6.不足する乗務員をカバーするための自動運転技術
近い将来予想される運転士不足は、少子高齢化に伴う労働生産人口の減少と、国鉄時代からの運転士の大量退職という二つの現象に起因していることはお分かりいただけたと思います。
そもそも、JR東日本としても、安全運行に僅かでも疑問符がつくような技術を導入することに、躊躇いもあったことは容易に想像できることだといえます。
加えて国鉄時代からの労働組合の流れの中で、安易にこのような技術を導入しようとすれば、いくら労使協調であるとはいえども労組側は難色を示し、幾度もの交渉を余儀なくされるといえます。
しかし、近い将来、そうも言っていられない状況が必ず発生します。
運転士の不足は、鉄道事業者にとって致命的です。
しかも運転士の育成は一朝一夕に行くものではありません。
業界は異なりますが、似たような事例として航空業界ではパイロット不足が問題になっています。
LCCの台頭で飛ばす飛行機は増えたものの、それを飛ばすパイロットの供給が足らないというのです。慢性的なパイロット不足は、LCCを中心にしばしば欠航ということも起こっています。
toyokeizai.net また、慢性的なパイロット不足により、少ない人員で無理なやり繰りをすることによって、過重な労働を強いてしまうことも現実として起きています。
その結果として、働く人のモチベーションを大きく下げてしまい、挙げ句はモラルハザードを引き起こして不祥事につながるケースも散見されます。
mainichi.jp JR東日本も、こうした事例を看過することはできなかったのでしょう。
そこで、奥の手である地上在来線の自動運転化という、これまでの鉄道の常識を大きく覆す方法で対応しようとしている、といえるでしょう。
JR東日本の考える地上在来線の自動運転化は、いわば運転士不足を最新技術でカバーし、これまでと同等の列車の運行を確保しよう、というものだといえます。
7.自動運転の実用化・・・そのハードルは高い
簡単に自動運転化といっても、そのハードルはかなり高いといっても過言ではありません。
これまでATOの導入によって自動運転化を実現した路線は、人が軌道敷内に容易に入ることができない地下鉄か高架上を走る鉄道でした。駅のホームから侵入することも想定できますが、こちらはホームにホームドアと柵を設置すれば防ぐことが可能です。
しかし、JRの路線のほとんどは地上を走っています。高架線上に線路がある路線もありますが、これらはあくまで踏切とそれに伴う道路交通の混雑の解消を目指した「立体交差」であり、全線に渡って高架化されているものではありません。
地上を走る在来線には、当然のことですが踏切もあります。場所によっては、軌道敷と並行する道路などの間には簡単な柵が設けられているだけとか、ともするとその柵すらもなく簡単に人が立ち入ることができそうなところが数多くあるのです。
そうした立地環境の中にあって、運転士が乗務しない列車が高速で走らせるためには、列車の安全確保だけでなく、異常時に適切な対応・・・例えば人の軌道敷内の立入による非常ブレーキをかけて事故を回避または軽減するといったことを、自動でできるようにしなければなりません。
▲もともとは運転士と車掌が乗務し、運転士による手動運転であった都営地下鉄三田線も、東急目黒線と相互乗り入れと一部の線路施設を営団南北線と共用する関係から、すべての駅にホームドアを設置しATOによる自動運転に切り替えた。これにより車掌の乗務が省略されワンマン運転へと移行した。在来の鉄道が自動運転に切り替えられる例はあるが、地下鉄という特殊な環境であるが故に実現できたといえる。(写真は東京都交通局6300形電車 2018年6月・多摩川駅 筆者撮影)
また、地上を走る鉄道は天候にも左右されます。
例えば晴天の昼間に走る乗客の少ない列車と、運転で朝のラッシュ時間帯に走る乗客を満載した列車では、同じところを走っていても一定の速度に達するまでの加速距離や、駅へ進入して停まるまでの制動距離やブレーキ操作は大きく異なります。これが積雪でレールにシャーベット状になった雪が積もれば、なおさらブレーキのかけ方も変わってきます。
自動運転化では、こうした時間帯の違いによる乗客の増減、天候によるレール面の状態の違いによって、運転方法が微妙に違うということにも対応しなければなりません。
人間の運転士がそうした情報を得て、その時々の環境にあったハンドルさばきで適切な運転操作で安全に列車を走らせています。それは、経験を積んで磨かれた技術の為せる業といえるでしょう。そうした人間ならではの細かく、その時々に応じた加減を、コンピュータが制御する自動運転装置にできるかということが、自動化に際しての大きな課題であるといえます。
今日、コンピュータをはじめとした情報技術や、それを応用した様々な自動化技術は大きく発達しました。もしかすると、「そんなの杞憂にすぎないさ。いまの先進技術をもってすれば、列車の運転など人間以上に正確で確実にできる」という方もおられるかも知れません。
確かに、ここ10年ほどの技術の進歩は目を見張るものがあります。
人工知能=AI技術の発達も驚異的といっても過言ではないほどです。しかし、そのAIの発達は、ともすると私たち人間にとって「脅威」となりかねないと懸念される向きもあるのも、また事実です。
近い将来、人間の仕事の大半はAIに取って代わられ、人間のする仕事がなくなっていく、なんてこともささやかれています。
こうした高度な先進技術をもってしても、人間のようにその場に応じたきめ細かく臨機応変な思考と技術を、はたしてAIが人間のようにできるのかということも大きな課題となるといえます。
平成最後の正月が明けて間もない2019年1月7日の未明に、JR東日本は山手線で自動運転の試験運転を実施し、その試験の模様を公開しました。
この試験運転では特にトラブルというものもなく、すべてが滞りなく終えることができました。これで、自動運転が実用化ができると考えるのは時期尚早だといえます。
なぜなら、この試験運転は山手線で行ったとはいえ、ほかの営業列車がすべて運転されていない未明の2時頃に行われました。この時間帯は道路の交通量も非常に少なく、沿線は日中とは異なり人の姿もほとんどありません。駅もホームドアが設置されていない駅がほとんどで、その駅には当然ですが乗客など一人もいませんでした。
言い換えれば、人がほとんどいない環境での試験運転だったのです。
もちろん試験である以上、不測の事態も想定しなければなりません。安全を最優先したために、この時間帯での試験となったのはごくごく自然なことです。
この試験結果を基に、今後、営業列車でも自動運転が可能かどうかを検討し、さらなる開発と試験が行われるでしょう。実用化まではまだまだ超えなければならないハードルもありますが、この試験はその第一歩であるといえます。
8.終わりに
どの業界、どの仕事でも「人手不足」が叫ばれています。
本当に「人手不足」なのかは別の稿に譲るとして、鉄道では、特に国鉄末期の新規採用を中止したツケが回ってきて、ベテランの大量退職とともに、それを継いでいく次の世代が極端に少ないことと、さらにその後を継ぐ若手が少子化の影響で減少している影響をまともに受けてしまったといえます。
また、運転士は適性検査や医学検査に合格しなければならず、誰でも希望すれば慣れるという職種ではありません。そもそもの分母が少なくなっているのですから、ただでさえハードルが高いが故に運転士になる職員の人数が抑えられてしまうのが、余計に少なくなってしまいます。
こうした環境の中で、鉄道事業者はその策として列車の自動運転化を追求するのは当然のことだといえます。
筆者は常々、鉄道は多くの人が介在することによって、安全で確実な輸送を実現する巨大なシステムであると考えてきました。しかし、そこに介在する人を安易に省略してしまっては、安全輸送の実現は難しくなりシステムは崩壊していくともいえます。
しかしながら、生産年齢人口の減少という社会現象に対しては、こうした論理も無理があるといえるでしょう。
そうなると、やはりそれを補うためには、自動化するほか手の打ちようがないというのが現実だといえます。
その自動化はまだまだ時間をかける必要があるといえるでしょう。
ただ、その自動化はやはり安全を最優先に考え、無理に急いで開発するのではなく、何度も繰り返し試験を行い、エラーのない確実なシステムに仕上げていってほしいものです。
そして、いつの日かそれが実用化された暁には、運転士の減少を補って信頼され続ける鉄道の一部になってくれればと願うばかりです。
〈了〉