旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第二章 見えざる「安全輸送を支える」仕事・何でもやります! まさに電気屋さん【前編】

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◆何でもやります! まさに電気屋さん

 信号設備のように鉄道マンならではなの仕事もあるが、一見するとこれも鉄道マンの仕事なの?と思えるようなことも仕事のうちだった。
 ある日、庁舎の電灯がつかなくなってしまった。
 最初は球切れかな?と思い、新しい蛍光灯をもってきて付け替えてみたものの、やっぱりつかなかった。さて、これはどうしたものかと思案していると、電力を担当している主任がやって来て、「これは安定器が壊れているな。ナベちゃん、交換するぞ」という。
 この主任、なかなかの男前のダンディーな人。国鉄時代は信号通信区の主任だった方だが、民営化後に畑違いの電力畑を担当して、なんと電験三種の資格まで取得していた。

 この「安定器」という部品、ふつうの家庭ではまず使ってないものだ。
 一般の家庭用の蛍光灯は100Vの電圧で作動する。まあ、最近はLEDに代わってきているけど、まだまだ蛍光灯があるという家も多いかも知れない。蛍光灯のスイッチ入れると、一瞬だけ青白い光を放つ小さなランプがあるが、あれを「グローランプ」といって、蛍光灯がつく電圧まで一瞬だけ上げる役割をしている。

 ところが、これを読まれているみなさんのオフィスなどもそうだが、こうしたところにある蛍光灯にはこのグローランプがない。オフィスなどの蛍光灯は家庭用のとは違って200Vで作動するもので、ラピッドスタートと呼ばれる方式のもの。
 200Vの電圧の電気を安定的に蛍光灯に流すために、安定器と呼ばれる変圧器(トランス)が必要になる。

 そう、その安定器が壊れてしまったのだった。
 さて、道具と部品を用意をすると、天井の点検口を開けるなり主任は中へと入っていってしまった。私はビックリしてその様子を見ていると、「何やってるんだ?早く安定器を持って、こっちに来ないか」と言われてしまった。
 とりあえず安定器と呼ばれるカステラほどの大きさをした金属の箱に収められたトランスを点検口から主任に渡すと、私も脚立を登って点検口から天井裏へと入っていった。
 天井部らもちろん真っ暗。しかもホコリがすごくてどうしようもないほどだった。とはいえ、これも仕事だと言い聞かせて体全体を天井裏へと入れた。
「ナベちゃん、梁があるところだけに手や足を置くんだ。他のところに体重をかけると、天井を突き破ってしまうからな」
 と主任が言う。なんとも恐ろしいことを簡単に言うもんだ。

 ほとんどの天井は「吊り天井」といって、実際の天井から金具で石膏ボードが吊られている。そして、その石膏ボードには、照明器具やエアコンなどが取り付けられ、電気の配線なども設置されているのだった。
 だから、石膏ボードに足を乗せて全体重をかけようものなら、たちまち石膏ボードはその重さに耐えきれなくなって破れてしまい、足が突き破って惨めな姿をさらすは目になってしまう。そんなことをしてしまっては、天井まで修理することになってしまうから大変なことだ。

 私は恐る恐る手や足を梁の上に乗せながら、まるで虫のモノマネでもしているかのような格好で天井裏を這っていった。もはやこれが鉄道マンの仕事とは思えないようなことをしている自分に苦笑いも出てしまった。

 こうして石膏ボードを突き破ることなく無事に壊れた灯具のある場所まで来ると、いよいよ安定器の交換を始めた。そうはいっても場所は天井裏なので、周りは真っ暗で何も見えない。
 懐中電灯の明かりを頼りに古い安定器を外して、新しい安定器に付け替える。
 ただそれだけなら簡単な作業だが、配線をし直さなければならないのが厄介だった。古い安定器につながっていたケーブルは一度ペンチで切ってしまっているから、絶縁のためにある被覆を剥かなければならない。
 ナイフを使って被覆を剥くこと自体は、高校時代に学習してきていたからそれほど難しいものではなかったが、高校の実習と大きな違いは「電気が流れている」ということだ。だから、下手なことをすれば当然感電してしまうし、最悪の場合短絡(ショート」をさせてしまいブレーカーを吹っ飛ばしかねなかった。
 だから被覆を剥くときは、とにかく慎重になったことは憶えている。
 それはもう、緊張のあまり息をすることも忘れてしまい、無事に剥き終わると「ブハー」と大きく溜め息を漏らしたくらいだった。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

 主任は笑っていたが、私にとっては活線で作業をするなんて初めてのことだ。そりゃぁ緊張もするよ。
 おまけに天井裏での作業はとにかく窮屈だった。体をかがめなければならないのに加えて、体重をかけることができるのは梁のあるところだけ。だから、時には本当に奇妙な格好をして、地上にいるときと同じ作業をしなければならないから、普段よりも大変なものになっていた。

 無事に安定器の交換が終わると、実際に電気を流してのテストだ。
 トランシーバーで下に残っていた同僚にスイッチを入れてもらうと、見事に蛍光灯がついた。これで一仕事が終わった。

 こうした仕事は割と多くあった。まるで電気の工事屋のような仕事だが、これも鉄道マンの仕事のうちだったのには正直驚いた。
 でも、考えてみれば私は貨物会社だったので直接お客さんが使うような施設はないが、駅のホームや鉄道マンが働く詰所や庁舎、そして駅の構内には必ず照明がある。その照明がつかなくなってしまっては、鉄道としての機能に差し支える恐れもある。だから、国鉄はこうした作業もすべて自前で行っていたのだった。その流れを汲んでいるから、電気工事の仕事も電気区の職員の範疇になっていたのだった。