旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

なぜ超低床コンテナ車を追求し続けるのか【3】

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《前回のつづきから》

 

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 コキ100系は従来の国鉄形コンテナ車よりも、床面高さを100mm低くしました。この100mm=10cm低くしたことで、JR規格コンテナよりも95mm高いISO規格コンテナの積載を可能にし、海上コンテナの鉄道輸送を実現したのでした。いわば、国鉄時代からの悲願を達成したのです。

 コキ100系の登場によって、鉄道の貨物輸送は多様化が進んだともいえます。特に、JR規格ではサイズが小さい故に運べなかった貨物が、より大きなISO規格に対応できるようになったことで、例えば化成品などを積み込むタンクコンテナが普及し、それまで専用のタンク車による車扱貨物からシフトさせることができました。また、宅配便など積載荷重は比較的軽いものの、荷姿が大小様々なため、体積が大きくなりがちでにコンテナに積み込んでもその数が限定されていたものが、コンテナの容積を広くとることができるようになったため、より輸送効率を上げることができました。

 しかし、JR貨物はコキ100系で満足することはありませんでした。

 ISO規格の海上コンテナで、流通量の多いものは20ftコンテナではでは高さ2,591mmの標準サイズですが、40ftコンテナになると「ハイキューブ」と呼ばれる高さ2,896mmとなり、305mm=30.5cmも高くなります。JR貨物保有する規格外の背高コンテナである49A形コンテナでも高さは2,605mm、私有コンテナのUV54A形コンテナも2,641mmと2,600mm台に抑えられています。これは、コキ100系の床面高さから車両限界ギリギリの寸法になるため、ISO規格40ftハイキューブコンテナは桁違いの高さで、コンテナ車に載せて鉄道輸送をすることは不可能でした。

 とはいえ、アメリカなどのように、コンテナ港から内陸へのコンテナ輸送は多くが鉄道によって行なわれていることなどを踏まえ、様々な環境の変化もあって、日本でもISO規格の海上コンテナの鉄道輸送の機運は高まっていました。

 コキ100系の床面高さでも無理ならば、さらに低床のコンテナ車を開発すれば、ISO規格40ftハイキューブコンテナを載せることが可能になると考え、JR貨物は新たなコンテナ車の開発を企図することになりました。

 

分割民営化後、JR貨物はISO規格海上コンテナ輸送に対応できる貨車として、床面高さを100mm低くしたコキ100系を開発、量産した。国鉄形コンテナ車では積むことができなかった海上コンテナを輸送できるようになったことで、輸送できる貨物の範囲を広げることができた。しかし、ハイキューブコンテナといわれる背高コンテナには対応できず、さらなる低床コンテナ車を開発することになった。写真は日本郵船ロジスティクス保有する40フィートドライコンテナを積載するコキ110。(©Rs1421, CC BY-SA 3.0, 出典:ウィキメディア・コモンズ)

 

 1991年にようやく開発されたコキ70は、このISO規格のハイキューブコンテナを積載することを前提に設計されました。そのため、床面高さは709mmにまで下げられました。

 ところが、ここまで床面を下げるということは、在来の車両とは大きく異なる部分も多数出てきてしまいました。例えば連結器は、その取り付け位置、特にその高さは車両の台枠に左右されてしまいます。台枠の高さが低ければ、当然連結の取り付け高さもそれに倣って低くなり、他の車両と連結することができなくなってしまうのです。

 そこで、コキ70はコキ100系でも採用されたユニット方式とし、2両1ユニットで運用することを前提に設計されました。こうすることで、コキ70どうしの連結は固定連結器として高さ550mmにまで下げ、ユニット両端は在来の車両と連結できるように高さ760mmまで嵩上げして取り付けられました。

 超低床貨車の大きな問題として、その低い床面高さを実現させるために、台車、特に車輪の直径を小さくした「小径車輪」を使わざるを得ません。コキ70はこの床面高さを実現するために、直径610mmの小径車輪を使ったFT11を装着しました。

 FT11は小さい直径の車輪だけでなく、その構造にも苦労したあとが伺われます。通常、貨車用の台車には枕ばねに金属コイルばねを使うことが一般的で、車軸支持も最近でこそ積層ゴム式が採用されるようになりましたが、コキ70が開発された当時は軸箱直結式がほとんどでした。

 ところが、小径車輪を使うほど台車の本体も小さくしなければなりません。床面高さを抑えるためには、従来の貨車用台車の構造では難しくなるため、FT11ではボルスタレス構造とした空気ばね式台車となったのでした。

 

ISO規格コンテナの中でもハイキューブコンテナと呼ばれる背高コンテナの積載を可能にするため、超低床コンテナ車として開発されたコキ70は、床面高さを709mmにまで低くすることができた。これに対応するため、台車も新たに開発されたボルスタレス台車を装着したが、この台車の車輪径は610mmと小さくなった。しかし、車輪径が小さくなると高速走行時の車輪の回転数が上昇し、車軸部が発熱するなど問題が噴出した。また、ピギーバック輸送も狙ったために中途半端なものになり、結局、量産されずに終わった。(Public domain, 出典:Wikimedia Commons)

 

 こうして、貨車としては様々な新機軸を取り入れたコキ70は、落成後すぐに試験運用に供されました。ハイキューブコンテナを載せるには十分な床面の低さで、これが実用化されると海上コンテナの陸上輸送の分野でも、鉄道の果たす役割が大きくなると期待感を込めた社内報での紹介がされていたほど、大きな期待が寄せられていたといえます。

 しかし、実際に試験走行を始めてみると、様々な問題が噴出しました。

 もっとも大きかったのは、小径車輪に由来する車軸の発熱でした。高速貨物列車として運用に就かせるためには、最低でも95km/hでの走行に耐えなければなりません。しかしコキ70が装着したFT11は、車輪の直径が610mmと小さいために、同じ速度で走行した場合、コキ100系が装着するFT1やFT2の直径860mmの車輪と比べても、その回転数は桁違いに高回転になってしまったのです。

 車輪の回転数が速くなるほど、車軸部分も高回転になってしまいます。そうすると、車軸部分の摩擦も上昇し、ひいては摩擦熱も大きくなります。そして、いくら高回転に対応した転がり抵抗の少ないコロ軸を使っていたとしても、回転が速すぎると発熱だけはどうにもならなくなるのです。

 同じ走行速度でも、車輪径の違いに由来するこの車軸の発熱は如何ともしがたいものでした。無理をすれば走行中に車軸の焼き付きを起こしてしまい、最悪の場合は車軸部分が溶解して走行不能に陥ったり、さらには発火して車両火災事故を起こしたりしてしまう危険性があります。この車軸の発熱はコキ70にとって致命的な問題となってしまったのです。

 また、コキ70はISO規格のハイキューブコンテナを積載できることを前提に設計され、20ft、30ft、40ftのそれぞれの大きさのコンテナを積載できるための緊締装置は装備していました。そのため、ISO規格ではなくJR規格の20ft、30ft級のコンテナも積載することができましたが、もっとも需要の多い12ftコンテナを積載するための緊締装置は装備していませんでした。

 その理由の一つとして、コキ70はピギーバック輸送にも使える構造にしたためと考えられます。本来であれば、自動車を載せる車運車とコンテナを載せるコンテナ車では、見た目は似ていてもその構造は大きく違います。そして、その違いの中でもっとも大きなものは、12ftコンテナ用の緊締装置だともいえます。ピギーバック輸送にも使えるようにするとなると、この12ft用の半自動緊締装置は邪魔な存在になってしまうのです。

 数少ない手持ちの車両を、できるだけ効率よく、そして収益性を高くしようと考えられたのかも知れませんが、結局どっちつかずの感は否めなく、誤解を恐れずにいえば中途半端な車両になってしまったと言えます。車両や運転、営業とは真逆の分野にいた筆者ですら、鉄道職員時代にコキ70は半端な車両としか映らなかったのですから。

 結局、ピギーバック輸送の衰退、バブル経済の崩壊による輸送量の減少、それによるトラックドライバーの人手不足の解消などといった社会や物流を取り巻く環境の変化と、小径車輪に由来する車軸の発熱問題が解決できなかったことから、コキ70は試験運用を終えると量産されることもなく、試作の域を出ることはできなかったのでした。

 

《次回へつづく》

 

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