旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

信越線・乗客430人閉じ込め15時間立ち往生 その顛末と対策に元鉄道マンが思うこと

 2018年1月11日に新潟県のJR信越本線で起きた、列車立ち往生事故。その後、日が経つにつれて当時の細かい状況がわかってきました。
 予想以上の降雪で線路に雪が積もり、列車の運転が不可能になってしまった今回の事故。元鉄道マンの視点から、この事故の背景について私なりの分析と考察を述べてきましたが、当時の詳細な状況がわかるにつれて「あ~やっぱり」と思いもします。

 

今回の事故は極端な経費節減を優先させた結果、必要な装備やこうした事態に対応できる人員を削減したり、臨機応変に対応できる人材の育成を怠った結果だといっても過言ではないでしょう。

信越線・大雪で車内に430人閉じ込めたまま15時間立ち往生 その背景について考える  - 旅メモ ~旅について思うがままに考える~

  前回の考察の締めくくりとしての記事ですが、まさにそのことがあてはまる誤った判断の連鎖が、今回のあり得ない対応をしていったことが窺われました。

www.jiji.com 時事通信社の配信記事では、三条市から救援のための代替バス運行の申し出があったにもかかわらず、それを検討しないで放置していたということです。JRの言い分としては、定員20人程度のマイクロバスでは、430人の乗客の救出に混乱を来す恐れがあるということで、現実的な方法とは考えられなかったということには理解できます。しかし、救いの手が差し伸べられても、それを断るというのは、やはり判断を誤ったというべきでしょうか。
 また、行政からそうした申し出があった時に、他の救援方法を打診するチャンスだったといえます。残念ながら、そのような発想をすることなく列車の運転再開に拘ったあまり、430人の乗客を車内に閉じ込めたというのであれば、的確な判断力を欠いているといっても過言ではありません。
 加えて、列車が立ち往生してしまった直後から、除雪車両の運転や乗客の救出を含めた救援対策を立案すべきところを、それをせずに列車の運転再開にこだわり続けたというのは理解しがたいものがあります。強いていえば、列車の運転というJRのアイデンティティのために、乗客を二の次にしたといわれても仕方ありません。
 さらにいえば、列車が立ち往生した箇所は複線区間で、列車が止まってしまった線路とは異なるもう一方の線路を閉鎖し、除雪用の保守用車を運転して除雪した上で、救援列車の運転(線路閉鎖したまま閉塞区間への列車進入は本来あってはならないことですが、このような異常時は代用閉塞方式での運行が理論上可能であり、その準備は為されています)といった、臨機応変な運用ができなかったのかと思うと残念でなりません。

 そして、JRは今回の事故を受けて、線路沿いに監視カメラを設置を検討すると発表しました。

www3.nhk.or.jp このニュースに接したとき、「それはないだろ~。カメラの画面で雪の状態なんかわかるはずもないだろうに」と訝しんでしまいました。
 確かにカメラである程度は把握できるかもしれません。しかし、それはあくまでカメラが捉えた表面上のことであって、雪質や積雪量などは実際に人の目で見て初めてわかることです。また、カメラは点でしか捉えることができませんが、人が実際に見に行くことで点ではなく線で状況を把握することが可能です(こうした過酷な環境の中を巡回に行くという危険性を承知の上で論じています。実際、筆者も新潟ほどではないまでも、積雪の中、信号障害などに出動した経験があります)。
 しかし、こうしたことに対応できる技術をもち、的確な判断ができる人材がない現状では、機械に頼らざるを得ないのかも知れません。ただ残念なことに、人は機械だよりになると機械は完璧だという錯覚を起こす傾向があります。やはり、こうしたところにも、技術の継承を疎かにしてきたツケが回っているといっても過言ではないでしょう。
こうしたところは、今回の信越線の事故に限らず、つい最近起きた東海道・山陽新幹線N700系電車台車枠破断事故も、車両の検修や列車の運行に関する技術の継承ができてなかった故に起きた事故と思わずにはいられません。

 最近読んだ本で、旧国鉄大阪車掌区で長年、車掌を務めていらした先輩の著書の中に印象深い一文がありました。
『車掌をずっと続けたいなどと言おうものなら、会社から向上心がないというレッテルを貼られて、不利益な扱いを受けることになる。』(昭和の車掌奮闘記 列車の中の昭和ニッポン史 坂本衛著 交通新聞社刊より引用 一部筆者が加除)
 鉄道は基本的に駅や車両基地、乗務員区所、施設区所の「現場」で成り立っている産業であり、それらが密接に連携した巨大な交通システムになっています。こうした現場には、それぞれの持ち場で培った技術をもつプロが必要であり、彼らによって安全で安心な列車の運行が支えられていました。所謂、プロの鉄道マンの存在が数多くいたのです。
 しかし、近年はIT技術の発達により、優れた機器が鉄道にも入り込んでいます。もちろん、そのこと自体は悪いことではありません。しかし、この最新技術を過信するあまりに、必要不可欠な技術が疎かになり、同時に最新機器は人の代わりになるという迷信めいたことが、必要な技術者の育成を怠り、その継承すらままならない実態があるといえます。
 最近、今日の鉄道職員を見て思うことは、「鉄道会社の制服を着たビジネスマン」だということです。現場の仕事を極めようという方も中にはいるかも知れませんが、前述のような会社の風潮からすると、プロの鉄道マンはめっきり減ってしまったと感じます。そのことが、異常時において状況を把握し、適切で最善の判断をし、臨機応変に対応するということを難しくしてしまっているのかも知れません。