旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第二章 見えざる「安全輸送を支える」仕事・再び研修勤務 隅田川駅で過ごした1か月の技術研修【後編】

◆再び研修勤務 隅田川駅で過ごした1か月の技術研修【後編】

 ある日、講義の内容も進んでいよいよ鉄道独特の電気技術の話に入っていったのだが、私はと言えば毎日既に学んだ内容を聞かされ、いつものように上の空で聞いていた。ところが、鉄道の電気独特の内容に入ったことも気に留めずにいたのだから、ふと我に返ると肝心なことを聞き逃してしまったことに気がついた。
 その時はもう後の祭り。慌ててテキストをめくり、内容を確かめてもちんぷんかんぷん。これはマズいと、そこからは真剣に講義を聴くようになった。で、聞き逃してしまった部分はというと、帰りの日比谷線の車内でテキストを何度も読み、帰ってから猛勉強。我ながらしくじってしまったと猛反省だった。
 しばらくすると、いよいよ実習が始まった。
 最初は電気に携わるエンジニアとして基本的な技能として、電線同士をつなげる「結線」ということだ。会社もできるだけ私たちに技術を習得して貰い、現場で活躍してくれるようにと実習用の材料を用意してくれていた。結線の実習では、真新しい電灯線用の硬い銅線であるVVFケーブルを一巻き、私たちに与えてくださった。
 これもまた、私は高校時代に習っていたから課題をすんなりこなすことができた。グレーの被覆をナイフで切り取り、中の銅線の被覆も規定の長さまで剥き取ると、露わになった銅線同士をねじり合わせる。こう書くと簡単に思えるかも知れないが、これが結構難しい。何しろ、外部から力が加わってもけっして外れてはならないし、銅線同士の間に空間ができてもいけない。文字通り「緊密」に結び合っていなければならないし、銅線自体も硬いから意外に大変な作業だ。
 課題を終えると、私は銅線と悪戦苦闘をする同期を手伝うことにした。結ぶ時のコツや注意することを伝えていると、技術課の人から「渡邊君は経験があるのか?」と聞いてきた。高校時代に教わったことを話すと、「そうか、うち(会社というより技術課だろう)にうってつけだな」と笑っていた。
 そういわれて悪い気はしないが、内心では電気の仕事をしたくて鉄道会社に入ったんじゃないんだけどなぁ、なんて思いもした。とはいえ、これで給料を貰って食べていくのだから、働くというのは本当に厳しい。
 別の日には電車線の実習があった。
 電車線という言葉はあまり聞いたことがないと思う。電化した鉄道線路で、パンタグラフを介して電気車(鉄道車両の動力別に指す言葉。厳密にはこちらが正しく、電気機関車や電車をいう)に電気を供給するための電線といえばお分かりになると思う。
 ところが、この電車線の実習も室内だった。この当時、貨物会社には機関士を養成するための教習所もなく、機関士の養成は大宮にある旅客会社の教習所に委託していた。そのような時代だったので、当然、私たち施設系統の技術を学ぶための実習用の線路や設備などはなかった。だから、保守作業で発生した廃材を隅田川電気区の先輩方が私たちのためにもってきてくれて、それを使って基礎的な知識と技術を学んだものだった。
 この実習では、吊架線にハンガーでトロリー線を取り付ける、というものだった。これまた「なんのことだ?」なんて思われる方も多いと思う。それだけ、鉄道の世界は専門の知識と技術がいるということかもしれない。
 吊架線は電車線の一番上にあるより線のワイヤー、トロリー線はパンタグラフが直接擦っている亜鉛銅線、そしてこの二つの電線をつなぐ細い縦のアルミ棒がハンガーだ。一見すると簡単に見えるかもしれないが、これがまた苦労をする代物だった。
 吊架線に見立てたトラロープ(黄色と黒の縞模様のロープ)を教室に張って、その下に重いトロリー線を持ってきてハンガーに取り付ける。トロリー線は当然、何かに固定されてないし、吊架線に仮に吊された状態だから少し力を入れただけで動いてしまう。そのトロリー線にハンガーを取り付けるところを決めて、ハンガーに緊締金具で固定させていく。最初の1個目はそう難しくないのだが、2個目以降は吊架線に対して緩んでいてもダメ、かといって張りすぎていてもダメと言うから何度もやり直す羽目になった。
 こうしてようやく取り付けることができて、先生役の技術課の人にできたことを伝えると、その出来栄えを見て「うーん、これじゃダメだよ。ほら、吊架線が緩んじゃうじゃない」と、トラロープを持ってブンブンと揺らす。これまた厳しいというかなんというか、実習は地上でやっているからなんとかなっていたけど、この作業を地上4.5mの高さのところにハシゴで登ってするのだから、まさに職人芸というかなんというか。これができる人っていったいどんな人なんだ?なんて思いもした。