旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

なぜ超低床コンテナ車を追求し続けるのか【5】

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《前回のつづきから》

 

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 本来ならこの特殊な超低床貨車を新たに開発・製作する前に運用を予定していた区間での建築限界を測定するのが先でした。しかし、現実には建築限界の測定は後回しにされ、試作車が登場したあとに測定結果が出て「必要ない」とされたのは、コキ72にとっては悲運そのものだったといえるでしょう。ハイキューブコンテナの高さに慄いたかはわかりませんが、先に新型貨車の設計製作に取り掛かってしまうあたりは、民営化されて看板は掛け替えたといえども、国鉄のDNAがしっかりと受け継がれていたといえます。筆者が鉄道職員時代も、そうした高額な投資をした割には、結果的に失敗作であったり実用化されても使い勝手が悪かったりなどした例をみてきましたが、コキ72もその一つだったと考えられることです。

 ただし、コキ72はまったくのムダで終わったわけではなく、そのコンセプトはJR規格の12ftコンテナの積載を考えず、20ft以上の大型コンテナだけを載せることを前提としたコキ200に引き継がれました。その意味では、コキ72の開発は意味のあるものだったといえるでしょう。

 

 コキ72の試作からしばらくは、JR貨物は超低床貨車の開発をやめていました。その理由は、あくまで推測ですが、ISO規格のハイキューブコンテナの輸送は限られた区間でしか行われなかったこと、この時期のJR貨物は経営が厳しく新型車両の開発にまで手が回らなかったことが考えられます。輸送量そのものも、筆者が入社した1991年と比べて2011年には輸送量が50%を切るなどその落差は激しく、新たな設備投資、特に新規の開発などとんでもないといった状況になっていたと考えられます。

 2016年になると、JR貨物は久しぶりの新型車両、それも超低床貨車の開発を始めることになります。経営が厳しくなる一方だったJR貨物は、2015年頃を境に経営方針を大きく改め、減少の一途を辿っていた輸送量も僅かですが増加に転じ、同時に収益性を上げるようになったのでした。いわば、国鉄以来のDNAが刷り込まれた体質からの脱却を、会社設立から30年経ってようやく始まったといっても過言ではなく、実際に利用実績の乏しい列車の廃止や、復路の空コン返却の削減など、非効率的な運用を改めたのもこの時期からでした。

 そうした中で、2016年に日本車両で落成したコキ73は、コキ200では建築限界に支障する線区でも、ISO規格のハイキューブコンテナの鉄道輸送を拡大することを目的として、新たな超低床コンテナ車として開発されました。

 

コキ72形以来、しばらく新型貨車の開発はなかったが、2016年に久しぶりに新たな超低床コンテナ車が開発された。コキ73形もやはりISO規格の背高コンテナを輸送することを目的とし、床面高さもコキ100系よりも低くされた。台車も車輪径610mmのFT17を装着している。落成以来、営業列車に使われることなく「塩漬け」状態のまま半ば放置されていたが、その理由は試運転で「不可」とされたためだといわれている。しかし、コキ73形の開発には国からの補助金が出ているため、このまま使わないでいると「税金の無駄遣い」と指摘されることもあってか、2021年からようやく営業運用に充てられるようになった。(©MaedaAkihiko, CC BY-SA 4.0, 出典:Wikimedia Commons)

 

 コキ73の車体はコキ72に近い構造でした。床面高さは740mmと抑え、40ftコンテナを1個載せるのに十分な長さをもち、車端部は連結器を嵩上げするためデッキ構造としたのも、コキ72とほぼ同じです。積載最大荷重も48トンとされ、40ftハイキューブコンテナを1個載せることができるように頑強な構造でつくられました。

 台車も、超低床貨車用であるFT11系列で、ボルスタレス式空気ばねであるFT17を装着しました。このFT17も、超低床貨車用の台車として標準となった直径610mmの小径車輪を採用し、台車の小型化と貨車本体の超低床化を実現しています。

 2016年1月に落成したコキ73は、さっそく試運転が行われましたが、その結果はJR貨物として「否」の結論が出されました。具体的な問題は公式発表もされておらず定かではありませんが、これまでの筆者が鉄道職員時代に見聞きしたことや、超低床貨車にまつわる様々な課題などから推察すると、恐らくは小径車輪に由来する車軸の高速回転による車軸部の発熱や、ISO規格コンテナに特化した仕様となったため、JR規格の標準となる12ftコンテナを積載しづらく効率的な運用が難しいこと、そして特殊な構造の車体と特殊な台車のために1両あたりの製造コストが高いことなどから、コキ73は満足し得ない車両となったと考えられます。

 そのため、2016年に量産先行車ともいえる4両が製造されたものの、コキ73−1が試運転を終えたあとは営業列車に充てられることもなく、すでに完成しているコキ73−2〜4はJR貨物に引き取られることもなく、そのまま放置同然の状態になってしまいました。

 しかし、コキ73の開発製造には国からの補助金が出ているため、予算を執行した国土交通省としては、JR貨物の都合でコキ73を放置させるわけにはいきません。年を追うごとに国交省からの圧力があったのでしょうか、2021年からようやくコキ73を営業列車での運用を始め、さらに一部では完成しながら引き取られていないとされた3両についても、ようやくJR貨物の車籍に編入されて営業運用に充てられるようになりました。

 

《次回へつづく》

 

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