旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

2024年問題で鉄道貨物輸送の「復権」はあるのか【3】

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《前回のつづきから》

 

 2023年10月6日、国土交通省は2024年から施行するドライバーの残業上限規制に伴う長距離トラックドライバーが不足することに対し、トラックに代わって船舶や鉄道の輸送量を今後10年間で2倍に増やす目標を決定しました。

 あくまで「目標」なので、法令や閣議決定ほどの強制力はありませんが、それでも政府がこうした方針を定めたことで、これまで遅々として進まなかったモーダルシフトがある程度推進されると予想できます。

 しかし、言葉で2倍に増やすと言っても、現実としてそう簡単にはいかないと筆者は考えています。

 鉄道に限っていえば、鉄道貨物輸送を担うのはJR貨物が唯一の存在です。JR貨物は1987年の国鉄分割民営化によって、旧国鉄の貨物局を中心とした貨物輸送を継承する会社として設立されました。一方、旅客輸送に関しては、地域ごとに分割された6つの旅客会社が設立されましたが、貨物局関連以外のほぼすべての部署を継承しているため、列車の運行だけでなく、線路や施設など鉄道運行にかかわるほとんどを保有しています。そのため、1987年から施行された鉄道事業法においては、旅客6社は第一種鉄道事業として、貨物会社だけはごく僅かな自社保有線を除いて、第二種鉄道事業として鉄道事業の許可を得ています。

 このような分割方法になった理由として、当時の国鉄の経営状況が大きく影響していました。既に貨物輸送は様々な改革や改善を施しても、赤字を生み続けるだけの存在で、もはやその事業を続けることが非常に困難な状況でした。しかし、国の公共企業体である国鉄は、激減したとはいえ顧客がある以上、貨物輸送から撤退することは許されませんでした。そのため、分割民営化の際も、法令によって設立される特殊会社なり、ある程度国が関与することや、そもそも貨物輸送を全廃にしてすべてをトラック輸送に切り替えることは現実的でないことなどの理由から、やむなくその事業を継承する会社として誕生したといえます。

 そのため、設立直後から毎年赤字を計上する経営基盤の脆弱さは、ともすると「数年もてばよいのでは」とさえ囁かれているほどでした。

 その経営基盤の脆弱さを何とか補強するために、JR貨物は維持管理に多大なコストを必要とする線路などの施設や、駅などの建築物、電気関係の設備など可能な限り保有せず、必要最小限の機関車と貨車とそれに付帯する設備類、駅も貨物駅を含む貨物取扱駅やそれに付帯する施設設備のみを保有することになりました。そのため、JR貨物は自社が保有する機関車と貨車で貨物列車を運行するときは、旅客会社の線路を借りることが前提とされ、その際に支払われる線路使用料もJR貨物の負担を極力軽減させるために、アボイダブルコストルールと呼ばれる方法で算出された金額のみを支払うことになります。

 分割民営化当初は、もともと「同じ釜の飯」を食べた仲間だったという意識があったのでしょうか、極端に低額な線路使用料でも旅客会社は「仕方ないや」と考えていたフシがありました。しかし、時がたつにつれてそうした意識が薄くなっていき、徐々にアボイダブルコストルールによって低額な線路使用料しか支払わなくてもよいJR貨物に対する風当たりも厳しくなっていきます。

 

国鉄の分割民営化後、旅客会社は命運を分ける結果となった。経営基盤が盤石で収益性の高い路線を多く抱える本州三社は、株式公開などによって完全民営化を達成している。三島会社は系環境が厳しいが、JR九州九州新幹線の開業などによって完全民営化を成し遂げたものの、JR北海道JR四国は年を追うごとに経営状態が悪化している。特にJR北海道は、広大な大地に張り巡らされた鉄道網を継承しながら、沿線の人口は減少の一途をたどり、収益が見込めないどころか自社のみで存続が不可能と判断された路線が半分以上に上っている。他方、北海道の一部の幹線は、赤字ながらも貨物列車が多数運行されているため、容易に撤退することができない。そんな中、北海道新幹線の札幌延伸にともない、函館本線の中でも極端に営業係数が低い山線区間並行在来線として廃止の対象になったが、函館駅長万部駅間は貨物列車のために存続させるべきかの議論が始まっている。しかし、貨物列車が通過するたびに軌道の損耗などが起こり、ともするとほとんど旅客列車が運転されない区間では、貨物列車の方が多いのにもかかわらず、分割民営化の時に制定されたアボイダブルコストルールのために、JR北海道の支出が多いという「逆ざや」状態にあることも、JR北海道の経営を圧迫している一因とも癒える。(キハ150 16〔札ナホ〕 小樽駅 2011年11月22日 筆者撮影)

 

 それもそのはずで、貨物列車が線路を走行したときに生じる損耗分だけを、JR貨物は旅客会社に支払っています。しかし、貨物列車は旅客列車とくらべて重量が重く、しかも高速で走行するので線路や施設などの損耗は激しくなりやすいのです。重量が重く高速で走行する貨物列車が走行しなければ、その線路や施設にかかる保守コストも抑えることができるというのが旅客会社の前提で、できれば損耗分だけでなくある程度の金額を支払うのが筋だとさえ考えているところもあるでしょう。ですから、中には貨物列車を「走らせてやっているのだ」といった考え方も一部では存在し、実際に筆者もそうした言動に何度か接したこともありました。

 他方、JR貨物にとっても不利な点は多数あります。その一つとして、貨物列車の運行ダイヤの設定に自由度がない、突き詰めていえば顧客に合わせ自社が希望する時間帯に列車を走らせることが難しいことが挙げられます。前述のように、JR貨物は旅客会社の線路を借りて営業列車を運行する第二種鉄道事業者です。ダイヤの編成と決定権はあくまでも線路や施設等を保有する第一種鉄道事業者たる旅客会社にあるのです。

 そのため、例えば朝夕のラッシュ時間帯になると、貨物列車よりも旅客列車の運行が優先されます。当たり前ですが、1本でも多くの列車を運行し、多くの乗客を輸送しなければならない時間帯に、貴重なダイヤを貨物列車に割り当てることは、旅客会社としては忌避したいものです。

 また、深夜の時間帯も一定程度の合間を作って、線路等の保守作業をする時間を確保したい場合も、やはり貨物列車にダイヤを割り当てることはしたくないでしょう。そのため、貨物列車の多くは日中や保守作業間合の時間帯を挟んだ深夜と早朝に設定されることが多くなるのです。

 このような経営環境、特に列車設定に制約がある中で、政府が目標と掲げた10年以内に貨物輸送量を2倍にするというものは、誤解を恐れずにいえば「絵に描いた餅」といっていいほど、非常に困難なことだといえるでしょう。

 在来線のみで鉄道による貨物輸送を2倍にするためには、単純に考えれば貨物列車の運転本数を倍に増やす事が考えられますが、旅客会社の理解と協力が不可欠です。しかし、前述のようにJR貨物が旅客会社に支払う線路使用料は非常に低額に抑えられており、線路等を損耗させる貨物列車が多数走れば、その分だけ保守コストが増加することが予想されるので、それを実現するためには紆余曲折が予想されます。

 また、列車の運転本数を増やさずに、1本あたりの輸送能力を増強する方法も考えられますが、これもまた非常に難しいことが予想されます。かつて、JR貨物は1600トン列車を計画し、出力6,000kWという非常に強力な機関車を開発しましたが、地上設備がこれに追いつかなかったことなどから計画は頓挫してしまった経緯があります。

 こうしたことから、在来線の貨物輸送能力を強化することは困難であり、それを実現させるためには政府が旅客会社に対して何らかの方策を講じる事が必要となります。しかし、本州三社とJR九州は既に株式上場を果たした完全な民間企業であるため、いくら国といえども民間企業に対して国策だからといって介入することも容易ではないと考えられるのです。

 

《次回へつづく》

 

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