旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

回想録 工事臨時列車・砕石輸送チキ車の場合【2】

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〈前回からの続き〉

 

 工事の実施が決まると、レールの購入は支社に発注をかけますが、1本あたり25mもの長さがあるレールは一般的なトラックでは荷台の長さに制限があります。トレーラーであれば運ぶこともできるでしょうが、大都市圏では取り下ろし作業をする場所がありません。

 そこで、レールを発注すると同時にレール輸送のための臨時工事列車を輸送手配も行います。レールを発送する駅から、実際に作業をする現場近くの駅までの運転となりますが、実際にはある程度の着駅は決められているので、そこまでの運転となります。もちろん、これらの手配は工事決定とともにされるのですが、なにしろ車両の手配だけではなく、運転区間や運転時刻の設定、駅や運転区所、列車が走行する区間を管轄する施設・電気区所への通達、さらには乗務員の手配など、たった一つの列車を運転するために実に多くの手続を踏まなければならないのです。ですから、少なくとも3か月ほど前から担当者は動かなければならないので、想像以上に大変な思いをします。

 こうして手配が完了すると、達示という形で関係する現業機関に通知がされます。あとは列車が運転される当日に発注したレールをチキ車に載せ、手配した駅まで運ばれるのを待つだけです。と言いたいところなのですが、実際にはそれで終わりません。

 筆者は電気区勤務だったので、こうした工臨の手配をした経験はありませんが、同じ詰所には施設区も同居していたので、施設技術主任の先輩が工臨の手配をしている様を見ていました。ともかく、言葉では言い尽くせない苦労が伴いますが、やはり鉄道マンらしい仕事の一つだと思いました。

 さて、工臨の運転当日は、施設区の職員は着駅での立ち会いをしなければなりません。この時は根岸駅構内のレール交換に使われるレール輸送だったので、工臨もここまで運転されました。

 レールを積んだ工臨が駅に到着すると、今度は取り下ろし作業が待っています。とはいっても、1本1.5tもあるレールをおいそれと簡単に降ろすことはできません。しかも、チキ車はそれなりの高さがあるので、人力での作業なんてもってのほかです。

 ではどうするのか。

 簡単にいえばクレーンで下ろすのが一般的な方法です。しかし、根岸駅はご存知の方もいらっしゃると思いますが、石油類を載せたタキ車を発送する駅で、構内には発着線はありますが、クレー車が入るような土地はありません。

 そこで、チキ車を牽いてきた機関車を一度切り離し、機回しをして反対側に連結してから押し込む形で取り下ろす場所まで移動させます。そして、組み立て式の「山越器(やまごしき)」と呼ばれる小型クレーンをチキ車に被せるように設置し、それを使ってレールを1本1本下ろすのです。ちなみにこのクレーンの動力はというと「人力」です。これをレールの数カ所に設置して吊り上げるのですが、これこそ息の合った作業をしないとバランスを崩して落下させる危険があるので、非常に経験がモノをいうさぎょうなのです。

 

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 もちろん、こうした作業を行うためには列車が進入してくるようなっことはあってはなりません。当然のことですが、線路閉鎖の手配もして初めて施行できる作業なのです。そして線路閉鎖しているので、列車はその線路に入ることはできません。が、ここにはチキ車とそれを押すための機関車がいます。この場合、工臨として運転されてきたチキ車と機関車は「列車」としての扱いではなく、作業のための「工事用車両」という扱いにかわります。そのため、見た目は一般の鉄道車両ですが、走行できる速度にも制限がかかり、25km/h以上で走ることはできなくなるのです。

 こうして下ろされたレールは、実際のレール交換工事まで施工する場所の脇に置かれます。

 筆者はこのレール交換の作業に立ち会いました。

 電気関係の職員がレール交換工事に立ち会うのか?と思われるかも知れませんが、実は非常に大事なことなのです。レール交換の工事中には出番がありませんが、工事の始まりには信号を制御するためにレールに流される軌道回路の遮断をする作業と、レールの継ぎ目に取り付けられているレールボンドと呼ばれる電線の撤去があります。そして、工事が無事に終わると再び軌道回路を構成するために、レールボンドを取り付けて軌道回路の復旧をします。これは施設区ではできない作業なので、電気区の職員が施行しなければなりません。

 軌道回路の復旧には、一つだけ変わった作業があり、なんと新しく交換されたレールの頭をグラインダーを使って研磨するのです。これは、錆という皮膜で覆われているレールに、そのまま車両が乗ってもその膜のせいで電気が流れないので、信号が正常に動作しません。それを防ぐために、レールの頭を研磨して電気が流れやすくなるようにするのです。よく、駅のホームから線路を覗き込むと、レールのは鏡のように磨かれているのがお分かりいただけると思います。これは、車輪がレールの上を通過する時に少なからず研磨されているためで、このおかげで信号が正常に動作するのですが、それは信号通信にとっては都合のいいことなのですが、レールを管理する保線の立場からするとレールを摩耗させている結果なので、好ましいこととはいえないそうです。

 ところで、交換工事の実際ですが、同じように山越器を使って多くの作業員が携わります。この時は定尺レール2本、すなわち50mほどの交換工事でしたが、委託した鉄道建設会社からはなんと30人ほどの作業員が出ていました。途中、僅かなカーブもありましたが、これは人力で少しずつ曲げて現地の線形に合わせるというもの。機械化・省力化が進んでいるとはいえ、最終的には人の力、そして人の目で進めなければなりません。

 このように、レール1本を運ぶにしても、非常に煩雑な手続と手間をかけています。今日では情報技術の発達でこうしたことも多少は簡略化されているとは思いますが、それでも、多くの人がかかわることは変わりないでしょう。それは、安全運行を旨とする鉄道会社の本質と、現場で業務に携わる鉄道マンの苦労と高い技術力、そしてポリシーが為せる業といっても過言ではありません。

 最後に、最近、こうした工臨をめぐってトラブルが絶えないと聞くにおよびます。とりわけ写真撮影に関連したトラブルが多く、中には列車の運転を阻害する例もあります。多くの鉄道マンは、安全運行はもちろんですが、世界に類を見ない正確なダイヤを確保し、乗客が安全で快適に利用できるようにと懸命に業務に当たっています。是非とも、写真撮影などではマナーを守ることはもちろんですが、列車の安全運行を阻害する行為は厳に慎んでほしいと願ってやみません。

 

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。