旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第二章 見えざる「安全輸送を支える」仕事・転轍機(てんてつき)の定期検査【中編】

転轍機(てんてつき)の定期検査【中編】

 私が実際に線路に出るようになって間もない頃、信号を専門にする主任と技術係の先輩に連れられて、高島線の新興駅へ行った。*1
 当時の新興駅は車扱貨物だけを取り扱う駅で、貨物列車の発着本数も極端に少なかった。私の記憶では、昭和電工でつくられたアルミナをホキ3000形などの貨車を使って、どこかへ発送したいた。


前回までは

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 あとは、あまり使われなくなっていたが、食糧庁のサイロが三地区へ伸びる側線の途中にあって、そこからクリーム色に塗られたホキ2200形で米だか小麦だかを発送していたようだった。*2

 そんな発着の少ない駅なので、本線から分かれた発着線の転轍機は人力のものだ。もちろん、本線の近くにあるので、容易に転換ができないよう電気鎖錠器がついている。

 公用車(こういうあたりが、民営化で民間会社になっても「国鉄」の名残があった)のライトバンが駅の片隅にある保線用の駐車スペースに着くと、車から一斉に降りる。そして、後ろの荷台に積んである大型のスパナやマシン油といった点検に使う工具を持って線路へと出る。もちろん、そうした工具を持っていくのも、新人である私たちの仕事だ。

 このスパナはレールの継ぎ目板の締結ボルトや、転轍機の各部をつなぐボルトやナットを回すのに使うので、その長さは優に1mはあるものだ。おまけに鉄でできているのでやたらと重い。1本あたり軽く3kgはあっただろう、それを多いときには片手で3本持たなければならなかった。
 空いたもう一つの手にはマシン油や細かい工具、交換用の部品などが入った籠も持っていかなければ仕事にならないから、車か近いところならそんなに苦労はしなかったが、遠くの転轍機に行くときは力勝負で着いたときには腕が痺れていたなんてこともしばしばあった。

 これだけでは終わらないのが、線路際で働く鉄道マンの辛いところ。個人用に貸与された工具もあって、それらは腰に巻いた安全ベルトに革でできたフォルダーを吊し、そこにドライバー2本、電工ペンチ、ラジオペンチ、ニッパー、モンキーレンチ大小1本ずつ、それに小物を入れる帆布でできた袋を下げていた。
 ベルトと工具の重さを合わせると、多分4~6kgはあっただろうか。そんな工具だけで重くなった体を、これまた履き慣れない長靴の安全靴で砕石が敷き詰められて不安定な線路を歩いて行くのだから、それはもう気力と体力が必要だった。

 そんな慣れないことをしながら先輩たちの後を追うようにして現場へ着くと、普段は物静かな技術係の先輩が、フラフラと歩く私を見て、「大丈夫か?」といいながら笑っていた。
 いや、大丈夫ではないです!と言いたいのをグッと飲み込み、「はい、大丈夫です」と答えると、主任は「そうには見えないよ」とこれまた笑いながら言った。
 でもね、口が裂けても言えないんですよ、無理!なんてこと。現場に出たからといって、大して役にも立たない見習中の新人は、こうしたことでしか役に立たないから、腕が痺れようが筋肉痛になろうがグッと堪えてやらなければならない。

 現場に着いて工具を下ろすと、息つく間もなくすぐに作業だ。
 主任の先輩が近くにあるトークバックという一種の有線電話で駅の信号扱い所に作業を始める打ち合わせをしている間、技術係の先輩が電気鎖錠器の蓋を開けて検査の準備を始めた。
 検査が始まると、作業そのものはそれほど複雑ではなかった。スパナを使って分岐器のトングレールを動かし、鎖錠状態を確かめる。鎖錠が甘いとそのスパナで調整用のナットを回して適正な状態にした。
 鎖錠器は幾つかの接点があるが、何しろ常に電流が流れた状態で外気に触れているので、化学反応を起こして緑青(青錆)が浮き出してきてしまう。これが分厚くなると電気が流れず、電気鎖錠器も正しい動作をしなくなるので、金属磨き剤を布に塗りつけて接点を磨くという、何とも原始的で根気の要る作業だった。
 それを見ていると、「ほら、ナベちゃんもやってみな」と私に布を渡したので、見よう見まねで磨き始めた。
 一通り見えるところを磨き終えると、これで終わりかと思ったら考えが甘かった。接点は筒状のものに巻き付けてあり、転轍機のポイントリバーを返すとこの筒状のものが回転する。だから、見えない部分はまだ磨き終わっていないのだ。
 そんなわけで、私はポリントリバーに取り付いて、転轍機を返そうと力一杯引いてみた。
 ところがうんともすんともいわず、まったく動く気配がない。
 電気鎖錠器のついた転轍機は、鎖錠解除ボタンを押さないと返せないようになっていた。そう、私は何も知らず、その解除ボタンを押さないでレバーを引いたのだ。
 先輩から鎖錠解除ボタンの位置を教えて貰い、それを押しながらもう一度レバーを引くと、今度は思いっきり「バタン!」と音を立てて転轍機が転換した。
 ところが、私は少し勢い余って、レバーから「吹っ飛ばされた」形になってよろめいてしまった。
「あんまり勢いよくやらなくても大丈夫だよ。下手したら、ぎっくり腰になってしまうよ」
 これまた主任が、今度は少し呆れたように笑いながらいった。
 力を入れなくても転換できる・・・やる前に言ってほしかったが、そんな贅沢はいえない。

 電気鎖錠器の清掃と検査を終えると、転轍機の摺動部分に持ってきたマシン油を差して、何回か試験動作をさせるとすべての作業が終わった。だいたい1時間は作業をしていただろうか、とにかく無事に終わってホッとした。

*1:東海道貨物線のうち、鶴見から海岸沿いを走り、東高島駅を経て根岸線桜木町駅へと至る貨物線

*2:この頃は既に食糧庁のサイロからの発送はそほとんどなかったが、稀にホッパ車での輸送があった