はじめに
ついこの間まで「当たり前の景色」だったのが、気がついたらすっかり変わってしまっていた、なんてことは多いと思います。特に、日常生活に追われていると、周りのことなど気にする余裕もなくせばなおさらです。
私の身近にある電車もそうでした。
幼い頃、踏切で見かけた電車は黄色に塗られていて、いまでは考えられないくらいノンビリとした速さで走っていました。自転車で通りがかった踏切で見ていた電車は、その頃の私にとっては「当たり前の景色」だったんです。
それが時代の移ろいとともに、踏切で電車の通過を待つ私は車のハンドルを握り、そして通り過ぎる電車には冷房がついているのが当たり前になっていました。
やがて、それらは「気がついたら」すっかり銀色のステンレス車に取って代わられ、それすらも「過去のもの」へとなってしまいました。
それだけ身近な存在で、いつしか走っているのが当たり前だと思い込んでいたのかも知れません。通勤だけでなく遊びに行くときにも大いにお世話になった、路線ごとにカラフルな色に塗られていたこの電車、きっと乗ったことがある人は多いと思います。
今回は、この通勤電車として走り続け、いよいよその長きにわたる歴史にピリオドを打つ日も近づきつつある103系電車にスポットをあてて見たいと思います。
どうぞ、最後までお付き合い頂けると嬉しく思います。
通勤ラッシュを経験された方は多いと思います。郊外から都心へ向かう朝夕の時間帯は、勤務先へと向かうビジネスパーソンから、制服を着た通学の生徒などなど、大都市圏であればあるほどいったいどこにこんなに人がいるんだと思うほど、たくさんの人で溢れかえり、列車は異常なほどの混雑ぶりです。
駅のホームには次々と列車が到着しては、ドアーが開かれるとまるでいままで列車が我慢していたかのようにどっと人が吐き出され、そしてホームで待っていた人たちがこれ以上積み込めそうもないのに、駅員に押されてギュウギュウ詰めにされていく光景は、「痛勤地獄」などと形容されたのも頷ける話です。
私自身は大都市の中心から逆方向への勤務が多かったのでそれほど多くはないにせよ、やはりあの殺人的な混雑には辟易とされられてものです。
こんな光景を見た海外からの視察者は、「クレイジーだ」とかいったそうですが、色々な意味でガラパゴス化した日本という国の象徴の一つだったのではないでしょうか。
さて、今回の主役、103系電車は国鉄が開発した通勤形電車です。
この電車を見て、「ああ、これなら知っているよ」とか「うん、ちょっと前まで乗っていたかも」と思われる方も多いのではないでしょうか。それだけ大量につくられ、そして長い間活躍してきたということもあるでしょうが、私たちにとって身近な存在だったのだと思います。
ところで「通勤形電車」とはいったいどんなものなのでしょうか。
通勤形電車とは、その名の通り通勤・通学輸送に特化した設備と性能をもった車両です。え?読んで字のまんまじゃないかって叱られそうですね。いや、確かに通勤・通学輸送に特化した車両なんですが、もう少し詳しくお話ししますと、定義としては4つないし3つのドアを備え、車内はすべて窓を背中にした横長のロングシートとし、立席客用にたくさんの釣り革を配して、乗車定員を多く取った近距離用の車両を指していました。この定義は国鉄時代のものなので、民営化されて地域の特性に合わせた車両を開発しているJRではほとんど使われなくなりましたが、その設計思想はいまも受け継がれています。
言い換えれば、一度にできる限り多くの人を乗せることができて、多くの人を短い時間で乗り降りさせることができるようにした車両のことです。