財布にはドル札、片手に英語の辞書【2】
こうして、英語も満足にできない成績でなんとか入社した私が、仕事もまだまだ半人前以下なのにもかかわらず、在日アメリカ軍の専用線路を任されることなってしまった。
渡された図面や資料は、どれもが国鉄時代に誰かが書いたものを何年にもわたってコピーして使い回した古いもの。中には何が書いてあるのか読めない不鮮明なところもあった。
しかも悪いことに、その図面は実際の現場の施設と若干異なるところもあるとかないとかで、ともかくそうした古い図面や資料の整理と書き直しから始めることになった。
もちろん、通常の検査や修繕業務もあるので、こうした事務的な作業は担務指定で現場へでない日や、天候が悪くて現場作業が中止になった日、そして作業と作業の間の時間を使ってすることになる。
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新しい紙に配線略図を描き起こし、転轍機や信号機の位置や番号を書き入れていくが、どうもしっくりとこない。何かが違う気がしてならなかった。
そこで、主任に相談をすると、「現場に行って見てくれば?」とあっさりと答えられた。
現場に行って見てくるって、配属になってやっと半年が経った経験もないに等しい若いのが、単独で現場に行くなんて区長や助役が許可するわけないでしょうに。なんて思って、簡単に行けるはずがないと思っていると、次の日だったかその次の日だったか、朝の点呼の担務指定で主任が、
「東高島、現場調査、渡邊電気係とF電気係」
と、いともあっさりと若い職員だけで作業を組んでしまった。
まあ主任も、区長や助役と相談はしていたのだろう、若い職員だけで行かせても大丈夫だろうか、経験を積む仕事としてどうだろうかなどなど。管理者が大丈夫と判断したから、担務指定でも特に異議を差し挟まれることもなかった。まあ、さすがに公用車の鍵を借りる時に、区長からは列車と往復の交通には十分に注意するようにと釘を刺された。
公用車のライトバンに私ともう一人の同期の二人だけで、東高島駅の構内扱いになっている専用線路へと行く。その線路は基地の中にあるので、基地の入口にあたる「ゲート」では、警備員のチェックを受けなければならない。
在日アメリカ軍基地なので、このゲートから先は日本の中にあって、国内法が適用されない治外法権の地。だからゲートの警備員は、在日アメリカ軍に雇用された日本人の警備員が出入りする車や人をチェックするが、彼らはなんと腰に拳銃を携帯しているのことからも、もはやここは日本ではないと行く度に思い知らされた。
そのゲートでのチェック。とっても厳しいものだと想像されるかもしれないが、この当時は意外にも簡便だった。一般の業者は出入をする時に厳しいチェックを受けていたが、制服と制帽(またはヘルメット)にJRマークの入った公用車で乗り付ける鉄道職員は、国鉄からの流れなのだろうかどうも信用されていたらしい。
そんなわけで、出入りするのは比較的楽だったので、気軽に行ける現場だった。
もっとも、田浦駅にある横須賀基地や、拝島駅にある横田基地のように軍艦やら軍用機が頻繁に出入りし、司令部機能もある基地ならそうはいかないが、東高島駅にある瑞穂埠頭はそのようなものの出入もなく、司令部なども置かれていない、単なる輸送中継拠点だったので簡便で済ませていたのかも知れない。
このゲートといえば、今となっては笑い話、ちょっとほろ苦い青春の思い出の欠片見たいのがあった。
ある日、瑞穂埠頭で定期的な検査業務に行った帰りのこと。とうぜん、基地から出るにはゲートを通らなければならないが、出る時は車を停めて警備員に退出することを報せに行っていた。
ところが、車を停めて警備員の詰所に行くと、どこかで見知った人が立っていた。もちろん、私もビックリしたが、その警備員もJRの制服を着て歩いてくる私を見てビックリしていた。
「あれ、渡邊君、何しているの?」
「どうも、お久しぶりです。仕事できたんですよ」
「仕事?」
そういうと、その警備員は制服に留めてあった名札を見て、ああ!という納得した顔になった。
「JRに入ったんだね」
「ええ、そうなんです」
この警備員の人。実は、私が高校時代に付き合った元彼女のお父さん。
世間はほんとうに狭いというかなんというか、仕事の最中に学生時代のほろ苦い思い出が追いかけてくるなんて思いもしなかった。
「とにかく、頑張ってね。今日来たこと、伝えておくよ」
今度はニヤニヤと笑いながらいってきた。
いえ、もう過去のことなんで、今さら来たこと言わなくてもいいんですけど~、なんて考えながら、
「では、作業が終わったのでこれで退出します」
と、お仕事だけは忘れなかった。
お互い仕事が仕事なので、敬礼を交わして手続終了。まあ、この人と仕事上で言葉を交わすなどゆめゆめ思いもしなかった。
公用車に戻ってくると、一部始終を見ていた信号の先輩たちは、
「なに、ナベちゃんの知り合い?」
と、突っ込んでくることは忘れなかった。
「ええ、まあ・・・昔付き合った彼女のお父さんですよ」
なんてばか正直に答えたものだから、それから車の中は大爆笑。そして、詰所に戻るまでニヤニヤ顔で先輩たちは私をいじり通してくれた。おかげで体が熱く火照ってしまい汗だくだったのを思い出す。
まあ、逆の立場だったら、同じことしていたんだろうなあ。なんて言っても、鉄道は男所帯だし、それに若い職員には公私ともにいろいろな経験を積んで成長してほしいものだから。