旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

ヒューマンエラーを防ぐために【2】

広告

《前回からのつづき》

 

blog.railroad-traveler.info

 

 筆者は残念ながら、鉄道職員時代は運転系統ではなく、技術系統に配属されていました。あまり目立たず、そして知る人も少ない職種ですが、安全輸送を支えるという点においては、運転や車両と並んで重要な仕事だったと思います。

 運転や車両と違って、技術系統の職員はほぼ毎日のように線路内に立ち入ります。信号保安設備や電車線設備の保全検査であったり、工事設計のための現場調査であったりなど、線路内に立ち入る機会が多く、もしかしたら1年を通して立ち入らない日を数えたほうが早いかもしれません。

 そして、線路内に立ち入る場所は、踏切や旅客駅のように列車などの接近を知らせてくれる場所ばかりでなく、駅と駅の間や入換の激しい貨物駅や運転区所の構内であることがほとんどなので、少しでも気を抜こうものなら列車などに轢かれて、よくて腕か脚の1本は失い、大抵の場合は命を失い、最悪は五体が全てバラバラにされるのです。

 ですから、鉄道職員に成り立ての頃は、線路内に入るための指差称呼を徹底的に叩き込まれました。建築限界の外で立ち止まり、「右、よし!左、よし!前、よし!」と指差しをしてその方を向き、目で列車などがいないことを確認して大声で唱和しますが、少しでも声が小さかったり確認が不足していたりすると、間髪をいれずにやり直しを命じられたものでした。

 

線路内に立ち入るときや横断をするときには、指差称呼は絶対に欠かしてはならないと新人時代に叩き込まれた。特に貨物駅構内で入換をする貨車は、機関車に押される形で走行すると、意外にも走行音は小さいので気づかないこともある。これに気づかず線路内に立ち入れば、よくて重度の後遺障害、最悪は命を落とす危険があるからだ。写真は鉄道職員時代に指差称呼をして線路内に立ち入ろうとする筆者。(撮影用にポーズを取っているので、実際の作業時には反射材のついた安全ベストを着用し、レール頭部に足をかけることはない)

 

 後に電気区に配属になって先輩方と線路内へ立ち入るときも、全員が必ずこの動作をしていました。もちろん、先輩方は新人のように大声を出すことはしませんでしたが、必ず声に出して指差称呼をしていました。

 また、かつての駅には無人駅でない限り、必ずホームには駅員がいました。出札窓口や改札口のラッチにいる駅員は営業ですが、ホームに立っていた駅員は輸送なので、小さな詰め所からホームに出ると、必ず線路内を見て異常がないかを指差称呼で確認をしていたものです。先日訪れた大阪市内にある南海電気鉄道新今宮駅には、かつての国鉄のようにホームには輸送の駅員が立っていましたが、やはりホームに立つと指差称呼をして確認をしていました。このように、線路内に列車がいないか、異常がないかを確かめる指差称呼は鉄道職員としての基本中の基本といえるのです。

 さて、筆者の場合、線路内に立ち入るだけでなく、様々な場面で確認をすることが必須でした。信号保安設備の作業の場合、些細なミスが信号設備の誤作動を招き、そのことが多くの乗客や貨物を危険に晒す大事故に発展しかねないので、特に慎重さが求められました。

 例えば、分岐器全交換に伴う転轍機の仮撤去復旧の場合、転轍機を一度分岐器から取り外さなければなりません。電気転轍機や鎖錠装置付転轍機は軌道回路と電気的に接続されているので、これらのケーブル配線も外す必要があります。外すときには、ただ漫然とケーブルを外すのではなく、何色のケーブルがどの端子につながっているのかを絶縁テープにメモを書いて、それをケーブルにくくりつけるのです。

 分岐器全交換が終わると、転轍機を分岐器に取り付け、外しておいた配線ケーブルを取り付けていきますが、絶縁テープに書いたメモを頼りに転轍機の端子に繋いでいきます。繋ぎ終えたら動作試験をするのですが、その前に、ケーブルが正しく配線されているかを必ず確かめなければなりません。万一、異なる端子に繋いでしまうと、最悪の場合は過電流が流れて軌道回路の継電器(リレー)を焼損したり、そこまでいかないまでも転轍機が作動しないといった不具合が起きたりしてしまいます。

 そうならないために、端子とケーブルを繋いだ人間が確かめ、次いでもう一人の職員が正しく結線されているかを確かめます。これを怠り、転轍機が正常に作動しなかった場合、貨車の入れ替え作業ができなかったり、機関車が定時に出区できなかったりするなど、列車の運行にも大きな悪影響を与えてしまうので、確認作業は特に慎重を要しました。

 他方、保全工事などの工事設計でも、鉄道時代は確認作業の連続でした。

 筆者が経験した在日米軍専用線保全工事は、年に1度、防衛施設庁(当時)を介して専用線保有する在日米軍に対して、保全検査と修繕工事に関する設計図面と積算書を提出していました。設計図面は保全検査を施行する施設の箇所、それにかかる費用の積算見積を算出し、修繕工事では施行する施設の箇所だけでなく、その施設のどの部分を修繕するのか詳細な図面が必要になり、日本語と英語、両方で書かれたものを作成しました。また、積算見積は積算資料などを根拠に資材の単価から必要数、必要経費をすべて計算して作成しました。

 担当者である筆者はそれらをすべて作成すると、そのまま在日米軍に提出するのではなく、まず、工事設計を担当する主任、あるいは助役の確認を受けなければなりませんでした。いずれの書類も、筆者はコンピュータを使って作成しており、特に積算見積は表計算を用いていました。もちろん、セルに埋め込んだ関数式や入力した数値に間違いがなければ計算そのものを誤ることはありません。しかし、所詮は人間のやることですから、何らかのミスがあってもおかしくない、というのが前提だったのです。言い換えれば、コンピュータは人間の命令を忠実に実行する分、人間のミスも忠実に実行するのです。

 

《次回へつづく》

 

あわせてお読みいただきたい

 

blog.railroad-traveler.info

blog.railroad-traveler.info

blog.railroad-traveler.info