旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

消えゆく「国鉄形」 痛勤ラッシュを支え続けて【5】

冷房装備でサービス改善を推進【前編】

 暑い夏になると今日ではエアコンをつけることが当たり前になっています。もちろん、筆者の家にも各部屋にエアコンがついています。その数、なんと5台もありますから、電気代もバカになりません(笑)
 一昔前、筆者がまだ鉄道マンだった頃は、家にエアコンがついている家はそう多くなかったと思います。あってもせいぜい1台から2台といったところでしょうか。
 そんな時代だったので、1990年代初めでも鉄道の冷房化率は100%に達していませんでした。ですから、暑いホームで汗を流しながら列車を待っていて、ようやく列車がやってきたと思い車内に入って、冷房がないと分かるとガッカリさせられたものです。まあ、それはそれで窓を開ければ気持ちのいい風が入ってくるので、ある意味季節を感じることができたものでした。
 103系電車も製造が始められた当初は、冷房装置は装備していませんでした。その代わり、窓は上段は上昇し、下段も同じように上昇させることができるので、文字通り窓を「全開」にすることができます。
 ところが、時代が進むにつれて、そうもいってはいられなくなってきます。何より、私鉄の通勤形電車が続々と冷房装置を装備した新車を登場させている中、国鉄だけが冷房のない車両をつくり続けることは、サービス面でも見劣りがするのは免れなかったといえます。
 そこで、国鉄は1973年以降につくられる103系電車は、すべて屋根上に集中式AU75形冷房装置を装備した冷房車としました。この冷房車を増備することで、通勤路線の冷房化率を向上させていきます。とはいっても、国鉄の路線は私鉄のそれに比べて多く、車両の数も膨大なので冷房化率が急速に上がることはありませんでしたが、それでもサービス面での向上は期待できました。

f:id:norichika583:20180629230647j:plain▲1973年以降につくられた103系電車は冷房装置を標準装備し、若干の改良を加えることになった。前面の上部、「おでこ」の部分にある前灯も白熱灯1灯からシールドビーム灯2灯に変わり、僅かに印象も変化した。車両の天井中央部に載っている「かまぼこ形」のものが冷房装置で、集中式のAU75形が使われた。(©kazusan Wikimediaより)

 一方で、1972年以前につくられた103系電車は冷房装置がない非冷房車のままでした。とはいえ、1972年までに製造された103系電車は既に1500両以上(※1)にもなっていて、そのすべてが非冷房車でした。*1
 いくら新車として製造する車両に冷房装置を装備しても、それ以前から走っている車両がそのままでは冷房化も遅々として進むことはありません。それに、冷房のある新車と冷房のない在来車が1つの編成に混ぜ合わさって組まれることもあり、乗客からすれば乗ってみたら冷房付きだった、とか冷房なしで隣の車両は冷房付きだったなんて、当たり外れがあるようなものになってしまいます。そんなことになれば、国鉄にクレームが寄せられるのも想像できます。
 実のところ、冷房車と非冷房車が混在することで、サービス面だけではなく機能面でも問題がありました。それは冷房用の電源でした。103系電車の冷房用の電源は、中間の電動車に装備された電動発電機から供給されます。この電動発電機、非冷房車にも装備はされていますが、その容量は20kVAしかなく車内の照明や扇風機はつけられても、電気を大量に食う冷房装置を賄うことはできません。せっかく冷房装置を装備していても、肝心な電源がなければ機能しないということもありました。

*1:冷房試作車を含む。冷房が使用できなかった地下鉄直通用の1000番台、1200番台はこの数に含めない