電気区に配属されて、現場での仕事に慣れ始めた頃、その日の担務指定で割り当てられた現場へ意気揚々と出かけると、公用車から降りて工具や部品を下ろし終えると主任から、トランシーバーを渡された。
いったい何をするのかと不思議そうにしている私に主任は、
「ナベちゃん、これを持って扱い所に行って見張をやって」
といわれた。扱い所とは駅や機関区などにある信号扱所のことで、当時は多くの駅や運転区所にあった。
前回までは
この信号扱所では、列車の運転にかかわる様々な隣の運転取扱駅から列車が発車すると、専用の閉塞電話でその連絡を受けて、自分の駅の場内信号機を操作して適切な現示・・・色の表示・・・をする。そして、列車が到着して発車時刻が来ると、今度は本線上に列車の発車に支障がないことを確かめると、出発信号機を操作して適切な現示をさせる。列車が発車すると、その時刻を確かめ、閉塞電話で次の運転取扱駅の信号扱所にその連絡をする。
もちろん、これだけではない。
大規模な駅や運転区所になると、信号扱所は1か所だけではなく複数置かれていて、それぞれの決められたエリアの信号機や転轍機の操作をしている。車両の入換えがあれば、操車係の職員からの通告を受けて、操作卓にあるスイッチ類を操作して車両が通るルートを開通させるのも信号扱所の役割だ。
こうした列車の運転(といっても、運転士や機関士が車両を動かす運転操作ではない)に直接携わるのが信号扱所の仕事。そしてここには、国鉄時代は運転掛、民営化後には輸送係という職名の職員が24時間交替で休む間もなく詰めているのだ。
この信号扱所に列車見張として上がる(信号扱所のほとんどは構内を見通せるように建物の2階以上に設けられていることが多く、現場では「扱い所に行く」ではなく「扱い所の上がる」といっていた)のは、ここでは列車の運転状況や車両の入れ換えスケジュールを逐次把握しているからだった。
列車の運転や構内での車両入換えは、すべて予め設定されたダイヤに従って運転されたり作業がされたりしている。それならばわざわざ信号扱所に上がらなくとも、ダイヤを持って現場で見張ればいいのではないかと思われる方もいるだろう。
しかし、厳密にはすべてが設定されたダイヤどおりに動いていることは限らない。もしもそんなことをしてしまっては、最悪は触車事故を起こしかねない。
例えば列車は必ずといっていいほど遅れが発生する。本来は遅れなどあってはならないのだが、やはりどうしても5秒、10秒、15秒と秒単位で遅れてしまうことがある。通勤ラッシュの時間帯であれば、大勢のお客さんでごった返している駅のホームに、これまた大勢のお客さんを詰め込んだ列車がやってくる。
そして、大勢のお客さんがホームにおり、代わりに同じ数、いやそれ以上の数のお客さんが列車に乗り込もうとするから、乗降にはそれなりの時間がかかってしまう。
もちろん、ダイヤを設定するときにはそのことを見越して余裕をもたせてはいるものの、雨や雪など悪天候の日や、服を着込んだ冬場などでは晴れた日や夏の時期に比べて時間がかかる。こうなると、列車の遅れなど日常的に起きてしまうものだ。