旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

鉄道マン時代の回想録 独り立ち・八王子機関区構内トロリー線交換工事【1】

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 いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。

 最後にこのシリーズを書いたのは、もう3年ほど前、それも新型コロナウイルスが国外で流行りだした頃でした。あの頃は、まさか世界中が未曾有のパンデミックに見舞われるなど微塵も考えたことはなく、対岸の火事、他人事にしか考えていませんでした。

 ところが、現実には対岸の火事どころか、自分ごとになってしまい、あの悪夢(?)のマスクと巣ごもり生活が襲ってきました。おかげで、毎日毎時間、酸欠に近い状態で授業をする羽目になり、しかも、これまで培ってきた常識など役には立たず、おまけに「新しい○○」なんて美辞麗句を毎日のように聞かされ、一体いつまでこの状態を続けるのだろうか、そして終わりまで保つのだろうかと考えたものです。

 それにしても、あの頃、「新しい様式」という言葉を、散々聞かされました。筆者に言わせると、別に「新しい」のではなく、素直に「感染拡大防止のための」といえば良いものを、なぜ、わざわざ「新しい」という言葉を使うのか、言語教育も司る身としては非常に違和感を覚えたものです。そうでもしないと、自分たちの無策ぶりが露見してしまうからなのかな?なんて、邪推もしたものです。

 とはいえ、筆者が鉄道職員時代、保守管理をする施設設備が交換工事を必要とする基準になって、支社や本社にその上申と予算申請をしても、なかなか理解してもらえず、先送りされ、最後には限界ぎりぎりになり、旅客会社からも指摘されてようやく重い腰を挙げるなんてこともありました。そうしたあたり、コロナのパンデミックでの対応と重ね合わせて見てしまう自分がいることに、苦笑いすらしたものでした。

 さて、筆者が鉄道職員になって二度目の冬、八王子機関区構内のトロリー線が摩耗してしまい、交換工事を迫られていました。もちろん、この工事の承認と予算確保にはかなり苦労をしたようで、派出の助役は支社に出向いて説明をし、本区の区長は電話で支社と本社に要請をしていたようでした。もちろん、ただでさえ経営状態が芳しくない中で、予算をやりくりするのはかなり難しかったようですが、その中でも筆者が携わった施設電気に関しては、優先ランクから言えば下から数えたほうが早かったと記憶しています。

 今となってはそれもわからないまでもないのですが、若かったあの頃は「役に立たない機関車につぎ込む金があるんだったら、こっちに回してくれてもいいのに」なんてよく言ったものでした。

 ここでいう「役に立たない機関車」とは、会社が鳴り物入りで試作したEF200とEF500のことで、どちらも開発には相当の金額がかかっていました。そして、試験走行は何度も行われていたようですが、フルパワーを出した途端に架線に電圧降下を起こし、さらには変電所を「吹っ飛ばす」とさえ言われ、もはやただただ出力がデカいだけの存在でしかなく、実用化はまだまだ遠い先のお話でした。結局、何とか量産に漕ぎ着けたのはEF200だけで、それも最小ロットの20両を製造しておしまい。EF500に至っては試運転もそこそこで終わりになり、量産どころか早々に除籍されてしまいました。

 そんな、「机上の空論」のスペックで作った機関車には相当のコストを掛け、他方で列車の運行を支える設備は老朽化が進んでいたので、そう言ってしまうのも仕方のないことでした。とはいっても、今思い起こすと、なんとも世間知らずだったなあと思い、ちょっと恥ずかしくもなりますが。

 さて、何とか派出の助役と本区の区長が粘り強く訴え続け、電力設備を担当していた先輩は国鉄時代のツテを使って旅客会社から圧力をかけた(?)成果から、ようやくトロリー線の張替え工事の承認と予算執行の目処がついたのでした。

 

架線柱と架線ビーム、そしてそこから吊り下がるようにして設置されているのが、吊架線、そしてトロリ線である。トロリ線に直接つながっている太い線は饋電分岐線で、饋電線から直流1500Vを流している。この中で、もっとも消耗するのはトロリ線で、一定の太さになるまで摩耗すると交換が必要になる。これを放置すると、トロリ線の強度が落ち、引張力に耐えられなくなり最悪の場合は断線する。断線した場合、直流1500Vの電流が地面にアース(短絡)してしまうので過電流状態となり、饋電線に電流を供給している変電所では異常電流を検知して送電が止まってしまうのだ。たった一か所の事故が列車の運行を広範囲にわたって妨げかねないので、鉄道にかかわる多くの施設や設備は常に最良の状態を保たなければならない。(八王子駅 2023年7月16日 筆者撮影)

 

 一度、工事の承認が降りると担当者は大忙しになります。トロリー線の張替えとなると、貨物会社単独ですべてを終わらせる事はできません。なぜなら、貨物会社が管轄する駅や運転区所などの電気設備は、すべて旅客会社と繋がっているからです。そして、その電力の供給も旅客会社からされているので、様々な手続きが必要となります。

 工事の日程を決めるために、現場の責任者と調整することから始まります。この工事の場合は八王子機関区で、先輩は何度も出向いたり電話をしたりしていました。工事を実施するに当たって、該当する線を止めなければならないので、そこを通過する車両はないかとか、あった場合、ほかに迂回が可能なのかを検討しますが、これは機関区でなければわかりません。

 そして、繁忙期を避けて日程を設定し、その中でももっとも入換などで車両の動きがない時間帯を選んでいきます。この工事では、12月から翌年1月は旅客列車も貨物列車も運転本数が増える繁忙期となるため、そこは除外されました。そして、貨物輸送が少なくなる1月末から2月初めが選ばれ、作業時間も列車の運行が終わる23時以降に設定することになりました。

 こうして日時が定まってくると、今度はき電停止と線路閉鎖の手続きを始めます。き電停止は変電所から送られてくる、電車線用の直流1500Vの電流を、工事が行われる箇所を含む区間に送電を止めることで、これはすべて旅客会社の電力指令が担っています。そのため、工事設計者は旅客会社の電力課と電力指令とやり取りをし、き電停止会議にも出席しなければなりません。

 これと並行して、線路閉鎖をする旨を旅客会社の輸送指令に通告もされます。これは支社の担当者が旅客会社に対して手続きをしていたようですが、場合によっては、工事設計者が担っていました。

 こうして、数々の手続きなどを終えると、き電停止を伴う工事が行われる旨を、旅客会社が発行する「達示」と呼ばれる刊行物に掲載されました。この「達示」は、臨時列車の運転計画から、団体旅行の計画、線路工事や信号機器の工事、電力設備の工事など、様々なことが掲載されていました。

 例えば・・・

 

八王子機関区構内におけるトロリー線交換工事の施行及びき電停止

施行番号:横羽電平○第0023号

日時:平成○年△月□日 23時15分〜ヨ5時00分

施行区所:横浜羽沢電気区梶ケ谷派出

施工箇所:八王子機関区出庫1番線(東京起点○km□m)

事由:当該箇所のトロリー線摩耗による交換作業実施のため

き電停止施行区所:立川電力区

き電停止区間:立川変1号〜八王子変1号(ただし、現地にて断路器操作も施行)

工事担当者:○○○○(電話:057−△△△△)

 

 のように示されます。(もっとも、これは筆者の記憶をもとに再現したものなので、実際のものとは異なります)

 

筆者が初めて「一本立ち」として工事監督として立ち会った八王子機関区跡。トロリ線の交換は機関区庁舎前にあった線路にある電車線で行われる予定だった。既に廃止されて久しく、機関区庁舎だけが放置状態で残っている。現在は未舗装の駐車場として使われている場所には、かつて機関区検修建屋があり、すでに全廃になったEF64基本番台が数多く出入りしていた。もっとも、筆者がここに出入りしていた頃には車両配置はなく、検修部門もない乗務員配置区として残っていただけで、高崎からやってきたDD51中央東線を下りてきたEF64が折り返しの一時を過ごしていた。これも後に八王子駅の貨物部門(駅の操車を担当する輸送、貨物営業を担当する営業、そして施設や電気設備の保守管理を担当する保全区)と八王子機関区、甲府機関区が統合されて八王子総合鉄道部になり、さらにコンテナ列車の発着を廃止して自動車代行駅となったことや、保全部門の合理化などによって東京保全センターへ移管されるなどしたため、乗務員は新鶴見機関区の傘下に入って八王子派出となり、さらには鉄道部時代に傘下に収めていた甲府派出が残り、八王子派出は甲府派出へ統合されて姿を消していった。(旧八王子機関区跡 2023年7月16日 筆者撮影)

 

 こうした達示がほぼ毎日のように駅や運転区所、施設電気などの保全区所に配布され、担当者がこれを毎日チェックし、関係するものは赤線を入れるなどして、部署全体に知らせることになっているのです。

 こうして様々な手続きを経て工事が決定し、き電停止や線路閉鎖の手配が済むと、あとは施工業者と契約をすることになります。契約が終わると、あとは工事当日を待つばかりです。

 工事実施が近づくと、立会の担当者が決められます。こうした規模の大きな工事は職員が直々に行う直轄作業ではなく、業者へ委託して行われるので、立会は必要最小限の人員が指定されます。

 そして、あろうことか、入社してようやく2年めが終わろうとしている頃、昼食を一緒に食べていると、

「そろそろ、ナベ(筆者のこと)も一人で立会してもいい頃だろ」

 と、電力を担当する技術係の先輩が言い出しました。

 いやいや、チョット待って!まだ、な〜んも知らない自分に、一人で工事の立ち会いなんて無理ですよ!

 心のなかでそう叫び、信号を担当する技術係の先輩が、反対するのを期待していると、

「そうだなあ。熱心に勉強してきているから、任せてもいいだろう」

 と、同意したのです。

 こうなると、もうほとんど決まったようなもの。筆者は箸を止めて、ぽっかあんと二人の顔を見るしかありませんでした。

「そうだね。ナベちゃんなら、できるだろうよ」

 オイオイ、マジか!?

 同じ寮に住む若手の先輩まで同意したから、これはもう逃げようがありません。

「どうだ、ナベ。やってみるか?」

 実際の会話の中身は随分昔のことなので異なるかもしれませんが、だいたいこのような感じで話は進み、あれよ来れよという間に決まってしまったのでした。

 こうして昼食時の他愛のない会話のように聞こえますが、工事の立ち会いという責任の重い仕事を筆者に任せるということが決められ、その日の午後には助役から勤務指定の変更が申し渡されたのでした。

 

《次回へつづく》

 

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