旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

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6.インテリアデザインも脱国鉄

 一方、車内も同時期に製作されたEF200と同様に、従来の国鉄形電機とは一線を画するデザインでした。

 国鉄形電機は運転台の室内塗装は緑色系のカラースキームを採用しています。灰緑色3号、別名「スレートグリーン」と呼ばれる少しくすんだ感じのある濃い緑色が運転台に塗られ、壁面は淡緑3号とやはりくすんだ感じのある緑色でした。

 しかし、EF500はカラースキームも一変しました。

 運転台のコンソールは濃いめのブラウンとなり、室内の壁面はホワイトアイボリーとしました。国鉄時代のグリーン系のスキームとは異なり、暖色系でしかも明るいものへと変えたことで、正面窓も大きくなって光が入る量が多くなったことも相俟って、非常に明るく近代的な運転台になりました。


前回までは


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EF65 1000番代の運転台。国鉄形電機の一般的なレイアウトで、左側には円筒状のブレーキ弁が、右側には大きな主幹制御器(マスコン)が設置されている。主幹制御器は取り扱う電気量が大きいことなどから、電車のそれと比べても大型である。それらの装置の間に、電流計や電圧計、圧力計が取り付けられた計器盤があり、速度計はブレーキ弁の奥側に独立して設けられていた。機関士の座席はそれらの機器類の間に置かれ、足下はお世辞にも広いとはいえず、長時間の乗務をせざるを得ない貨物列車の機関士にとって良いとは言い難い作業環境であった。(©ja:User:↑PON [CC BY-SA 3.0], ウィキメディア・コモンズ経由で引用

 変わったのはカラースキームだけではありません。

 運転台のレイアウトも大きく変更されました。従来の国鉄形電機では、運転席の右側に大きな縦型の筒を立てたように主幹制御器が置かれ、反対の左側には空気配管を引き込んであるブレーキ弁が設置されていました。どちらも運転席に座った姿勢で機関士の肩より少し下ぐらい位置にハンドルがあり、長時間同じ姿勢で作業をするのにはあまり適していないものでした。
 また、計器盤は二つの大きな機器の奥に備え付けられ、EF65PFであれば丸い電圧計と空気圧力計が前部で5個取り付けられた計器箱に収められていました。このため、速度計はブレーキ弁の上に備え付けられていたために、機関士は主幹制御器のノッチ位置を電圧計を見ながら調整し、信号や標識を見て速度を確かめながら必要な操作をするという忙しさでした。EF81になると人間工学に配慮されて設計に変更されたので、すべての計器は横一列に並べられたために非常に見やすくなり、機関士の負担も多少は軽くなったのではないかと思われます。

 しかし、どちらにしても足下は機器や配管に占められていて、お世辞にも電車のように座りやすいものではなく、ともすると足の置き場に困る姿勢での運転操作を強いられる設計でした。

 

 EF500はこうした機関車独特の作業環境を大きく改善する設計がされました。

 運転台はコンソール式となり、当時の最新の電車とほぼ同じように、機関士の運転操作をしやすいものとしました。ブレーキ操作ハンドルやマスコンハンドルはコンソールのデスク部に設けられ、計器類もコンソールパネルに埋め込まれました。

 ブレーキハンドルは機関車特有の自弁と単弁がそれぞれ独立したものですが、従来の空気配管を引き込んだタイプではなく、完全な電気指令式となったため電車の形に似たレバー式となりました。マスコンハンドルも同じく電気指令式に変わったため、電車の「ツーハンドル式」に似た「スリーハンドル式」の操作レバーとなり操作性にも配慮しました。

 計器類は同じ時期に開発されたEF200は速度計もデジタル表示とし、他の電圧計などもLEDをふんだんに使ったデジタル表示式の近未来的なデザインでしたが、EF500は速度計や圧力計は円形のアナログ式メーターでした。電圧計などは円形ではなく縦型の棒状メーターでコンパクトにまとめられ、スッキリとして見やすい配置としました。

 また、国鉄形電機の大きな「特徴」でもあった、機関士の作業環境の悪さは大きく改善されました。

 ブレーキや制御系のハンドル類は電気指令式になったことで、ブレーキの配管を運転台に引き込む必要がなくなり、さらに主幹制御器も機器室内へ移すことができたので、足下は非常にすっきりした配置へと変わりました。このことで、機関士の居住性は大きく改善することができました。

 さらに付け加えれば、助士席側には機関助士用の座席がなくなった代わりに、大型の冷房装置が設置されました。従来は扇風機だけしかなかった機関車の乗務は暑さとの闘いでもあったそうですが、この冷房装置のおかげで、機関士の夏季における作業環境も改善することができました。

 操作系や計器類、そして運転室内の居住性や作業環境は、後に続くEF210EF510などといったJR貨物電気機関車にも受け継がれていきました。