旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

いろいろある貨車の標記の意味【4】 貨物輸送の仕組みと常備駅

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《前回からのつづき》

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■○○駅常備

 国鉄JR貨物の貨車は、基本的には所属する区所というのはなく、全国各地で配車・運用されることが基本でした。これは、貨車1両単位で貨物輸送をしていた時代からの流れで、例えばA駅に貨物輸送の申込みがあると、A駅から貨物の形態に合った車両を配車するように貨物指令に要請をすると、貨物指令はA駅からもっとも近い位置にある貨車をその駅に送り込みます。その時に、B駅に輸送に適した貨車がいたとすると、B駅からA駅まで必要な車両数の、貨物の実態に合った貨車を抜き出させ、それを解結貨物列車に連結して送り込み、A駅で切り離し後に荷役、そして最寄りの操車場へ向かう解結貨物列車に連結して発送するのです。

 しかし、この運用方法は国鉄保有する汎用性の高い有蓋車や無蓋車でのこと。汎用的に使われる貨車以外の車両、すなわち物資別適合貨車と、荷主となる企業が製作して保有する私有貨車についてはこれとは異なる方法で運用されました。

 例えば穀物類などをバラ積み輸送するホキ2200形は、国鉄が製造し保有した物資別適合貨車です。大きなタンク体とクリーム色に塗られたその姿は、黒一色が標準色であった国鉄貨車の中でもひときわ異彩を放っていました。積荷は米や麦などといった穀物類なので、荷主もごく限られた企業でした。麦芽などを積んだ場合はビール会社が、米など主食類は農林水産省の外局である食糧庁が、そしてトウモロコシなどの飼料は農協が荷主となり、積荷を陸揚げした臨海部から消費地や工場など特定の区間を輸送するため、有蓋車などのような運用は適していませんでした。

 また、こうした物資別適合貨車は、特定の貨物と特定の荷主、そして特定の区間で運用されるため、常に同じような場所にいる必要がありました。特にホキ2200形は荷主の間でも人気の高い車両で、所要数が不足していた頃は取り合いにもなっていたと言われています。このような貨車が、汎用貨車のように到着駅で貨物を降ろしたら他のところへ行ってしまうと運用上、好ましくないため常備駅というのが定められました。常備駅とは読んで字の如く、その貨車が常に指定された駅に返却され備えられることを指しているのです。

 その常備駅の標記は、原則として車体の左端に書かれています。

 

国鉄JR貨物が所有する物資別適合貨車にも、常備駅を標記されているものがあった。汎用貨車である有蓋車や無蓋車などにはないこの標記は、拠点間輸送の性格が高い貨物を輸送するため、到着駅から発駅などへ空車返却をしなければ、荷主の需要に応えられない危険があった。そのため、常備駅を指定することで、空車返却を促す注意喚起の意味合いももっていた。ホキ2200形は、登場当初は荷主の人気を集め、一時は国鉄保有車だけでは捌ききれないほどだった。全国に配置されていたが、鉄道管理局の略号とともに、常備駅が指定されていた。写真は「札」「苫小牧港駅常備」とあり、札幌鉄道管理局に配置され、苫小牧港駅に常備されていたことがわかる。分割民営化後は、管理局略号はJR貨物の支社略号に変わり、例えば関東支社であれば「東」と標記されていた。(ホキ2226 小樽市総合博物館 2016年7月27日 筆者撮影)

 

 ここで例に挙げたホキ2200形の場合、首都圏では鶴見線大川駅や高島線東高島駅を常備駅と定められた車両を多く見かけました。これらの駅には日清製粉日本製粉など、小麦粉などを製造する製粉会社が専用線を引いていたため、原材料となる小麦などの輸送が盛んに行われていました。そして、発送先の駅で貨物を降ろすと、この常備駅に空車返却されたのです。

 そして、国鉄JR貨物保有する物資別適合貨車には、常備駅の標記のほかに、所管する鉄道管理局や支社の略記号が大きく書かれ、「南」(東京南局)「大川駅常備」や、民営化後は「東」(関東支社)「東高島駅常備」と標記されていました。

 一方、私有貨車は荷主となる企業等が自ら製造し、国鉄JR貨物に車籍を置いて、運転業務も鉄道事業者に任せていますが、当然、他の企業に使われることがないよう、常備駅が定められて車体に標記されていました。今日のガソリン輸送の主役であるタキ1000形は、その多くが日本石油輸送保有する私有貨車ですが、関東地方で運用される車両は根岸線根岸駅を、中京地区で運用される車両は関西本線四日市駅を常備駅と定められています。当然、これらの常備駅は車体に標記されているので、貨物を降ろしたあとは原則として標記されている駅へ空車返却がされています。

 

分割民営化後に推し進められた貨物輸送のコンテナ化によって、多くの物資適合貨車は姿を消していった。2023年現在では、ガソリンや石油類のような法的に大量輸送が規制されているために鉄道輸送が続けられているものや、荷主の設備や費用対効果といった観点から、僅かに残っているのみである。その中でも、物資別適合貨車の高速化は徐々に進められ、国鉄から継承した車両もその数を減らしてきた。代わって新型の車両の導入が進められているが、すべて私有貨車であるため引き続き常備駅が指定されている。これは、国鉄JR貨物に車籍は置かれているものの、荷主が保有する車両であるため、他の車両のように「行方不明」になることを防ぐためでもある。写真のタキ1000形は95km/hでの運転が可能で、日本石油輸送保有し、ENEOS専用であるため、製油所のある根岸線根岸駅が常備駅となっている。(タキ1000-786 新鶴見信号場 2011年 筆者撮影)

 

 また、私有貨車の場合は国鉄・JR線上にある駅ではなく、私鉄の貨物取扱駅を常備駅と定めている例もあります。石炭輸送に活躍したホキ10000形は、鶴見線扇町駅から高崎線熊谷貨物ターミナル駅を経て秩父鉄道武州原谷駅の間で運用されていました。このホキ10000形は、本来であれば国鉄・JR線上の熊谷貨物ターミナル駅を常備駅として定めるのが一般的でしたが、実際に車体には「武州原谷駅常備」と標記されていました。このように、保有する企業の都合によっては、私鉄や臨海鉄道の貨物取扱駅を常備駅と定めているケースもあります。

 

《次回へつづく》

 

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