旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

消えゆく「国鉄形」 痛勤ラッシュを支え続けて【13】

民営化後も続く都落ち

 103系電車はスピードを落とす時に走るために取り付けてあるモーターをブレーキにします。モーターをブレーキにする?と思われる方も多いのではないでしょうか。
 ブレーキというと車輪をブレーキパッドで挟み込んで速度を落とすところを想像するかも知れませんが、それも間違いではありません。ですが、90km/hの速さではしる列車を車輪を挟み込むブレーキで速度を落とそうとすると、ブレーキパッドはたちまち消耗してなくなってしまいます。そうすると、ブレーキパッドの交換も増えて不経済です。


前回までは

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 そこで、モーターに流れる電流を逆方向にさせ、モーターを発電機とすることでその抵抗力をブレーキにしているのです。モーターを発電機にすると当然電流が発生しますが、その電流をどこかで消費しなければなりません。

 それならパンタグラフを通して架線に戻せばいいじゃないかって?そうですね、それなら経済的でいうことはないのですが、実際にはそうはいきません。あまりにも電流が大きいと簡単に戻せないんです。そうするためには、お値段も高い制御器か、メンテナンスの手間がかかるモーターが必要で、国鉄にはそのどちらも選ぶことが非常に難しかったんです。
 モーターを発電機にしてつくった電流は、先ほどお話しした電流調整用の抵抗器に流して電気エネルギーを熱に変えて捨てていました。ある意味、ほんとうにもったいないお話です。

 ところが、205系電車は高価な制御器も必要なく、メンテナンスの手間がかかるモーターを使わなくて済み、しかも国鉄伝統の安価な抵抗器をつかった制御器にちょっとだけ付加回路をつけることで、モーターで発電された電流をパンタグラフを通して架線に戻すことができる電力回生ブレーキを使えるようにしました。
 さらに、この頃の私鉄電車では標準になりつつあったボルスタレス台車を装備しました。従来の台車に比べて部品の点数が少ないボルスタレス台車は軽量で、電車そのものの消費電力を少なく抑えることができます。そして乗り心地も金属コイルバネの台車と比べると、遥かに改善をすることが期待できました。
 まさに205系電車は、国鉄が熱望したできるだけ安価でつくることができる、次世代の省エネ電車だったんです。
 こうして登場した205系電車は先行量産車が山手線を走り始めます。うぐいす色一色に塗られた103系電車が走る中で、銀色に輝くステンレス車205系電車はとても目立つ存在でした。

 先行量産車をつかっての営業運転で好成績をおさめた205系電車は、その年のうちに量産車がつくられ続々と山手線を走る電車たちの住処である品川電車区(後に山手電車区、現在の東京総合車両センター)へ配置されてきました。
 それまで東京の中心部である山手線で走り続けてきたうぐいす色の103系電車は、自らが配置された時に先輩である101系電車や72系電車を押し出したように、続々とやってくる205系電車たちに押し出されていきます。そして分割民営化を挟んで1988年に、103系電車は山手線からすべて退いていきました。

 一方、京阪神でも201系電車による103系電車の置き換えが始まっていましたが、なにせ車両をつくるコストが高いために、中央快速線のようにすべての103系電車を置き換えることは叶いませんでした。
 そこで登場したのが205系電車でした。新しい銀色に輝く電車が住処である明石電車区にやってくると、スカイブルーを身に纏った103系電車はそこを追われ、日根野森ノ宮、奈良といった京阪神にある他のところへと住処を移していきました。

 一方で、首都圏の主要路線の一つ、京浜東北線では少しばかり事情が変わっていました。
 京浜東北線は分割民営化以後も、205系電車が少しばかり配置されたところで置換が止まってしまいましたので、しばらくは103系電車が活躍を続けることができました。
 とはいえ、いつまでもそのままというわけにもいきません。
 後を引き継いだJR東日本は、次世代の車両として205系ではなく、新しいコンセプトに基づいた車両を開発していました。そこで登場したのが901系電車です。

 

f:id:norichika583:20180725150907j:plain▲民営化後、首都圏の主力路線の一つである京浜東北線205系電車ではなく209系電車によって置き換えられた。ランニングコストだけではなく製造コストも大幅に軽減したことにより、新型車両への置き換えは国鉄時代のようにゆっくりと時間をかけるのではなく、一気に短期間での実現が可能になった。この209系以後、JR東日本の新車置換は短期間で行われるようになる。(©出々 吾壱 Wikimediaより)

 

 国鉄~JRで900番台をつけた車両は「試作車」というお約束がありました。この901系電車もその数字から分かるように試作車でした。
 この901系電車はとにかく、製造コスト、ランニングコストを極限まで抑えようというコンセプトで開発されたものでした。従来の車両と比べて「重量半分、価格半分、寿命半分」というコンセプトは、陳腐化、老朽化の目立つ国鉄形車両を大量に置き換えなければならないことや、民営化となったことでコスト意識が大きく変わったことなどが影響したようでした。

 その901系電車の試験の結果を反映して登場したのが209系電車でした。
 この209系電車は、とにかく製造コストが安価に抑えられたことで、大量生産に向いたものでした。それ故に、209系電車が送り込まれてくるペースも従来とは比べものにならないくらい速いもので、スカイブルーの103系の住処である蒲田や東十条、大船に続々とやって来て、あっという間に103系を押し出してしまいました。

 こうして首都圏の主要路線を走り続け、通勤ラッシュを支え続けた103系電車は、他の路線へと散り散りになっていき、周辺路線に残っていた101系電車を次々と廃車へと追い遣っていきました。
 そして、これ以後、首都圏の電車の置換のスピードは、それまでの国鉄時代の常識を覆すようなスピードでされるのが常となっていきました。