旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

自然災害による鉄道への影響 被害はなぜ大きく、復旧に時間がかかるのか【2】

1.鉄道を構成する施設は古いものが多い

 これら自然災害による鉄道施設の被害の原因の一つとして考えられるのは、一言でいうのであれば「施設が非常に古い、あるいは抜本的な更新がなされていない」ということです。

 これはどういうことなのでしょうか。

 鉄道はレールや枕木、砕石(バラストとも)とそれらを支える道床から成っています。
 電化された路線なら、架線柱とビーム、そこから吊された吊架線と電車線、電流を供給するき電線が設置されています。さらには信号保安設備として様々な機器が線路際に設置されているのです。

 これらの施設があって、初めて鉄道として機能するわけです。

 そして、その上を様々な車両が走ることで、多くのお客さんを乗せたり、あるいはたくさんの貨物を運ぶことができます。

 しかし、こうした一般には目に見えにくい鉄道の施設は、一度完成して営業運転が始められると、日常的な保守作業や定期的で部分的な保全工事はされますが、根本的な更新工事(リフレッシュ)がされにくいということなのです。
 言い換えれば、普段から点検や手直しはされているけれど、建設した当時の施設・設備のまま使われ続けているということなのです。

 いくつかの例を挙げるとすれば、前出の久大本線で流失した橋梁の「花月川橋梁」は1934年の開通時に架けられたもので、その後架け替えなどは行われていません。

 架け替えられた鉄道橋もあります。山陰本線の余部橋梁がその例です。
 余部橋梁は1912年に完成しました。余部橋梁は川底から41m以上の高さのある鉄道橋です。その橋自体は崩壊したり流失したりすることはありませんでしたが、突風にあおられて橋を渡っていた列車が転落し、橋の下にあった工場を直撃し従業員が犠牲になった「余部橋梁列車転落事故」を起こしています。
 この余部橋梁は老朽化や列車の抑止多発を解消するために、2010年に新たな橋へと架け替えられました。旧橋の完成から98年も経ってようやく架け替えとなったのです。

 細かい例を挙げるときりがありませんが、筆者が目にした所管の線路を歩いている最中、錆び付いて使われなくなった橋梁の銘板には1917年製造というものもあって驚かされました。
 これもまた、開通当初から使われ続けてきた橋梁が、一度も架け替えられていない例といえるでしょう。

 このように、鉄道の施設には一度完成すると、抜本的なリフレッシュをされることなく、開業当時のまま使われ続けているものが数多くあるということなのです。
 前出の花月川橋梁のように、川に架けた橋は鉄道でも道路でもそうそう簡単に架け替えられるものではありませんが、それでも80年以上も前に完成した施設をそのまま使い続けてきたという点は無視できないでしょう。

 

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総武本線隅田川橋梁。曲線がきれいなアーチ橋(ランガー橋)の一種で、近年につくられた橋にはない造形美をもっている。しかし、この橋梁の完成は1932年と古く、日常的な保守や修繕は行われているものの、その年数と橋梁を走る列車の速度や頻度を考えると老朽化が進行していると考えてもよいといえる。(©Rs1421 Wikimediaより)

 

 さらに、橋脚は常に水に浸かっています。
 強固なコンクリートなどの石材も、常に水に浸かっている状態が長時間続けば、多少なりとも脆くなることも考えられます。それに加えて川には流れがあるので、浸食することも十分にあり得ます。

 このように、橋梁自体が完成から長い年月が経っていること、そして常に風雨にさらされていること、そこに重量の重い列車が高速で通過し続け、振動など橋梁の構造物にも少なからず影響を与え続けていることなどを考えれば、歴史の古い鉄道路線の施設はかなり老朽化が進んでいると考えるのが妥当といえると思います。
 そして、近年のように異常気象が頻繁に起き、集中豪雨も珍しくなくなった環境の中では、これらの橋梁といった構造物は破損しやすく、橋梁が流失してしまうことも十分に可能性として考えられます。