はじめに
2018年6が28日から7月8日頃にかけて起きた「平成30年7月豪雨」は、中国地方を中心に九州から四国、近畿地方にかけて大きな被害をもたらしました。
この災害でお亡くなりになられた方に心からご冥福をお祈りいたします。また、被害に遭われ方へお見舞いを申し上げるとともに、一日も早い復興をお祈りいたします。
さて、気象庁はこの豪雨に際して「これまでの経験は役に立たない」と記者会見で述べていました。豪雨を前提にした記者会見自体も異例だそうで、異常なほどの降雨量だったといえます。
そして、多くの犠牲者を出してしまい、さらには岡山県や広島県を中心に、大きな被害をもたらしました。
この被害の中には、水道や電気、ガスといった生活には欠かすことのできないインフラの寸断から、道路や鉄道といった人や物の動きに必要なインフラの被害も想像を超えるものでした。
そして一週間が経過した7月15日現在も、中国自動車道や九州自動車道などでは復旧作業が進められています。そして、鉄道は山陽本線・福山-海田市間と岩国-徳山間で大きな被害により不通となって、列車の運転を見合わせている状況です。
運転再開の見込みは?
このような状況の中、懸命の復旧作業が進められています。その成果もあって、7月17日までには岩国-柳井間が、翌18日は福山-三原間が運転を再開する見込みであることを、JR西日本が発表しています。
しかしながら、日本の大動脈の一つである山陽本線の全線復旧までには、1か月以上かかる見通しであることも、同時に発表されています。それだけ、大きな災害だったということが窺えます。
どのような影響があるのか
日本の大動脈である山陽本線が長期に渡り運転ができないというのは、これまでになかったことだと考えられます。
第二次世界大戦中には米軍による空爆(空襲)を受け、日本は大きな被害を被りましたが、どれだけ被害を受けようとも鉄道は走り続けていたといいます。
終戦間際には広島と長崎に原子爆弾が投下され、人的にも物的にも未曾有の被害を被りましたが、それでも翌日には列車の運転を再開させたということからも、今回の豪雨による被害は想像を超えるものということがいえるでしょう。
長期に渡って動脈ともいえる山陽本線が運転できないということは、どのような影響が起きるのかを考察してみました。
まず第一に、人の行き来ができないということです。
長距離の往来は新幹線や飛行機が担っていますが、地域間の輸送の多くは鉄道の役割です。その鉄道が機能を止めてしまうということは、人の往来をできなくしてしまうので、通勤・通学への影響は計り知れません。
こうした人の往来ができなくなると、地域経済の機能も低下し、経済的にも打撃を与えることがいえるでしょう。
また、鉄道が使えないということで、自家用車へシフトするケースも想定されます。しかし、多くが自家用車を代替の交通機関としてシフトした場合、これらの地域の道路では交通渋滞が発生する可能性が大きくなります。また、交通事故の発生率も上がるので、様々な意味での問題が発生するといえます。
第二に物流が止まるということです。
鉄道の役割には人を運ぶことと、物を運ぶことがあります。後者は貨物列車によって、一度に大量の貨物を長距離運ぶできるというメリットもあります。そして、山陽本線には多くの貨物列車が運転され、沿線地域だけではなく、九州と中国地方以東を結んでいます。
その大量物流輸送が止まるということは、沿線地域はもちろんですが、九州地方をはじめ多くの地域で影響を及ぼすといえます。
いくつか例を挙げるとすれば、九州で生産された製品を貨物列車を使って全国へと発送していた場合、その輸送ができなくなったために、工場の操業を止めることもあり得るでしょう。そうなると、その工場がある地域の経済活動が停滞し始めます。
また、九州地方へと運ばれる生鮮食料品など、私たちの日常生活に欠かすことのできない物資が止まることで、食料品をはじめとした物価の上昇を招いてしまいます。
物価の上昇は、即消費生活への影響も大きいので、景気の浮揚感がない今ひとつの今日においては、非常に大きな問題になります。加えて、前述の経済活動の停滞により、消費そのものを控える傾向も強くなると考えられるので、悪循環によってさらに悪化するといえます。
もちろん、こうしたことは九州地方だけではなく、日本全国にも影響があるといえるので、他人事ではないといえます。
JR貨物が迂回運転を計画 しかし・・・
このような状況の中、JR貨物は迂回運転をする計画をはじめました。
貨物列車といえども長期間、不通となったまま運転を見合わせるというわけにいきません。前にも述べたように、私たち国民の生活をも脅かしかねない事態になる前に手を打つことは、物流業者として重要です。
貨物列車の迂回運転は過去に実績があります。
東日本大震災では、東北本線と常磐線という二つの動脈が長期に渡り、列車の運転ができない事態になりました。ご記憶の方も多いと思いますが、3月という季節で暖房用の燃料が必要になり、また救助活動などで使われる自動車の燃料も必要でした。
そこで、横浜市にある根岸駅から、日本海側を回って盛岡や仙台へ、タンク車による燃料輸送を行いました。
この時は、通過する多くの路線が、既に貨物列車を多数運転していることもあり、ある程度は運転できる環境がありました。路線を保有するJR東日本によるダイヤの調整や、不足する車両をほかの区所から借用して充てる必要もありました。
さらに、仙台へ運ぶ列車は普段貨物列車が走らない磐越西線を走るために、乗務員の訓練や重量のある貨物列車が走行できるかなどなど、多岐に渡って準備が必要でした。
しかしながら、災害時にほかの路線が無事であれば、被災地の近くにまで大量の物資を輸送することができるという実績を残したという点では、大いに評価できることでしょう。
この経験から、今回の豪雨災害においても、貨物列車の迂回運転ということが持ち上がったのだと考えられます。
しかしながら、東日本大震災の時と今回は決定的に異なる点があります。
この異なる点が、迂回運転を難しくする理由といってもいいでしょう。
▲東日本大震災の時には、横浜市の根岸駅を発駅に、東海道~武蔵野~高崎~上越~信越~磐越西の各線を走破し福島県の郡山駅へ臨時石油列車が運転され、被災地の人々に必要なガソリンや灯油といった石油製品を届けた。一度の大量の物資を、線路がつながっていれば輸送できるという鉄道貨物の特性が大いに発揮された例だが、その実現には幾多の困難を解決しなければならなかった。(©Kei365 Wikimediaより)
(1)迂回運転を計画している路線の問題
今回、迂回運転を計画している路線は山陰本線です。
太平洋・瀬戸内海側の山陽本線が使えないのなら、日本海側の山陰本線を通そうというのはごく普通の考え方といえます。この山陰本線の下関から伯耆大山を通って、定期貨物列車が運転されている伯備線から倉敷を経て山陽本線へと運転しようというものです。
山陰本線は京都から兵庫県北部、鳥取県、島根県を通って山口県の下関へ至る路線です。「本線」という名前がついていますが、実際にはごく一部を除いて非電化でしかも単線が多く、特急列車ですら3両編成という短い列車が走るローカル線といった体裁です。
こうした輸送量の少ない路線は、線路の構造も必要十分なものしか備えていません。東海道本線や山陽本線のように、頻繁に高速で重量の嵩む列車が走る路線のような頑丈な線路構造ではないということです。
さらに、単線であるがために、どうしても長大編成になってしまう貨物列車を通してしまうと、途中の行き違いをしなければならない駅の有効長が足りなくなることも十分に考えられます。
特に、民営化以後、設備の維持経費を削減する必要性から、国鉄時代の長大な編成を組んだ列車が停車できる施設を、短い編成の列車が停車できる程度の規模を縮小された駅があることも考えられます。
また、迂回運転が計画されている中でも、益田-長門市間は山陰本線の中でも、最も輸送密度が低く、普通列車も1日10往復程度しか運転されていません。また、益田より西は特急列車の運転もないので、重量の重い貨物列車の走行に絶えられるかなど、軌道の強度の問題も考えられます。
(2)車両の問題
山陰本線は既にお話ししたように、一部を除いて非電化です。
当然、電気機関車は走ることができないので、ディーゼル機関車による運転となります。
ここでも一つの問題が顕在化するといえるでしょう。それは、本線用の強力なディーゼル機関車が、不足する可能性が高いということです。
本線用のディーゼル機関車といえば、国鉄から引き継いだDD51形か、民営化後に開発したDF200形です。JR貨物はDD51形を2010年代初め頃まではそれなりの数を保有していましたが、近年その数を急速に減らしています。老朽化や用途廃止によるものなので致し方ないことですが、迂回運転に回すほどの余分はないでしょう。
ではDF200形ではということも考えられますが、DF200形の多くは北海道で使われています。ごく一部がDD51形の置換用として愛知機関区に異動していますが、その数はごく少数に過ぎません。また、北海道のDF200形を山陰本線で走らせるとなると、ATSなどの保安装置を交換する必要があります。
支線・入換用のDE10形ではどうでしょう。
今日ある程度の数を保有しているとはいっても、年々その数を減らしていっています。後継のHD300形が増えるごとに廃車となっていっているので、その数にも限りがあります。
また、DE10形はDD51形に比べて出力は半分になってしまうので、重量の重い貨物列車を牽くためには、低速で運転をするか、連結する両数を抑えるかのどちらかになるでしょう。そうなると、輸送力という面では低下することは免れません。
(3)乗務員の問題
貨物列車を運転するためには、JR貨物の機関士が乗務する必要があります。
これは、旅客会社に機関車の運転できる乗務員が少ないことと、委託することで会社間のやりとりが煩雑になってしまうので、可能な限りこうしたことを避ける必要があります。
ところが、JR貨物の機関士は、山陰本線を運転することができません。
機関車もあり、免許と技術をもった機関士もいるのに、運転できないというのはどういうことでしょうか。
それは、JR貨物に限らず鉄道会社の運転士や機関士は、担当する路線の熟知した上でハンドルを握っているということです。どこにカーブがあってどこに上り坂があるのか、駅の構造はどうなっているのか、そして信号機はどこにあるのかなど、自らが運転する路線のことを熟知しています。
ですから、例えば山手線の運転士が、次の日から大阪環状線で運転できるかといえば、それはできないことなのです。
貨物列車を山陰本線を経由して運転するとなると、ディーゼル機関車の免許をもった機関士を集め(電気機関車の機関士とは免許が異なる)、そして事前に運転をする山陰本線で訓練をし、路線の実態をしっかり熟知させなければならないので、一朝一夕というわけにはいかないのです。
▲山陰本線はほぼ全線に渡り単線・非電化の路線で、「本線」と名乗っているがその実態はローカル線と変わらない。写真の線路を見ても軌道はそれほど強固なつくりではないことが窺え、ここを重量の重い貨物列車が走行するとなると、それなりの補強が必要と考えられる。(©Mamusi Taka Wikimediaより)
早期の運転を目指して
これだけの課題があると、そうそう簡単に迂回列車の運転ができるとはいえません。
とはいえ、「できない理由」を羅列したところでなんの解決にもなりませんので、筆者の経験と知識をもとに「できる理由」を考えてみました。
山陰本線に貨物列車を通すとき、山陽本線のように一度に多くの貨車を連結した貨物列車を高速で短時間で走らせることはできないという前提で考えなければなりません。言い換えれば、引き受けることができる貨物の輸送量が少なくなり、貨物の輸送時間が通常より長くなるということです。
その前提条件の上で、可能な方法を提示したいと思います。
①1列車あたりの連結両数を少なくし、運転速度を抑える
今回の貨物列車迂回運転のために、走行する区間すべての軌道を強化する工事を行うことは現実的ではありません。そんなことをすれば、膨大な費用と時間がかかってしまいます。もちろん、ある程度軌道の強化は必要になるかも知れませんが、最低限で済むようにするために、貨物列車の連結する両数を抑えて、最高運転速度も抑えることで、この問題は解決できると考えられます。
②休車状態の車両の活用と運用のやり繰りによる車両の確保
今回の災害による迂回運転は、東日本大震災の時とは異なりある程度長期間、定期的に、そして列車の運転本数もある程度多くなることが考えられます。ですから、一定程度の機関車を確保する必要があるといえるでしょう。
そこで、廃車前提で休車状態にある機関車を整備し、迂回運転に活用する方法が考えられます。特にDD51形は2018年現在も関西本線で運用されている関係で、一定の数の車両が所属しています。前にもお話ししたように、DF200形の配置で余剰になった車両もあり、それらの車両を活用することが最も現実的ではないでしょうか。
それでも不足する可能性もあるので、運用を調整することで機関車を捻出し、必要な機関車を確保することも考えられます。
③運転する機関士の訓練
これが最も難しいことだといえます。
ディーゼル機関車を運転する機関士の数は、電気機関車の機関士の数に比べると絶対数が少ないのです。彼らには駅での入換など通常の業務もあるので、簡単に確保することは難しいといえます。とはいえ、こうした事態ですから、機関士の運用を工夫して山陰本線の列車を運転する機関士を用意しなければなりません。
また、機関士を確保できたとしても、運転をするためには事前の訓練も必要です。
迂回列車の運転を開始する前に、単機列車で実際に訓練をすることが考えられます。これには、JR西日本の協力が不可欠です。
JR西日本は山陰本線でディーゼル機関車を運用しています。工事臨時列車などの運転もされているので、これを運転する乗務員が講師になり、JR貨物の機関士を訓練することも考えられるでしょう。
いずれにしても、早い段階から準備をする必要があることは間違いありません。
終わりに
近年の自然災害は、過去の記録を簡単に破るほどの猛威を振るい、それまで穏やかだった人々の生活を一変させるばかりか、尊い命をも奪ってしまうほど大きなものが多くなったと感じます。
異常気象や地球の温暖化などなど、考えられる原因は数多くあり、ここで一概にお話しすることは難しいことです。
加えて、こうした自然災害は、交通機関、特に鉄道の被害が非常に大きくなる傾向があると考えられます。その一つに、線路を構成する施設がかなり古く、中には開通当時の橋脚を使っていたために、集中豪雨によって極端に増水した川の流れに耐えきれなくなり、橋梁そのものを流失したという例もあります。
今回の山陽本線の長距離の、そして長期間の運転見合わせは、様々な面で大きな影響を及ぼし始めています。関係者は、いまこの瞬間も懸命に復旧に向けて努力していると思われます。
一日も早い復旧はもちろんですが、可能な限り影響を抑えるためにも、多くの課題はあるものの、それを解決して貨物列車の迂回運転を実現し、人々の生活に寄与してほしいと鉄道貨物に携わった一人として祈らずにはいられません。