過酷な猛暑の鉄路【中編】
夏になれば気温も上がってしまう。当然、気温も上がるのだが、1994年は全国的な猛暑で、とにかく線路はほかよりも暑くて仕方がなかった。
あまりにも気温が上がりすぎると、鉄の性質でレールが伸びてしまうこともあるから、施設の人たちはほぼ毎日のように巡回に出かけていた。
もちろん、レールが暑さで伸びても多少は大丈夫なようにはしてある。
たとえば、列車に乗ると、よく「ガタンゴトン」という音を聞く。あるいは、小さな子どもに鉄道を指すとき「ガタンゴトン」という擬音で話しかけると思う。
あの「ガタンゴトン」という音、レールとレールの継ぎ目の上を車輪が通るときの音なおだが、このレールの継ぎ目の隙間こそが夏などにレールが伸びても大丈夫なようにつくられたセーフティー機構なのだ。
このレールの継ぎ目の隙間はどんなに開いても20mm程度。30mmでは開きすぎだったかな。ともかく、冬に最も冷やされたときにこのくらいの隙間にしておいて、夏場にはこの隙間が5mmぐらいに縮まるからビックリだ。しかも、これ以上伸びると許容オーバになってレールが歪んでしまうから、なんとも難しいものだった。
最近はこの「ガタンゴトン」という音をあまり聞かなくなったと思う。
レールはどんな重さの物でも25mでつくられるが、高速でたくさんの列車が走るところでは、できればこの継ぎ目が少ない方がいい。なんといっても、騒音も抑えられるし乗り心地にも影響する。
そこで25mのレールを溶接して一本の長いレールにしている。
この長いレールを「ロングレール」といい、今日では多くの在来線で使われている。そうそう、新幹線は原則この「ロングレール」を使っている。
このロングレールの場合は、レールの継ぎ目は少ないけど端にある継ぎ目は通常のものではなく、「伸縮継ぎ目」という特殊な継ぎ目になっているという。まあ、わざわざ溶接して長くしたレールだから、熱をもって伸びたときも長さはかなりのものになってしまうから、どれだけ長くなっても大丈夫なつくりになっている。
どちらにしても、夏場の線路の巡回は施設の人たちは逃れられない仕事だ。
だから、巡回を終えて詰め所に帰ってくると、そりゃあもう汗びっしょり。
しかも文字通り炎天下に歩き回るから、制服から出ている腕は真っ黒だ。
こういう地味でありながら過酷な仕事こそが安全輸送を支え続けているんだなぁと、巡回検査から戻ってきた施設の人たちの姿を見て思ったものだ。今の鉄道会社にいる鉄道マン、こういう仕事をすることあるのかな?
ところで、ここまでは施設=保線の仕事。では、私がいた電気はどこで関係するの?というツッコミもあると思う。
実はレールが歪んでしまうと、水をかけて冷やす程度では直らない。
こうなったときは諦めてレール交換になってしまう。
だから、施設では予備のレールを常にストックしてある。
列車に乗っていると、窓から何本ものレールが置いてあるのがたまに見えると思うが、そのレールこそが予備のレールだ。
そのレールを使って交換となると、作業は施設だけではなく電気も関係してくるから、誰か一人は詰め所で待機になっていた。そのために、予定した作業を中止にしたり、やり繰りをして予定していた作業の人数割りを変えたりと、担務指定をつくる主任たちは苦労していたみたいだった。
予想しているとはいえ、実際に暑さでレールがやられてしまうと、やっぱり大騒ぎになってしまう。
その日は私は現場の作業はなく、冷房の効いた詰め所で事務作業だった。
巡回検査に出ていた施設の主任から電話がかかってきて、区長に取り次いでほしいと言われて、電話を区長のデスクへと回した。区長が電話に出た後も、なんとなくその様子を見ていると、区長の顔が少し険しくなった。いつもはものすごく穏やかで、およそ保線畑を歩いてきた人には見えないのだが、何かあったのだろう、表情が変わっていた。
電話を切ると、電気の主任を呼んで何やら相談。
そして今度は区長と相談していた主任が戻ってきて、私たちに説明をすると、なんと新鶴見機関区構内のレールが歪んだとのことだった。
そりゃあ大変だ!すぐに出動、準備しなければ!
なんて思い、準備するものの指示を受けようとすると、あまり慌てなくていいとのこと。その線路は午後遅くまで入換はないから、検査に出ていた施設の主任たちも一度帰ってくるとのことだった。
とはいっても、やはり支度だけはしなければならない。
レール交換となると、レールボンドとそれをつけるロウ、そしてトーチとスパナなどなど、必要なものを揃えるために工具倉庫と資材倉庫へ行った。
レールを交換するのになぜ電気の人が?と思われるかもしれない。
あまり直接関係ないように思えるけど、実は電気も出番なのだ。
レールの継ぎ目には、信号用の電流や、電気車(電車や電気機関車のこと)から流れる帰線電流(かんたんにすると、電池のマイナス側の電流)を流すための電線を取り付ける必要がある。これがなければ信号装置は作動しないし、機関車も動かなくなってしまう。
その電線が「レールボンド」で、それをレールにくっつけるためのハンダが「ロウ」。そして、「ロウ」を溶かすのが灯油を燃料にした「トーチ」だ。これをするのが電気の仕事なのだ。
準備を終えて現場へ行くと、確かに機関区の中ではあまり入換のない線路だった。
しかも、レールが歪んでしまったというが、素人目には余りわからない位の歪み。でも、ベテランの施設の先輩たちが見ると歪んでいるのだというから、やっぱり餅は餅屋なんだなあ。
予備のレールは機関区構内に置いてあったので、それを使っての交換になった。そして、施設の先輩たちが「山越器」という小さなレールを移動させるためのクレーンを使って交換する場所まで持って行き、歪んだレールの犬釘を抜いて、新しいレールへと替える。
今度は取り外すときの逆で、レールを犬釘で枕木に取り付けていく。
文章にするとたったの数行だが、実はこの作業はすべて人の手、つまり人力でやったのだからビックリした。