旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第二章 見えざる「安全輸送を支える」仕事・猛威を振るう台風、その後に残ったものは【3】

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猛威を振るう台風、その後に残ったものは【3】

 電気区のある横浜羽沢から新鶴見まで、車で概ね40分から50分はかかった。

 ところが、この日は台風が過ぎた後の夕方。普段よりも車の量が多く、道路は混んでいたから1時間以上はかかったと思う。それでも、できるだけ渋滞を避けていったのだが、やはり時間帯と条件が悪かった。

 機関区に着くと、先に施設区のトラックが到着していて、電気転轍機をいつでも下ろせるようにしていてくれた。

 車から降りるとさっそく水没した転轍機がある場所へと行った。

 なんと、その転轍機はついこの間点検したばかりのもだったのがちょっとショックだった。とはいえ、保守が悪くて壊れたのではなく、単に水没したのだから避けられなかったということで諦めるしかなかった。

 さっそく電気転轍機の蓋を外すと、見事に中に水が入り込んでいた。

 こりゃぁもう、使い物にならないな。

 そんなことを頭の中で考えながら、電気転轍機を分岐器から切り離す作業にかかった。

 これはボルトとナットでつながっている部分を外すだけの比較的簡単な作業だったから、まだまだ修行中の私のような若い者でもできることだった。

 信号を担当している先輩は、複雑につながっている信号ケーブルを取り外す作業にかかっていた。こう書くと簡単に聞こえるかも知れない。ビスで留められているケーブルを一つひとつ外していくのだが、この本数がとにかく多い。しかも、外したケーブルは他のケーブルと触れて短絡させてはならないので、一つ取り外す度にビニールテープをくるくるっと巻いて、仮の絶縁をしなければならないという細かい作業だった。

 壊れた電気転轍機を分岐器と信号ケーブルから切り離す作業が終わると、待っていてくれた施設の先輩がクレーンを動かして、それを線路の外へと撤去した。そして、持ってきた新しい電気転轍機を所定の場所へ下ろすと、今度は取付作業になった。

 と、その時、私は主任に呼ばれて、信号扱所に行くように言われた。
 また信号扱所ですか?と聞きたくなるくらい、この頃は現場での作業よりも多くなっていたが、まあ、そのことはまた違うところでお話しするとして、ともかく逆らうことなど許されず、その指示に従ってトランシーバーを受け取って信号扱所へと行った。

 信号扱所へ行くと、これまた顔馴染みの輸送係の先輩がいて、「やあ、ご苦労さんです」と。こういう時、信号扱所ではどうすることもできないから、施設・電気の人が来てくれると安心するということを話された。

 機関区に到着してから1時間もしないうちに電気転轍機の交換作業が終わると、最後の仕上げとなる転換試験となった。これがクリアできれば、すべての作業が終わりとなる。

「ナベちゃん聞こえるぅ~?」
 主任がトランシーバーで呼びかけてきた。
 私もすぐに応答すると、転轍機を転換させてみてと知らせてきた。
 私はすぐに、普段は信号扱をする輸送係が扱う信号操作卓にある、転轍機を転換させるてこをひねった。
「はい、反位」
「こちらも反位です」
 操作卓にあるランプを確かめながら報告する。
「では定位に戻して」
 再びてこをひねる。
「はい、定位」
「こちらも定位です」
「じゃあ、信号さんにルートを開いてもらって」

 この「ルートを開く」というのは、例えばA地点からX番線へと車両を動かす時に、信号機や転轍機がA地点からX番線に至るまでの進路を構成するように動かすことで、この操作は信号扱所の職員でなければできいなことだった。

 信号扱所の先輩に、このルートを開く操作をしてもらった。
 私も信号卓にあるランプをじっと見ていると、転轍機が転換したことや、その先にある入換信号機が進行を現示し、ルートが開いたことを確かめた。
「どう?」
「はい、ルート開きました。入信はどうです?」
「進行を現示しているよ」
「了解、こちらも進行を現示しています」
「じゃあ、問題なさそうだね」
「そのようですね」
「それじゃあ、扱所に挨拶して戻っておいで」
「わかりました」
 これですべての作業は終わりだ。

 信号扱所の先輩に作業がすべて終わったことを知らせて扱所から降りて、主任たちがいる現場へと戻った。

 車で電気区に戻ると、すっかり遅くなっていて空も真っ暗だった。
 帰ってから彼女に電話を入れると・・・かなりの「おかんむり」状態。簡単に言えば「私より仕事を取った」のが気に入らなかったらしい。でもね、給料を貰っている身だから、こういう時は「命令」が出た以上逆らえないんだよ。
 特に、こういう障害が起きたときはね。でないと、貨物列車だけではなく、他の旅客列車にも影響が出て、多くのお客さまにご迷惑がかかるから。