旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

いろいろある貨車の標記の意味【5】 在日米軍基地の貨物輸送と貨車運用標記

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《前回からのつづき》

 

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■米軍軍番号と燃料種別

 最後に今では見られない、もっとも特異なケースを紹介したいと思います。

 第二次世界大戦終戦以来、日本にはアメリカ軍が駐留しています。多くは沖縄県にある基地に所在していますが、他には神奈川県(沖縄県について在日米軍基地の所在数が多い)や東京都にも基地があります。

 これらの基地には終戦直後から多くの米軍将兵が駐留し、また、地上部隊だけでなく航空部隊や艦艇まで含めると、膨大な人員と物資が必要でした。そのため、戦後直後の日本を実質的に統治した連合国軍最高司令官総司令部GHQ)は、これらの人員や物資の輸送のために、本国から機関車や貨車などを持ち込んでそれを運用する計画でしたが、国鉄による鉄道輸送はGHQの予想を上回る状態を維持していたことから、戦災を免れた状態の良好な車両を接収し、これを充てることにしました。

 一方、多くの軍用車両や航空機、艦艇も日本国内に駐留したため、これらに使う燃料輸送もGHQにとっては大きな課題でした。日本国内に燃料となる石油類はほとんどなかったため、GHQは石油類を本国などから供給させ、これを陸揚げしたあとは国内各地にある駐留軍基地に輸送しなければなりません。

 そこで、当時最新鋭だったタキ3000形の一部は在日米軍専用となる私有貨車として接収し、アメリカ陸軍輸送科がこれを管理し、その運行は国鉄によって行われました。

 接収されたタキ3000形には、国鉄としての標記のほかに、アメリカ陸軍輸送科の標記が書かれていました。兵科章である舵輪と盾、レールの上に羽の生えた車輪という意匠の徽章が描かれ、その上下には「TRANSPORT」「CORPS」の文字が書き込まれ、反対側には大きく「UNITED STATES ARMY」の文字と、米軍の管理番号である「USA 7XXXXXX」の番号と、アメリカで用いられる単位を使った積載荷重などが英文で書かれていました。

 そして、積荷が何であるかを細かく示す白色の正方形に黄色の縦縞、さらには燃料種別をも表す標記も書き込まれていて、一見するとどこの国の貨車なのかわからなくなるほど、英文がぎっしりと書き込まれていたのでした。

 しかし、サンフランシスコ講和条約が発効して日本は占領政策から解き放たれると、これらの米軍保有を示す標記は徐々に姿を消し、7で始まる6桁の軍管理番号と燃料種別を示す標記だけが残ったのでした。

 その後長らく、軍管理番号と燃料種別の標記のままタキ3000形が運用され続けていましたが、老朽化と積載荷重が35トンに制限されることから、徐々に予備車として運用から外れていき、日本陸運産業が保有するタキ35000形に代わり、さらに積載荷重が大幅に増加した日本石油輸送保有するタキ1000形へと代えられていきました。

 2023年現在、在日米軍向けの石油輸送は大幅に減少したものの、不定期ながらも輸送は続けられています。横浜市鶴見区にある鶴見貯油施設でジェット燃料を積み込んだあと、鶴見線武蔵野南線南武線を経由して青梅線拝島駅までタキ1000形による燃料輸送列車が運行されています。拝島駅からは専用線に引き込まれ、在日米軍横田基地にジェット燃料を中心に供給が続けられているのです。そして、このジェット燃料輸送、いわゆる「米タン」と呼ばれる列車には、日本石油輸送保有するタキ1000形が使われていますが、この「米タン」用の車両にはやはり燃料種別を表す標記が記されているのです。

このブログでも何度か紹介した、在日米陸軍横浜ノース・ドックにあった貨物線に留置されていたタキ3000形とタキ35000形。タキ3000形はアメリカ陸軍輸送科が保有していたものであるが、一般的な私有貨車とは異なり保有する企業・団体の標記がない。終戦直後は「UNITED STATES ARMY」「TRANSPORT CORP」と輸送科の盾と舵輪、車輪と羽をあしらった兵科徽章が描かれ、重量などもアメリカ式で英語で標記されていた。そのため、日本の貨車だったがまるでアメリカの車両にも見えた。後にこれらの標記は消され、軍管理番号のみが標記されていたが、実際にはよく見るとその痕跡がタンク体から見て取れた。積載する物資を識別するために四角形の表示もあり、「JP-4」などジェット燃料の種別も書かれている。反対側には日本陸運産業(現在はNRS)が保有するタキ35000形も留置されているのが見えるが、こちらは在日米軍保有ではないため、一般の私有貨車と標記は変わらない。しかし、タキ3000形と同様に、積載物資を識別する表示があることから、在日米軍が専用に借りていることがわかる。(東高島駅瑞穂専用線・旧瑞穂駅 1992年頃 筆者撮影)

 

 このように、貨車には様々な標記があり、見ていても楽しいものがあるといえるでしょう。今回紹介したのはその一部に過ぎず、化成品記号や輸送物資表示など、あげればキリがないほど様々なものがあります。しかし、そのどれもが安全かつ安定輸送には欠かすことのできないものであり、現場の鉄道職員にとっては運転取扱上、とても重要なものであるといえるのです。

 今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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