結論から申し上げよう。
21世紀に入り20年近くが経とうという時代にあって、夜行列車の需要はあるかといえば、その結論は「ある」と言うことができる。ただし、そこには一定の条件がついてくる。
それは、国鉄時代から連綿と続けられてきた形態の夜行列車では、やはり乗客を呼び込むことは難しい。時代のニーズに合った商品開発をすることで、利用者を取り込むことは可能であると考えられる。
では、どのようなニーズがあるだろうか。
1つは、近年旅客会社で競うように運転がされている、いわゆるクルーズトレインだ。以前の拙稿でも述べたが、これはいわゆる富裕層や現役を退いて金銭的にも余裕のあるシニア層をターゲットとしている。
この商品開発は一応の成功を見ている。日本のクルーズトレインの元祖ともいえるJR九州の「ななつ星in九州」は、その高額な料金設定にもかかわらず、チケットがとれない状態が続いているという。その人気に乗じてか、JR九州も価格設定を下げることはないと名言しており、かなり強気の商業戦略を描いている。
これに追随して、JR東日本の「TRAIN SUWEET 四季島」やJR西日本の「TTWIRIGHT EXPRESS 瑞風」もまた、かなりの人気を得てプラチナチケットとなっているようだ。そして、いずれも各社の力の入れようは相当なもので、従来の車両にはない贅を凝らした非日常を味わうには充分な接客設備と、子会社であるJRバスや沿線の観光スポットやホテルなどを巻き込んだサービスは、これらを利用する乗客の満足を追求するものだろう。
このような発想の列車は、公共企業体で会った国鉄ではできない発想と商品戦略だといえる。
そして車両技術の進歩もまた、これらのクルーズトレインにもふんだんに踏襲されている。「ななつ星in九州」は従来の機関車牽引の客車列車だが、機関車自体は自社でわざわざ開発することをせず、既に実績のあるJR貨物のDF200形電気式ディーゼル機関車を自社に合わせた仕様にしたものを採用している。ディーゼル機関車ではあるが、ディーゼル機関は高効率で高出力のものを搭載し、駆動方式は電気式を採用したVVVFインバーター制御により、さらに効率的な車両となっている。
一方、「TWIRIGHT EXPRESS 瑞風」は、動力分散式の気動車とした。こちらも、最新の技術を踏襲した高効率かつ高出力エンジンを採用することで、エンジンを搭載した車両は編成中で一部とし、客室のある車両は付随車とすることで、機関車を不要としながらも非電化区間も走行できる万能タイプとした。
JR東日本の「四季島」はさらに一歩進めたものとなった。電化区間が多いものの、交流と直流が混在するために、両者に対応する電車となった。さらに、JR北海道へ青函トンネルを介して乗り入れることを想定したため、在来線の直流1500V、交流20,000V50/60Hzに加えて、北海道新幹線の交流25,000V50Hzにも対応した「4電源」としたことが特徴だろう。これらもパワーエレクトロニクスの進歩によって実現したものだといえる。加えて、非電化区間にも乗り入れることができるように、発電用ディーゼルエンジンを搭載した電気式気動車の機構も持ち合わせているので、線路さえつながっていれば国内のどこでも走行が可能な万能車両となった。これも、技術の進歩があってのものだといえる。
さて、クルーズトレインについて長々と書いてしまったが、もう一方の需要についても述べておきたい。
それは、高速バスのように深夜時間帯を利用した都市間移動としての需要である。こう書くと、「国鉄の寝台列車と変わらないではないか」と叱られてしまうかもしれないが、それとは異なることを提唱しておきたい。
従来は、大都市と地方都市を結ぶという発想の列車網が設定されていた。しかし、長大編成を組んだところで需要がなければ、単にコストのかかる列車を無駄に走らせるだけである。加えて、今日のように航空機の運賃設定が柔軟性を持ち、事前に予約購入すればかなりの安価な運賃で利用できるので、かつての寝台特急のように1200kmもの距離を20時間以上かけて走破する列車の需要は皆無であることはわかりきっている。
そこで、高速バスに対抗できるように、大都市間を結ぶ列車の設定をすることで、高速バスに流れた利用者を呼び戻しこれに対抗できるというものだ。
例えば、かつての急行「銀河」のように東京-大阪間に絞った列車を設定するとしよう。この区間は、高速バスも多数運航されていてそれなりの需要があるから、理論上はそれなりの利用者が取り込めるかも知れない。停車駅も高速バスのように途中停車駅を絞り込んだ直行タイプにすることで、速達性も増すことになるだろう。私の考えるプランでは、東京-横浜-名古屋-京都-大阪というものだ。そして、発車時刻は新幹線の最終列車が出発した後で、到着時刻は新幹線の始発列車よりも前か、それと同等ぐらいが望ましい。
そして、高速バスにはない居住性を備えた車両にすることで、利用者の選択の幅が増えると考えられる。高速バスにあるような3列独立シートの座席車や、少しでも体を休めることができる寝台車も考えられる。もちろん、寝台車はかつてのような開放式ではなく、プライベートが重視される今日では、セキュリティーの面からも個室式にする必要がある。加えて、機関車が牽引する客車列車ではなく、電車にすることで他の列車の運転を阻害することのない性能をもたせれば、早朝のラッシュ時間帯にもある程度対応が可能になるし、運転にかかるコストも軽減できよう。実際、機関車牽引が基本の貨物列車も、電車方式にしたことで表定速度を上げることに成功している。
このようなプランを成功させるために、最も重要なのが運賃設定だ。普通運賃は割り引くことが難しいが、料金券はある程度抑えることが可能だといえる。それは、特急ではなく急行とすることで、金額を抑えることは難しくないだろう。もっとも、このようなプランは少しでも収入を増やしたい、そして煩雑な取扱いを嫌うJRの担当者には叱られてしまいそうだが。
座席車であれば指定席料金を徴収することは仕方がない。金額もそれほど高くはないが、問題は寝台を設定した場合である。従来の二段式B寝台は、約7000円と、ビジネスホテルよりも少し高めの設定だ。これを、あと1割から2割程度抑えてみてはどうだろうか。いわゆる「薄利多売」戦略だ。こんなことを書くと、「冗談じゃない」といわれてしまうかも知れないが、高額な料金設定にして利用者が少ないままでは結局のところ同じ轍を踏むだけで、無駄なものを走らせてしまうことになる。低価格で高速バスにはない快適さを前面に押し出し、常に利用者がいる状態を作り出せば、車両のイニシャルコストは比較的早い段階で回収でき、さらにランニングコストもある程度は確保できるだろう。高速バスの早期割 引に対抗するためには、やはりそれなりの割引価格を設定する必要が生じるが、ICカードを巧く活用することでこれも不可能な話ではないと思われる。
以上のように、かつては全国を駆け巡るような路線網を張り巡らせ、多くの夜行列車が運転されていた。時代の移り変わりとともに、それを取り巻く環境は大きく変わり、次々と利用者が離れていき、やがて衰退の一路を辿り新幹線網の拡充とともにその使命を終えて姿を消していった。
時代の移り変わりと書けばその一言で片付けられてしまうかもしれないが、近年のクルーズトレインの隆盛を見ると、夜行列車そのものに需要がなくなったわけではないと考えられる。 また、夜行の高速バスの盛況をみても、夜間に長距離を移動する旅行者が全くいなくなったわけではない。要は、時代のニーズに合わなくなった商品を、国鉄から引き継いだままにしたことが、衰退していった要因であるとも考えられる。
時代のニーズに合わせることで、商品はその価値を高めるものであると考えるとき、私が提唱したような需要を取り込むことも可能であると思われる。
民営化以降、JRの旅客各社は長距離の移動は新幹線と航空機にその役割を譲り、自社管内の単・中距離の都市間移動に特化してきた。しかし、民営化から30年が経ち、その頃とは社会も経済も全く異質なものに変化し、利用者もまた大きく変化した。加えて、会社によっては非常に厳しい経営環境に置かれ、路線の維持だけでも厳しい状況にある。
そうしたことを考えるとき、潤沢な資金を背景に富裕層をターゲットにした豪華なクルーズトレインも鉄道の新しい方向性といえるが、高速バスのような長距離都市間移動に特化した商品開発もまた、もう一つの新しい鉄道の方向性ではないだろうか。特に路線の維持だけでも精一杯の旅客会社にとって、地域輸送だけでは得られない新たな収入源となり得ることも考えられる。