された地方私鉄の車両としては「大盤振る舞い」といっても過言ではないでしょう。

 

地方私鉄が製造した車両としては、新製時から冷房装置が設置されていた。国鉄の車両とは異なり、分散式冷房装置を採用することで屋根の強度も一定程度あればよく、その分だけ製造コストを抑えながらもサービス水準を向上させていた。5000形は「きかんしゃトーマス」のラッピングが施されていたが、車内も写真のように明るく楽しい図柄がラッピングされているが、天井部にまで施されていたため、鉄道車両にありがちな機能重視とは程遠く感じられる。(モハ5001 下吉田駅 2021年12月28日 筆者撮影)

 

 車両前面は国鉄の急行形・近郊形電車に通じる意匠となりました。折妻で中央部に貫通扉をもつ貫通構造であり、その貫通扉の上には行先表示器を備えていた点でも、いわゆる「東海形」に似たものでした。運転台も高い位置に設置される高運転台構造を採用するなど、やはり「東海形」に類似の意匠でした。

 一方で、前面窓は「東海形」のように前面窓が側面に回り込む「パノラミックウィンドウ」ではなく、簡素な平面ガラスが使われていました。また、運転士側・助士席側の窓ガラスは凹んだ部分に設置される「額縁スタイル」に近いものがありました。加えて、前部標識灯は行先表示器の左右に2箇所、幕板部分に設けるなど、どことなくキハ58系にも似た意匠とされたのです。

 

国鉄近郊型電車に近い設備をもった5000形だが、前面はオリジナリティーが溢れていたといえる。折妻構造で貫通扉も備えた前面構造は、国鉄113・115系にも通じるものだが、前面窓はパノラミックウィンドウではなく、平面ガラスが使用されていた。こうした細かい部分に違いがあったが、製造コストを抑えるためのものであったであろう。(モハ5001 下吉田駅 2021年12月28日 筆者撮影)

 

 富士急行5000形は、国鉄近郊形電車を意識した接客設備を備え、地方私鉄の電車としてはこれ以上望むべくもない車両といえます。他方、メカニズムの面ではかなり手堅いものになっていました。

 主電動機は1時間定格出力75kWの三菱電機製MB-3045-Dを搭載していました。連続した勾配を抱える富士急行線で運用するには少々出力不足の感も否めなく、また、国鉄115系が装備していたMT54(出力120kW)と比べても、出力の低さがわかります。この主電動機は営団地下鉄3000系に装備されたものの系統に属するもので、比較的運転速度の低い地下鉄線用のものと考えられます。

 この主電動機を採用したことで、5000形は高速性能に難があったといえます。また、歯車比も営団3000系と同じ98:15に設定されていました。この歯車比はどちらかと言うと低速寄りといえるものです。実際、東横線に乗り入れていた営団3000系に乗って、最も速度が出やすい日吉−綱島間で観察していたことがありますが、加速はよかったものの高速域に入ると加速は頭打ちにになり、モーター音は唸るものの何とか90km/hに達することができたものでした。

 5000形が営団3000系と同じ主電動機で、しかも歯車比まで同じ設定ということは、高速性能よりも加速性能、そして勾配路線で起動できるトルク重視であったといえるでしょう。また、既に他社で実績のある機器を採用することで、製造コストを軽減し、加えて開発につきものの初期不良等のリスクも減らしたのでした。

 台車もまた、既に実績のあるものを採用しました。国鉄で数多く使われたDT21と同型である、日本車輌製ND-112を装着していました。この台車は、枕ばねに金属コイルばねを使い、軸箱支持はウィングばねを装着する、オール金属コイルばねをつかったものでした。DT21との違いは、オイルダンパーを装着していたことと、車輪フランジの摩耗を防ぐ軌条塗油装置、そしてスノープラウを装備していたことでしょう。

 

5000形電車が装着していた台車は、国鉄113・115系に使われていたDT21系と同等品である、日本車輌製造製のND-112である。すでに多く製造され、実績のある装備品を採用することは、資金面で厳しい地方私鉄が車両を新製する時に使われる手法だが、5000形もその方法が使われた。これは、国鉄が設計開発したものは「国民の共有財産」という考えから知的財産権の面で制約がなかったからと考えられる。写真を見てもわかるように、国鉄のDT21とまったくといっていいほど変わりがなく、性能面でも変わらないものだったという。(モハ5001・ND-112 下吉田駅 2021年12月28日 筆者撮影)

 

 こうした機器を採用したため、5000形の運転最高速度は65km/hという低さで、これは国鉄の専用貨物列車Aの75km/hよりも低く、黄帯を巻いた貨車で組成される専用貨物列車Bと同じものでした。この速度性能であったため、台車も高速性能を重視した空気ばねではなく、安価な金属コイルばねを使ったものでも十分だったといえます。

 他方、5000形は富士急行線という勾配が連続する路線で運用することが前提であったため、発電ブレーキと抑速ブレーキを装備していました。大月から河口湖へ向かう下りでは上り勾配ですが、逆に上り列車は勾配を降り続けるため、この装備は欠かすことのできないものです。

 

5000形電車の運転台は、高運転台構造で貫通扉もあるため、写真のようにまとめられていた。レイアウトは国鉄近郊型電車とほぼ同じであるが、主幹制御器とブレーキ弁に違いがあった。このように、国鉄車に酷似したレイアウトとされたのは、恐らくは5000形を国鉄線に直通させることを見据えていたのかもしれない。同じレイアウトであれば、直通先となる国鉄の運転士も、違和感なく操縦が可能になるからであろう。(モハ5001 下吉田駅 2021年12月28日 

 

 また、ブレーキは電磁直通ブレーキを装備していましたが、これに加えて予備として直通予備ブレーキと、1両あたり2基の手ブレーキを装備していました。通常であれば手ブレーキは1基で十分でしたが、5000形ではあえて2基を装備させました。これは、そもそも5000形新製の理由の一つとなった、3100形が事故廃車にあると考えられます。

 

《次回へつづく》

 

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